45 厄介な後輩


 あの忙しくも楽しい春休みは終わりを告げた。瑞季らと行った日本美術館、充実してたし、とても楽しかった。また行きたい。


 残りの日は受験勉強とゲームに費やした。そう、俺は今年度から高校三年生。つまり、受験生なのだ。もうやだしにたい。ゲームで遊んでいる暇は無いし、お出かけする時間があるかも分からない。これからはもっと忙しくなる、という覚悟を持った。とはいえ、そこまで難しい大学に行きたいわけでもない。俺はあくまでバリスタになりたいだけなので、学力は無くていい。と思う。


 親はサッカー選手になる事を期待しているが、自分の意見を押し通し、反対した。サッカーの腕前は学校の中では上位に入るくらい優秀だが、学校外での全国大会などではボロ負けし、どんなに頑張ってもサッカー選手にはなれないと自覚した。もうサッカー選手になる夢は小学校の頃に砕け散った。

 そういえば、今月サッカーの試合があるんだった。瑞季とか倉科さんは来てくれるかな。


 話は変わるが、美術館デートの帰りにメールで瑞季から『蒼空と大学生になったら結婚する』という報告を受けた。蒼空に確認したところ、これは事実らしい。すごく驚きなのだが。瑞季に、大事な話があると言った後、蒼空が告白したのだろう。何故付き合う所から飛躍して、結婚するという話になったのかは分からない。けど、おめでたい話だし、俺も二人の恋を応援したいと思う。


 朝ごはんを食べにリビングに行く。今日もいつも通り美桜が朝食を作ってくれている。


「おはよー理玖お兄ちゃん。制服しわくちゃになってるよー」


 あー、やっちまった。

 昨日、翌朝制服に着替えるのめんどくさいし、今日から学校という事を忘れて私服に着替えたらどうしようという心配から制服で寝てしまったのだ。しわにならないよう、なるべく寝返りを打たない事を意識してたのに。この作戦は失敗に終わった。


 新しい制服に着替えて再びリビングに戻った。この意味のない言動に人様は嘲笑うだろう。笑ってくれ。俺も内心自分に冷ややかなツッコミを入れてるから。


「これでよし。いただきます」


「お兄ちゃん達、今日は入学式だからちゃんとしないとダメだよ?」


 そう、今日は入学式。つまり後輩がやってくる。俺は可愛い後輩にもカッコいい後輩にも興味がない。パン屋の倉科さん一筋だから。そもそも後輩とは関わらない。新高校二年生とも一人も関わった試しがない。部活を除いて。部活でもあまり話さないけど。

 だが、この時はその後輩という存在と関わる事になるなんて知らなかった。


 入学式は全く楽しみでも何でもない。長々とした式辞と式そのものが苦痛なだけだ。


 妹がお兄ちゃんと言ってる理由は蒼空が間違えて今カノ? の瑞季ではなく、元カノにメッセージを送ってしまったからだ。今現在進行形で修羅場になっているらしい。そんな些細な事、どうでもいい。


「蒼空、いつ結婚するんだ?」


「瑞季がイラストレーターになれたらその暁にだって」


「それ、めっちゃバックアップしないとダメじゃん。瑞季も無茶ぶりするもんだなあ」


「それな」と美桜。


「それより助けてよーこの状況。どうすりゃいいの?」


 俺と美桜はそんな兄を見捨てて家を出た。


「行ってきまーす」


「ちょ、ちょっ!」


 廊下を猛ダッシュする足音が聞こえたが、聞かなかった事にした。


 ***


 学校に着いた。いつも通り、少し遅れて瑞季が来る。


「おはよう。――」


 瑞季は無表情で少し不機嫌そうに席に着いた。それもそうだろう。修羅場に巻き込まれた張本人なのだから。瑞季は浮気された、と思っているに違いない。


「あのさ、絶対、蒼空と婚約者になった事誰にも言わないでね。言ったら殺すから」


 挨拶以外、一言も喋らせる事なく、すかさずそう切り出した。しかも脅迫じみてて怖い。


「わ、分かった」

「それで瑞季に蒼空のことで聞きたい事沢山あるんだけど」


「あんまり詮索してると嫌われるわよ」


 今日の瑞季は滅茶苦茶不機嫌! どうしたらいいか分からない!


「は、はい……」


 その後は無言の間が続いた。


 ***


 一方、その頃倉科さんは。

 下駄箱に靴を入れ、廊下を歩き、いつもの階段を上る。そのかん、後ろから視線を感じ、人の気配がした。きっと気のせいだとそう思う事にした。今日から三年生だから3階に辿り着いた。廊下を歩いていると後ろから駆け足でこちらに向かってくる音が耳に入った。


 振り返ると一人の男の子がいた。多分、高校一年生。

 そしてその男の子はこう告げる。


「倉科先輩のことが好きです、俺と付き合って下さい!」


 倉科さんは目を白黒させる。彼女は微動だに動かなかった。でも、彼女はこういうのに慣れている。何せ、学校一の美少女なのだから。


 ***


 俺の名前は井上來雨いのうえくう。15歳。高校一年生に今日なったばかりだ。突然だけど、俺は倉科先輩が好きだ。

 黒髪ストレートのロングヘアーに高い鼻と背。目もぱっちりとした二重で、見た目も性格も可愛らしい。

 そんな彼女に俺は学校に着いてから――いや、学校に着く前に一目惚れしてしまった。だって、学校のHPに堂々と生徒会長の言葉、生徒会長・倉科和花って書いてあったんだもん! その添えられていた顔写真に俺は惹かれてしまった。可愛い、自分のものにしたい、と。それにネットやSNSでも倉科さんファンクラブによって、倉科さんの美しさが噂されて話題になっていた。


 学校に着いたら告白するつもりだった。玉砕もいとわない。


 そうして勇気を出して告白した。


 ***


「倉科先輩のことが好きです、俺と付き合って下さい!」


「誰ですか? それに何で私の名前を知ってるの?」


「HP見ました! 、素敵でした。あ、ごめんなさい、俺の名前は井上來雨です」


「そう。HP見てくれてありがとう。でもごめんなさい、井上くんとは付き合えません」


「何でですか? 理由は?」


「私、そういうのは全部お断りしているの。この学園にはね、私のことが好きな人が沢山いるの。だから、一人の子と付き合うと他の子たちが可哀想でしょ? 私はみんな幸せでいてほしいの。交際するなら、みんなが納得した形で交際したい。それに井上くんとは関係が浅いし、私忙しいから。それじゃ」


 倉科さんは手を振って踵を返した。

 それでも井上くんは追いかける。


「俺はめげませんよ! 倉科先輩のクラスここなんですね」


 ストーカーされてしまった。これからもストーカーされる嫌な予感がした。


「教室までついてこないで」


 バシャンと教室の扉を閉める。

 倉科さんもまたイライラしていた。


 入学式が体育館で行われ、そして終わった。気になる子もいなかったし、終始つまらなかった。でも最高学年になった自覚は持てた。


 教室に戻ると。


「……はぁ」


 倉科さんは溜め息を吐く。


「どうしたの? 倉科さん。嫌な事でもあった?」


 倉科さんの顔はやつれ、珍しく暗い疲れた顔をしている。瑞季といい倉科さんといい、不機嫌な人が多いなあ。

 瑞季の婚約者事情は口止めされてるから言わない。


「告白されたの。暑苦しい人から」


「告白!? 良かったじゃん。でも振ったんだろ? お疲れ様」


「うーん」


「ジュース買ってくるよ。何味がいい?」


 気の利く言動に彼女はときめく。


「ぶどう」


「分かった」


 俺はジュースを買ってきて、倉科さんに手渡した。


「ストーカーされてる」


 彼女はそうして項垂れる。


「えーっ」

「それって新入生?」


「そう」


「それは困ったなー」


 それから彼女の悩みを聞いた。


「それは様子見るしかないな」


「そうだよね」


 こうして入学式が終わった。



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