58 恋愛相談
俺は放課後、いつものように図書室を訪れていた。本を読む為ではなく、主に待ち合わせ場所として利用している。今日も休憩していた。勉強は気乗りしない。ラノベも無いから、読む本が無い。
依然として、倉科さんからは避けられている。最初の頃はショックを受けていたが、今ではそんなに傷つかなくなった。心が慣れたというのか。
冷たい彼女をこれ以上、見ていられないけど、俺にはどうする事も出来ない。もう関係は破滅したんだ。
楽しかった思い出もすっかり忘れ去った。だから、もうどうでもいい。そう思いたかった。
瑞季はいつもより早く図書室に来た。
「遅かったじゃない」
「お前を待ってたんだよ!」
もう何回このツッコミを繰り返したっけ? 数えきれないくらいした気がする。春になったら卒業だ。この茶番劇も出来なくなるだろう。何だか寂しいなぁ。そして――倉科さんとも会えなくなる。このギクシャクした関係のまま。それだけは嫌だった。
瑞季は本を抱えていた。いつもの彼女は挿絵を見る為のラノベくらいしか、あまり本を読まない。だから今日はいつもと違う。
「瑞季、その本何だ? 返すのか?」
「返してまた借りるのよ」
返して借りるって何だよ。初めて聞いたぞ。そんなこと、出来るんだ。すげーな、この図書室。
そんな事を思っていると、司書さんと瑞季の会話が聞こえてきた。
「延長貸し出しですね」
「はい」
延長貸し出しって何?
「それで、一応返した事にはなってるんだよな?」
「ええ。あまり借りる人いないから、この本」
「何の本、読んでんだ、って――」
覗き込むと瑞季が持っていたのは『失恋した時の立ち直り方』という本。彼女が持つ筈もない本だった。ということはつまり……瑞季が蒼空と別れた、という事を表していた。そう俺は解釈した。
「瑞季、蒼空との婚約チャラになったのか」
「違うわよ。勝手に婚約破棄させないで。この本は私の為じゃない。倉科ちゃんと理玖の為に借りたのよ」
「どういうことだ?」
鈍感な俺にはさっぱり意味が通じない。
「理玖、倉科ちゃんをフったんだって?」
「って、何でお前が知って――」
「倉科ちゃんから聞いたのよ」
え!? マジで?
今の彼女から話を聞けるのは凄い。
そういう事か。瑞季は倉科さんと俺を復縁させようと思ってる。でも復縁なんて、出来る筈がない。
「まあそうだけど……倉科さんには悪いと思ってる。あんなに傷つけるとは思ってなかった」
「それを理解した上で振ったんでしょ? なら、何も悩む事なんて無いじゃない」
「まあ、そうだな」
俺と瑞季は一息吐いて、図書室を出た。もう空は茜色に染まっていた。綺麗な夕陽。
「何か悩みをまだ抱えてるように見えるけど?」
「えっ――」
心を見透かされたような気がして驚く。
「ま、まあ……色々あるけど。瑞季に相談したい事があるから、この後、ヤマシタ・ベーカリーに寄ってほしい」
「そ、れ、な、らー「恋愛スペシャリストの瑞季様に恋愛のことを伝授して欲しいから、この後お時間頂けないでしょうか」って言われないと無理だねっ!」
意地の悪い笑みを浮かべて、ニヤニヤしてる瑞季に腹が立つ。人が真面目に相談しようと思ってるのに。
恋愛スペシャリストって何だよ。そんなお偉いさんなのか?
仕方ない、腹を括るか。
「恋愛スペシャリストの瑞季様に恋愛の――」
「キモい。普通にキモい。瑞季様とか呼ばないで?」
「自分が言ったんだろうが!!」
「冗談よ」
酷すぎ。
そうして二人はヤマシタ・ベーカリーに到着した。
「い、いらっしゃい、ませー」
(あ、倉科ちゃんだ)
瑞季は瞬時に気づいた。今日は倉科さんは休んでない。ずっと引きこもってたらしいが、最近復活したらしい。だが、俺から目を逸らしていた。相当嫌で、顔すら見たくないのだろう。
気まずい空気が漂う。倉科さんが俯いて暗い顔をしているように見えた。
倉科さんは(これは仕事!)と自分を奮い立たせていた。
倉科さんに案内され、いつもの窓際の席に座る。ここからも綺麗な夕焼けが一望できる。
「それで、良かったの? 好きな人がいる空間で恋愛相談だなんて」
「言われてみればそうだな。でも、いいんだ」
俺は覚悟を決めたように手を組む。
「それで、その本の通りにすれば失恋から立ち直れるの? 成功するの?」
最初から胡散臭かった。ハウツー本なんて殆ど信じない。実践した事も無い。その本通りにすれば恋愛成就するなら、皆苦労しないだろう。
「まあ、するんじゃない? 98%の人が立ち直れたって言うんだし」
適当過ぎる!
全然信用ならない。
「で、あんたはどうしたいの?」
瑞季が本をペラペラ捲って、内容を一瞥する。真剣な眼差しで俺と目を合わせた。真っ直ぐ見つめられると緊張する。この店内にはピリリとした緊張感のある空気が漂っていた。
「倉科さんに告白したい。だからその為にも瑞季に協力してほしい。ヤマシタ・ベーカリーに来たのはそれが理由だ」
「理玖も強い意思を持ったのね。告白したいならすればいいじゃん」
簡単にサラリと難しい事を宣う瑞季。
「そんな簡単に告白できたら誰も苦労しねーよ!」
「じゃあ、どうしたいのよ」
「分からない」
原点に戻ってしまった。
さっきの強い意思は粉々に砕け散った。
ここで、アイスコーヒーを頼み、フランスパンをかじった。
倉科さんはさっきからキョロキョロしている。
***
倉科side
何やら、瑞季ちゃんと一条くんがお喋りしてる。しかも、一条くんが瑞季ちゃんに恋愛相談してる。
あの時、振った事かな? それとも好きな人の事かな? 私、もしかして、傷つけちゃった……?
耳を澄ませて聞いていたいけど、陰に隠れていよう。
私には多分、関係無い事だし。
***
「理玖も今回の件で少なからず、傷ついてるんでしょ?」
「傷ついてる。教室では避けられるし、連絡先は消されるし。もうどうしたらいいのか、分からない。これ以上、傷つきたくない。瑞季、お願いだ、助けてくれ」
もう散々だった。
倉科さんに嫌われたと思った。何がそんなに彼女を傷つけたのか。分からなかった。今まで重ねてきた思い出が塵になって崩れている気がして、つらくなった。助けてくれるのなら、瑞季の手でも借りたい。
「自業自得じゃん」
瑞季の口から出たのは予想外な冷たい一言だった。本当に助ける気、あるのか? 傷心しきっている男にかける言葉か? 助けてくれ、と言った切実な思いを跳ね返された気分だった。
「何で自業自得なんだよ。俺が悪いのか?」
「悪いわけじゃない。でも、普通フラれたり、別れたりすれば、関係を絶ち切りたくなるもんでしょ」
「そうなのか?」という俺の問いに瑞季はコクりと頷いた。
「まあ、倉科ちゃんとの関係は諦めるしかないね。今更、友達にも戻れないだろうし。今はそっとしておいてあげたら?」
「えぇ……」
俺は落胆した。
でも――。
「倉科ちゃんも理玖と同じ気持ちだよ。倉科ちゃん言ってた。今でも理玖のそばにいたいって。謝りたいって。嫌われてるのかもって」
唖然として口をぽかんと開けてしまった。そんな事、思ってくれてたんだ。だったら、本当に友達に戻れないのだろうか。
「そうだったのか……全然、気づかなかった。今はそっとしておくよ」
俺は本当に女心が分かってない。分かっていなかった。泣きそうになった。ていうか、涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「でも、前に進む方法ならいくらでもある。だから、私を頼りなさい」
「頼るって……分かった。前に進む方法を教えて下さい、恋愛スペシャリストの瑞季様――」
「だから、キモいって言ってるでしょ! 何で分かってくれないのかしら」
「まあいいわ。一つ目は今はそっとしておいて、少し倉科ちゃんが回復してきたら、初心を思い出して、また一から友達としての関係を構築していく。二つ目はパン屋の倉科さんに告白する。そしたら、新たな恋がスタートするでしょ。倉科ちゃんも理玖が別の子と付き合ったって言ったら、受け止めて、心の傷が癒えたら元通りになるわよ。倉科ちゃんもそこまで理玖に執着するような子とは思えないし」
「少し希望の光が見えてきた、ありがとな」
俺は感謝を込めて礼を言う。どちらも現実的な案だったから。前に進めそうな気がしてきた。
「まあ、オススメは倉科さんに告白する選択かな」
「無理だよ。俺なんて何の魅力も無いし、倉科さん、引っ込み思案でおどおどしてるから、多分告白されたらキョドっちゃうし。だって、客と店員だよ? そんな目で見てるって気が知れたら……」
「そんなんだから、いつまで経っても童貞なのよ。いい加減、くよくよしてないでちゃんとしなさい」
「童貞って……」
少し現実を突きつけられて、我に返った。瑞季に言われたら、何も反論できない。
「告白ってどう告白すればいいんだ?」
「好きです、付き合って下さいって。それを自分流にアレンジして」
難易度が高すぎる……。それに倉科さんに声を掛けられない。
「一度告ってみな? きっと倉科ちゃんも喜ぶわよ」
瑞季のいう倉科ちゃんというのは、どっちもの倉科さんのことを指していた。
何で、倉科さんが喜ぶのか?
俺の脳内にはクエスチョンマークが幾つも浮かんでいた。
「フラれたらどうすんだよ。責任取ってくれるのか?」
「フラれたらフラれたでいいじゃない。倉科ちゃんが味わった苦しみをあんたも味わうんだね」
「酷くない?」
最初からそれが目的だったりして。
「告白すればいいのか? さっきの瑞季のアドバイスを基に」
「そうよ。理玖が告白しないと倉科ちゃんをフった意味ないじゃない」
確かにそうだ。
前に進めないのも嫌だった。倉科さんを振って傷つけたのも勿論嫌だった。だから俺は――前に進むんだ。
そして、覚悟を決めた。
「分かったよ、告白する。今日、必ず、絶対に」
「それでよし!」
瑞季と拳をコツンとぶつけ合った。
恋愛のハウツー本が役立ったかどうかは分からない。でも、心にあったモヤは霧散し、不安や心配が無くなった。それは瑞季のお陰だ。
(本当に何で二人の悩みを聞いて、仲介に入らないといけないのかしら……友達の使命なの? これって)
瑞季はそんな事を思っていた。
*お知らせ
次回最終回です。最終話は19:00か20:00に更新します。時間が違うので、お気をつけ下さい。把握お願いします。
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