電機寄生体 ─ 2

 コチ、コチと重々しい音とともに刻まれた時刻は六時五分。気付いてしまえばその存在感は圧倒的で、他の時計の秒針の音までも心なしか小さくなったようだった。

 立ち尽くす時子の左右をすり抜け、将之と奏が時計に近づく。

「私が物心ついた時から、祖父の時計はずっとそこにありました」

 明度の落ちた二人の背中を眺めながら、時子はひとり言のように言葉を紡ぐ。

「祖父は、その時計のそばに倒れていました。ちょうど伊達さんのいらっしゃる辺り。実際には、もう少し左ですけど」

 将之が顔を左に向けて頭を下げた。一方の奏は時計を見上げ、むぅ、と眉を寄せている。

「でっかいなぁ。時計のくせに生意気な」

「妬むな、妬むな」

 軽くたしなめた将之は「失礼」と言って、時計の蓋を躊躇いなく開ける。しげしげと内部を見る顔が、先ほど作業机を見た時と同じように明るくなったのが、時子にも分かった。

「機械式、いや、アナログクォーツ時計か。結構な年代物なのに、この精緻さとは恐れ入るな。おお、これまた見事なステップモーターで」

 邪魔にならないよう、そろそろと近づいた時子に奏が軽く肩をすくめた。

「すみませんね、うちの所長が重度のメカオタクで」

「ふふ、きっと祖父がここにいたら話が弾んだでしょうね。ちなみに、クォーツ時計というと……」

 どういう性質かはボンヤリと理解できるが、何が問題となるのか分からない。言葉にされていない時子の質問に、筐体を見ながら将之は大きく頷いた。

「クォーツ、つまり水晶を使用する時計ですね。水晶には交流電圧を加えると規則的に振動する性質があって、具体的には三二七六七ヘルツですが、これを基準に利用し、アナログ式の場合は針の速度を――」

「マサムネ、簡潔によろしく」

 奏に遮られ、将之はもどかしそうにぐっと言葉を飲み込んだ。そして簡潔に纏めてみせる。

「この時計の動力は電池。つまり、電機寄生体の適合最低基準は満たしています」

「な、なるほど」

「初めからそう言えよ」

 ぼやく奏をひと睨みし、将之はさらに時計の内側の扉を開ける。中をごそごそとまさぐりながら、説明を続けた。

「電機寄生体が寄生しているか否か、素人でも簡単に見分けられる、かつ、確実性が高い方法が一つあります」

 筐体から出された将之の手には、二本の単一電池がのせられていた。

「動力源を絶つことです」

 時子はハッとして時計を確認する。電池を抜かれたはずなのに、時計は――動き続けていた。

「ど、どうして?」

「単純すぎて思いつきもしなかったでしょう? 電機寄生体には、宿主と定めた機械の動力源を乗っ取るという奇異な特性があります。電気や熱、光や原子のいずれとも異なる、電機寄生体固有の特殊なエネルギー。そいつを動力として機械に送り込み、自在にコントロールする。故に、このように電池を抜いたり、電源を落としたりしても、機械が作動し続ける事例が多々あるんです」

 電池を片手でお手玉のようにしつつ、将之は「もっとも」と続ける。

「必ずしも、寄生された機械が常時動き続けるとは限りませんし、異常作動を起こす際にだけエネルギーが供給されるケースもあります。機械自体に元から充電や予備発電機能が備わっていることもあるし、一概には、この現象だけを根拠に断言はできません。が、今回については」

 将之が一歩下がり、時計を厳しい目で見上げた。隣に並んだ奏も同様だ。

 三人の前で、時計は頑なに時を刻み続けている。断続的に響く機械音は変わらないのに、時計の持つ異様さは確実に増していた。奏が硬い声で呟く。

「確定」

「だな。やるか」

 電池を元通りにした将之が、小脇に持っていた端末を起動させる。左手を机代わりに、幾つかキーを叩いていたが、その途中で時子の方を振り返った。

「念のため、もう少し離れていてください」

 返事をしようとした時子は、彼の顔を見て思わず言葉を失った。正確には、その右目。

 先ほどまでは黒かった目が、今は右側だけ透き通った蒼色に変化していた。

 色ガラスを極限まで磨き込み、氷のような純度を持たせればこんな色になるかもしれない。そんな色だ。

 極めつけは、その瞳孔だろう。通常、人間の瞳孔はどんな人種であっても黒色だが、この目は瞳孔までも深い蒼色に染まっている。

 事務所で感じた違和感の正体に、時子は今さらながらに気が付いた。義眼だったのだ。

 唖然としていた時子だったが、奏に腕を軽く引かれて素直に一歩下がる。それを確認した将之がにこりと笑って「ありがとうございます」と言った。

「どうだ、マサムネ。『視える』か?」

 奏の問いに、将之の顔が引き締まった。キュイン、という微かな機械音とともに人工の瞳孔が拡散する。そうして再び時計に向き直った将之は「うーん」と唸った。

「痕跡はあるが、微弱過ぎて薄らとしか見えない」

 眉間に皺を寄せて目を凝らす将之の邪魔をするのも憚られ、時子はそっと奏に声をかけた。

「伊達さんは何をしているんですか?」

「寄生体を探してる」

 あっさりと答えた後、奏は悪戯っぽく笑った。

「マサムネの目、あいつ自ら開発した、普通の目以上によく見える優れものなんだけどさ。何が一番すごいって、電機寄生体が発するエネルギーを視認できるんだ」

「と、いうことは」

「目に見えない電機寄生体が、あいつにだけは視える、ってこと」

 すごいでしょ、と、おどけたように言った口調が自慢げなのは、恐らく無自覚なのだろう。

 だが、確かに凄い。事務所の流暢な説明でも圧倒されたが、思った以上に凄い人なのかもしれない。ほう、と感心して時子は将之の背中に目を向けた。

「そんなものをご自分で? 伊達さん、一体何者なんですか」

 キュイン、と再びの駆動音。振り返った将之が、照れくさそうに苦笑した。

「ただのしがないエンジニアですよ。それはともかく、このままじゃ次の行程には入れないな。狙うならやっぱり時計が鳴る瞬間……あと二分か」

 黒色に戻った右目を瞼の上から軽く揉みながらの将之の言葉に、時子は「え?」と目を丸くする。奏も同じように「え?」と言っているあたりからして、電機寄生体の特性というわけではないのだろう。

 現在時刻は六時十三分。

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