第66話

1時間目の授業が始まる前、和人は1年2組の廊下に徹也の姿を確認した。

「聞いたぞ、和人。お前もけっこう侮れないな。」

予想通り、徹也は教室に入ってくるなり大声で切りだした。

「なになに?何のこと?」

英がくいつく。

徹也はにやにやしながら和人の机に腰かけた。

「英に話してないのかよ、和人?」

「・・・。」

和人がひきつった顔で頷くと、

「実はな、英。」

徹也は和人の顔を見やりながら、英の耳元に顔を近づけ、ごそごそと話しだした。


「うそだろう、おい!」

予想通りの英の反応だった。

いっせいにクラス中の視線が集まる。

「和人が・・・、んぐ、もが。」

和人はあわてて右手で英の口をふさいだ。

クラス中に暴露されるのは絶対に阻止しなければならない。

「おい、英!もし言ったらわかってるな!」

必死の形相でにらまれた英は、おとなしく首を縦に振った。

そして口から和人の右手を外すと、

「お騒がせしました皆さん、何でもありません。」

と、両手をあげニコニコしながら言った。

ほっと息をつく和人。

だが英は一呼吸置いて続けた。

「橘和人君に彼女ができただけです!」

ガタンッという椅子の音とともに、和人と英が同時に立ち上がった。

真っ赤な顔の和人。

そして英は・・・、一目散に逃げ出していた。


この日の休み時間は、クラス中の男子が代わる代わる和人を取り囲み、冷やかした。

そして和人の見事なまでの赤面症と、英のひょうきんさが、誕生したばかりでぎこちなかったクラスの雰囲気を劇的に変えた。


「大体話がつかめたぞ。」

昼休みがもうすぐ終わるという頃、英は自分の席につき、後ろを振り向いて言った。

英は、和人が自分から全く話そうとしないため、休み時間の度に鉄平に詳しい話を聞きに行っていたのだ。

「で、どうなんだ?和人。ゆきちゃんに惚れたのか?」

英は和人に気を使い、小声で話した。

「まだそんなんじゃないよ。はっとするほどの美人でもないし、どんな性格かもわからないんだぜ。」

「でも、ある程度直感でわかるだろ?相性がいいかどうか。」

「わ・か・り・ま・せ・ん。」

「ちぇっ、早く見てみたいな~、ゆきちゃんを。・・・そうだ!和人、明日のデートは海中公園にしたらどうだ?」

「海中公園に?なんで?」

「俺と千波が偶然そこでデートしているからさ。できれば2時くらいに来てくれるとばっちり会えるんだけどな。」

「ふ~ん、考えとくよ。」

和人はまんざらでもないように答えた。

ガラガラッ。

ドアが開き、数学の教師が教室に入ってきた。


放課後になり、サッカーの練習時間になった。

キャプテンの田中は部員を集めると、マネージャーとして入部した1年生の早川を紹介した。

「早川玲子です。私にマネージャーが務まるかどうかわかりませんが、頑張りますのでよろしくお願いします。」

早川は部員から拍手で迎えられた。

「務まるに決まってるって、コンちゃんにもできているんだから。でもジャージじゃなくミニスカートで来てくれればみんな頑張るんだけどな~」

「早川さん、この人2年生の矢島っていうんだけど、無視していいからね。」

3年生マネージャーの近藤美鈴がボサボサ頭の矢島をにらみながらそう言うと、皆からどっと笑いが起きた。


練習が始まった。

今日は監督が来れないため、練習内容はキャプテン田中が他の3年生と話し合って決めていた。

そして練習の最後に、田中は1年生対2年生のミニゲームを提案した。

「いいか、2年生がもし負けるようなことがあれば、罰として一週間練習前の準備をしてもらう。ま、今日は矢島も来ていることだし、負けることはないと思うがな。」

練習前の準備は、ゴールの移動とボールの空気入れ、さらにラインを引いたりコーンなどその日に使用するものを運搬する。

普段は1年生がやっていることだ。

「いいっすよ。」

2年生を代表して矢島が軽く言った。

負けるわけがないと自信満々の様子だ。


ミニゲームは8人対8人の15分ハーフですることになり、滝本が1年生のポジションを割り当てた。

その結果、滝本がワントップのフォワード、中盤に英、ディフェンダーの中心は和人、初心者の徹也は控えだった。

「キャプテンはあんなふうに言ったが、やるからには勝とうぜ。」

高校初めてのゲームができるとあって、滝本ははりきっていた。

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