44 美術館デート④


 次に見たのは陶芸だ。

 茶碗や湯飲み、皿やその他色々な物が展示されていた。全部、ろくろから焼く所まで丁寧に作られたと思うとすごいな、と思う。

 そんなコーナーをうろうろしていると、またもや瑞季が何やら残酷な事を言い始めた。


「この作品、わっ! って何かのはずみで割っちゃったら、弁償の費用めっちゃ掛かりそう。ヒヤヒヤするから1m以上離れて見てたい」


 何で普通に作品眺めてるだけなのに、そういう発想になるんだよ。それに美術館だからそんな間隔空けれないから。瑞季は相変わらず、健常者とは一癖違う思考の持ち主だな、と改めて思った。


「陶芸もすごい作品だらけだったな」


 そう感想を述べて工芸品コーナーへ移る。蒼空と美桜の姿は工芸品コーナーにもなかった。


「美桜ちゃんと蒼空にい、本当どこ行ったのかしら。早すぎない? 作品ちゃんと見てるの? もうお土産コーナーだったりして」


「あいつらは俺と瑞季の恋愛模様にしか興味無いんだよ。今日同行したのもそれが理由だと思う」


「なにそれ。早く誤解解かねば。もう誤解解くのは諦めるべきなのかしらね」


「そうっぽいな」


 工芸品コーナーは綺麗な物ばかりで彩り豊かだった。俺はこのコーナーが一番好きかもしれない。


「壺とか瓶とか置物とか色々あるな」


「わー、この魚の置物綺麗!」


 瑞季が声を上げた。水色透明の小さな魚が天の川のように連なっている。確かに綺麗だ。透明という所がまた良い。


「持って帰っていいかしら」


 また瑞季が冗談を宣う。それに俺は苦笑する。


「ダメだろ」


 瑞季は触れそうで触れてないという絶妙な加減で、手を引っ込めたり伸ばしたりという遊びをしていた。そのスリルを味わっている瑞季を俺は止めた。


「おい、何やってるんだ」


「いやーおふざけ?」


 ひょうきんに嗤う瑞季。子供みたいだな、と思った。


 そして少し歩くと瑞季が気に入りそうな猫の置物が出てきた。


「キャー! 猫、ねこ! 見て、猫だよっ。めっちゃ可愛すぎるんですけど!」


 瑞季は興奮状態だ。俺はすかさず、カメラを猫の置物と瑞季に当てる。


「ねえ、私じゃなくて猫写して! それでプリントアウトして私にちょうだい」


 いつにも増して早口でよく聞き取れない。


「分かったから落ち着け」


 瑞季は猫を前にした時とスイッチが入った時は人が変わったようになる。いつものクールさはどこ行ったんだ。どれが本当の瑞季か13年一緒にいる俺ですら分からない。それくらい謎なんだ。

 さっきからカメラで写真を撮りまくっている。もうすぐ100枚越えそうだ。

 フラッシュを発光して写真を撮り続けていると、瑞季からツッコミが入った。


「ねえ、写真撮りすぎ。眩しいんだけど」


 瑞季からツッコミが入るくらいに撮りすぎていた。


「ごめん、フラッシュオフにする」


「それもそうだけど、時間」


 気づけば二時過ぎていた。お土産買う時間を考えると帰るのが三時過ぎになって家着く頃にはもう暗いだろう。あまり遅くなるのは良くない。


 急いでお土産コーナーに駆けつけた。

 お土産コーナーに着くと、すぐそこにあるソファーにだらんと座る美桜と蒼空の姿が見えた。二人とも美術館に興味無さすぎだろ。ただコーナーを一通り歩いただけじゃないか?


「美桜、蒼空、お待たせ」


「遅かったじゃん。私たち理玖お兄ちゃん達が来るのをお土産買うの我慢して待ってたんだよ。もう見たし、買うお土産は決まってるけど」


「お前ら作品はちゃんと見てるのか? いくら何でも早すぎだって」


「サラーっと。立ち止まらずに歩いてた」


 美術館なんだから立ち止まってじっくり作品見ようよ。


「僕は絵の中の女性より美桜とか瑞季とかのリアル女の子の方が好きだから、綺麗なお姉さん見つけて後をつけてたらあっという間に出口だったってわけ。あの綺麗なお姉さんの香水良い匂いだったなー」


「きっもい。このシスコン!」


 蒼空は美桜に一蹴される。ストーカーで訴えられないかな。


 そんな感じでお土産コーナーに皆集まった。

 お土産コーナーには日本画、洋画のファイル、シール、絵はがきや陶芸の茶碗など、彫刻の作品、それから工芸品である壺や置物、そして美術館の作品集である冊子の本など色々あった。

 幅広く、美術館のお土産がこんなに豪華でいいのか、と思うほどだった。


「キツネの置物、可愛い!」


 美桜が高い声で感嘆した。


 キツネの置物は眠って丸くなってるキツネで手のひら1.5倍分くらいの大きさだった。陶器で出来ている為、割れたら終わりだ。でも美桜なら大切に扱ってくれるはずだ。


「キツネの置物、展示されてるのは見たか?」


「どこにあったの?」


「あっただろ。もう一回見るか?」


「いい」


 心底美術館に興味無いらしい。一体、何しに来たの?


「あー! 猫の置物あんじゃん。買うっ!!」


 そう言うと思った。瑞季は興奮しながら、猫の置物を手に取った。


「あ、でも魚の置物無い……残念」


 まあ何でも売ってるわけじゃないからな。あの透明なやつ、高そうだったし。


「あと箸置きも買おう」


 何で箸置きかは分からないが、紅葉柄の箸置きは美しかった。瑞季に似合ってる。


 迷った末に俺は作品集とファイル、それから絵はがきを買った。倉科さんに絵はがきで手紙を書きたい。


 俺と美桜と瑞季がレジに行っていると、蒼空は作品集を立ち読みしてるらしかった。そういや兄さんは何も買わないのか?


 と思うと。

「待って、裸婦! 裸婦。これ僕買う」


「作品集ならもう買ったよ、ほら」


 そう言って、買った作品集を掲げる。


「綺麗なお姉さんの裸を買ったのか?」


「言い方が悪い。俺は裸婦に興味があるんじゃなくて、作品全体が素晴らしいと思って買ったんだ。お前とは違う」


「そうだよ、蒼空お兄ちゃんキモすぎ。マジで無理。チャラいのはいつもの事だけどさ。女の人の裸にしか興味無いなんて。それで自慰行為してるとか最悪だわ」


 絵画の中の異性に対してまで性的な目で見るなんて驚きでしかない。俺は一度たりともそういう目で見た事はない。


「そうか、理玖が買ったのか。安心した。僕のお土産はこれだけでいいから。理玖、これからちょくちょく見させてな?」


 蒼空は俺から作品集をかっさらい、パラパラとページを捲った。勝手な言動に怒りさえ覚える。


「自分の分買えよ」


「しょうがないなあ」


 こうして蒼空は作品集をもう一冊買った。彼は立ち読みしているが、危ないから辞めたほうがいい。


「そろそろ帰るか」


 夕陽が射し込んでいてまばゆく光っている。美桜の髪に反射して綺麗に光る。春の夕陽は暖かくて気持ちよくて最高だ。夕方の美術館がどれだけ美しいか初めて知った気がした。もう人も転々としかいない。

 時刻を見れば15:30過ぎていた。お土産コーナーで時間使い過ぎたかな。

 ソファーに後ろに寝そべった妹を起こす。


「ほら、帰るぞ」


「えーもっと寝てたーい」


 駄々を捏ねる妹。


 兄はというと作品集を嫌らしい目で見ている。


 ここは家じゃないんだよ?


 本当にこんな兄妹持つべきではなかった。一人っ子の瑞季が羨ましい。


 何とか二人を説得して、飴やチョコレートなどのお菓子を食べてから美術館を出た。


「美術館、楽しかったね」


「ああ。素敵な作品ばかりだった」


「瑞季の絵も作品集ここに収録されれば良かったのにな。来年頑張れ」


「うん、頑張る」


 イラストレーターとしての意気込みを口にした。


 きっと秋だったら、ここの木の紅葉がすごく綺麗だったと思うけど、春の桜が咲く前の木も綺麗だな、と思った。こんな所で告白してみたい。そんな風に思った時、蒼空が先ほどの作品集を眺めていた時の目とは全然違う、真剣な眼差しでこう告げた。


「瑞季にちょっと話があるんだ。二人は先に帰っててくれないか?」


「え、ああ。いいけど」


 何の話だろう。興味がすごくあった。

 妹と帰るなんて久しぶりだな。

 そう言って振り返らずに並木通りをてくてくと歩いた。


「あ、ちょっと待――」


 瑞季が引き戻そうとするが、俺達の足は止まらない。


「蒼空にい、裸婦の話や私をヌードモデルのモデルになってとか、そういう話なら聞かないよ?」


「そうじゃない。僕は真剣なんだ」


「僕とまた一からやり直さないか。彼女とも先月別れた。他の女の子と付き合ってる時も何かと瑞季のことを考えてしまう。僕は瑞季が好きだ。だから、また僕と付き合って下さい」


 私は理玖が好きなのに……。

 だけど、私は負けヒロインだから――。

 きっと彼とは結ばれない。倉科ちゃんに譲るとも言った。なのに、何でこんなに悲しいのだろう。

 自分の気持ちを偽る事がこんなにもつらい事なのだと改めて思い知った。

 私はどうすればいいのだろう……。


 瑞季は葛藤していた。気づけば彼女は涙を流していた。


「何で泣いてるの? もしかしてそんなに僕が嫌だった? ごめん、告白の返事はどっちでもいいよ」


「何でもない」


 ふるふると頭を振る。涙が周りに飛び散る。


「やり直すって何? 蒼空が勝手に彼女作って逃げただけじゃん。やり直すも何もなくない? 関係が破綻してる訳でも喧嘩してる訳でもないし」


「じゃあ、僕のことが今でも好きなのか? 付き合ってくれるのか?」


「それは……まだ好きの気持ちが少ししか残ってないけど。でも、今でも一条家の皆のことは好きだから」


 それ、恋愛の意味じゃなくね? と蒼空は思った。


「好きの気持ちが少しでもあるなら、これから積み上げていけば良いと思うよ」


 瑞季はふーっと腕を伸ばし、深く息を吸う。自分を照らす夕陽がとても綺麗で、時間が今のまま止まってくれたらいいのに、とさえ思ってしまう。それくらい幸せな時間だった。


「うん。何か吹っ切れた。私のことを好きって言ってくれる人がいて、嬉しかった。こんな私で良ければ付き合ってあげてもいいよ」


「本当か? よっしゃー! 可愛い彼女ゲットだぜ」


「やっぱ無し」


「えー」


 冗談だと分かっているので、そんなに驚かない。


「でも、私が大学生になるまでにイラストレーターになれたら、大学生になった時に付き合おう」


 口を開けて、泡を吹きそうなくらい蒼白な表情をする蒼空。それはそうだろう。今から付き合えると思ったのに。楽しい日々がこの先続く事を夢見ていたのに。


「イラストレーターにはそんな恋愛してる暇なんてないの」


「はあぁ!? 何で。せっかく期待してたのに」


「私と付き合うまでの間、絶対彼女作っちゃダメだからね。付き合ってからも浮気しちゃダメ」


「それは苛めでは?」

「イラストレーターになれないと付き合えないって、滅茶苦茶、夢を応援しなきゃダメじゃん」


「そういう事になるわね」


「えー鬼畜ー」


 まあいいよ、と蒼空は頷く。


「それならこういう事にしない? 私がイラストレーターになれたら結婚する! これで浮気とかしないでしょ?」


「えっ、いいのか!? ……じゃあ、そうしよう。浮気は絶対しない」


 こうして、晴れてお互い婚約者になった。でもあまり、いきなりの事で現実味を帯びていない。最初は実感が湧かないだろう。蒼空は驚きつつも、嬉しそうだった。瑞季は頬を朱に染め、そっぽを向いている。


「じゃあ、帰りますか」


 夕陽が少しずつ傾き始めていた。二人は自然と手を繋いで、駅の方へと歩き出していた。


「でもさ、瑞季はさ、本当は理玖のことが好きなんだろ?」


「なっ。分かってて告白したの? 最低」


「理玖のことが完全に好きじゃなくなってからでいいよ、僕と付き合うのは」


「ううん、いいの。今は蒼空のことが誰よりも好きだから。吹っ切れたって言ったでしょ」


 蒼空の顔がカアァ、と赤くなる。夕陽の赤とも相まって。そして彼は俯く。瑞季のデレにはあまり耐性がない。


 瑞季は理玖に一通のメールを送った。


 ***


 俺はメールの文面を見て、驚愕した。


『私、大学生になったら蒼空にいと結婚するから。絶対、イラストレーターになってみせるから』


「はあぁああ!?!? マジかよ」


「何? 理玖お兄ちゃんどうかしたの?」


「何でも、ない、なくない。瑞季と蒼空、将来結婚するんだって」


「えぇええ!?」


 もうすぐ最寄り駅に着くのに、俺と美桜は落ち着いていられなかった。ちょっと、この件について状況説明してほしい。




*あとがき*

ストックが有り余ってるので、今週だけ金曜日の1:00にも臨時投稿します。金曜日の20:00にするか迷ったのですが、更新時間を統一した方が読者様を混乱させずに済むかな、と思い1:00にしました。

ですので、金曜日分も読んで頂けると嬉しいです!

今後ともよろしくお願いいたします。





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