第52話
受験の日から4日が過ぎ金曜日となった。
(まただ、またフラッシュだ。)
和人は毎日のように目の前が一瞬だけ明るくなる現象(和人はそれをフラッシュと名付けた)に悩まされていた。
(もしかしたら、時を止める副作用として起きるようになったのだろうか。だが、受験の日以来時を止めていないにも関わらず、フラッシュは無くならない。それとも本当に目の病気なのか。だとしたら父に相談すべきだ。でもあの光は時を止めたときに発生する光そのもの。)
和人はやはり副作用の可能性が高いと判断し、もうしばらく様子を見ようと考えた。
幸い夜寝ているときにはフラッシュは起きたことがない。
「何をしている和人、早く行こうぜ。もう部活が始まっちまう。」
授業が終わり上履きから靴に履き替えると、玄関の前で英が待ち伏せしていた。
「部活って、今日もかよ。月曜日から休みなしだぜ。引退した身なんだから適当にやろうよ。」
「だめだ。俺たち西城高校は藤村学園に勝たなきゃならない。そのためにはそんな甘えたことは言ってられないんだ。」
「俺たち西城高校って・・・合格発表は明後日だぞ。練習はそれからでもいいじゃないか。」
英が下を向いた。
「・・・正直に言うけど、じっとしてられないんだよ。千波は部活だしさ。体動かしてないと不安で不安で・・・、仕方ないんじゃ~!」
今度は両手を広げて思い切り顔をしかめた。
「な、だから助けると思って俺に付き合ってくれ。頼む!」
和人は少し大げさにはあっとため息をついた。
「わかったよ。でも帰りにたこ焼きおごれよ。」
「・・・そうきたか。なかなかお前も駆け引きがうまくなったな。」
和人と英は自分たちが練習をするというよりも、自分の技術を後輩に伝えることに専念した。
特に、英は司令塔を受け継ぐ松永を丁寧に指導した。
「テクニックを生かすのはスピードだ。そのためには地味な筋トレを毎日粘り強く続けていくしかない。いまやっているトレーニングを、藤村の選手たちは毎日ウォーミングアップに2セットやっているぞ。」
「本当ですか先輩。それを聞いて俄然やる気が出てきたな~。俺、藤学に行ってあわよくばプロになりたいと思ってるんです。」
「ほ~、プロか。松永はさすがだな~、そこまで考えているなんて。」
「園山先輩も藤学に行けばよかったのに。先輩だったら1年生からレギュラーになるのだって夢じゃないと思いますよ。」
「藤学の練習は俺には合わない。俺の場合体力面に大きな欠点があるからな。でも見てろよ、必ず俺たちの西城が藤学を倒す。」
「そう言えば橘先輩も西城に行くって言ってましたよね。園山先輩がそう言うと本当に藤学に勝つような気がしてくるな~。」
「お前も西城に来いよ。一緒に藤学を倒そうぜ。」
「1年間考えさせて下さい。さっきも言ったように僕はプロを目指してるんです。今のところ一番の近道は藤学に入って活躍することですから。」
「俺は西城に行きますよ。」
不意に二人の後ろから声がした。
「桑田じゃないか!」
振り向くと桑田がにこにこしながら立っていた。
「もういいのか、桑田。」
「はい。先輩のおかげで命拾いしました。でもまだしばらくは練習できないそうですけど…。ところで先輩、救急車を呼んでくれたのが誰か知りませんか?誰に聞いても知らないって言うんです。」
「ああ、救急車のミステリーか。松永がとぼけているだけだよ。」
「本当に俺じゃありませんって。」
松永が眉間にしわを寄せている。
「・・・わかった!」
英がポンと手を叩いた。
「救急車を呼んだのは・・・。桑田自身だ。」
「え?」
「幽体離脱ってやつだ。瀕死の桑田の魂は三途の川へと向おうとしたが、この世に未練たらたらだったために最後の悪あがきをしたんだよ。」
「・・・」
「いまいちだったか?・・・まあ、名乗り出ないのには何か訳があるんだろう。あれこれ考えたって仕方がないよ。それより桑田、本当に西城に来るか?」
「はい。本気で藤学を倒すなんて、考えもしなかった。でもさっき松永が言ったように園山先輩なら実現しそうな気がするし、そう思うとゾクゾクしてくる。俺は先輩にかけてみたいと思います。」
「うれしいこと言うな~でも、西城に来たところで戦力にならないと意味がないからな。この1年で2段階くらいレベルアップしておけよ。」
「はい。目標が決まったからにはやってやりますよ。」
桑田の目は真剣だ。
松永はリフティングをしながら、二人の話に聞き耳を立てていた。
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