39 連絡先交換


 俺はたった今、倉科さんに連絡先交換しないか、と提案された。勿論ウェルカムなのだが、こういうのって恋人になろうとしている人がやる物なのでは? と偏見を持ってしまう。俺の連絡帳なんて女子だと瑞季か瑞季かそれまた瑞季くらいしかいない。つまり、女子二人目が倉科さんになるという事になる。あ、待って、女子なら妹もいたわ。

 でも、倉科さんが連絡先の話を持ちかけたのは少なからず俺ともっと仲良くしたい、という気持ちの表れなのではないだろうか。それに俺は応えたいと思った。


「勿論、いいよ。こんな俺で良ければ。交換しよう」


「……え、う、うん」


 倉科さんが一番驚いている。許可してくれないとでも思ったのかな。それともまさか、俺が連絡先交換した人で男子初だったりして。


「でも、ここじゃあれだから場所変えよう」


 ここは下駄箱の前。人が行き交う場所だ。人目に付くし、ここで立ち止まってたら邪魔なだけだろう。


「そうしよっか」


 こうして倉科さんと一緒に帰る事になった。しかも二学期の終業式の日に。俺は幸せだ。因みに瑞季は風邪で休んでいた。


「それで、どうやるんだっけ。QRコード?」


「うん、QRコードが一番簡単かな。ちょっとスマホ出すから待って」


 倉科さんはこくりと頷く。

 QRコードを読み込んで、連絡先の交換に成功した。


「じゃあまずはテストした方がいいよね!」


 倉科さんは明るいトーンで楽しそうに話す。


「えっ、テスト!? またテストやらされるのかよ……もう勘弁――」


 まだテストがある事に絶望する俺。だが、そういう意味じゃなかった。俺の言葉を遮り、彼女は口を開いた。


「テストはテストでもそのテストじゃないよっ! お試しっていう意味」


「何だよ。ヒヤッとさせるなよ」


 本当にヒヤッとした。


 試しにスタンプを送ってみた。

 可愛らしいパンダのスタンプだ。


「え、一条くん、こんな可愛いスタンプ持ってるんだー。意外。女子力高いね」


 女子力高いかは分からないが、このアプリの操作には慣れてるし、スタンプも豊富だ。


 倉科さんからは初期スタンプのよろしくというスタンプが送られてきた。あまりスタンプ持ってないのだろうか。


「倉科さん、スタンプならストアで買えるよ」


「どこ?」


 彼女に場所を教えてあげた。すると、彼女は嬉しそうに興味を示し、沢山スタンプを買っていた。


「へーテンション上がるね!」


「もしかしてこのアプリ使った事無かった?」


「うん。このアプリ、一条くんとやりとりしたいから、その為にインストールしたの。私、友達がいなかったからアプリなんて使う機会無くて……」


 友達がいなかった? ここはツッコまないでおこう。ツッコんじゃいけないんだ。地雷かもしれないし。

 でも俺の為だけにアプリを入れてくれたのはすごく嬉しかった。


「そっか、嬉しい。操作方法とかいつでも教えてあげるからね。気軽に言って」


「ありがとう。ずっと一条くんに交換OKしてもらえるか不安だったんだよ」


 だからさっき、驚いてたのか。


 少し歩いた所で、倉科さんが口を開いた。


「ねえ、手、繋がない?」


「え、皆に見られるからそれはちょっと……何か理由はあるの?」


 俺は逡巡した。いきなりそう言われて戸惑った。


「文化祭の時、繋いでくれたじゃん。理由なんて無いよ。一条くんは私とじゃ嫌なの?」


「いや、文化祭の時は怖がってたから。俺たちってまだ友達だよな? 恋人じゃない」


 友達以上のことを求めてしまう。その気持ちに彼女は気づいていた。だけど今は恋人になる過程だから。そんな自分勝手な妄想をずっと隠してきた。


「友達でもそれくらい許してよ!」


 彼女は強引に俺の手をがしっと握った。その手は氷のように冷たかった。寒さからだろう。今の季節はこうやって肌に触れていた方が良いのかもしれない。


「一条くんの手、あったかい。もちもちしてて気持ち良いよ」


 俺は緊張し過ぎて何も言えなかった。


「一条くん、どうしたの?」


 倉科さんは下から覗き込むように俺を見た。上目遣いはずるい。それにきょとんとした顔が可愛らしい。


「何でもない。連絡先交換したら普通は『よろしく』からやりとりが途絶えるらしいから、続くといいよね」


 俺は精一杯話を逸らした。話題転換には成功したようだ。


「そんな悲しいこと言わないでよ。そうだね、続くといいよね」


 話してると別れ道が見えてきて、そこでお別れとなった。


「じゃあな」


「うん、バイバイ」


 倉科さんが最後ボソボソと何か言ってた気がするが、聞き取れなかった。


 ***


 今日から冬休みが始まった。

 俺は冬休みの宿題に明け暮れている。宿題は最後に溜めとく派ではなく、早く片付けたい派である。さっさと嫌な事は終わらせて、それから楽しく過ごしたい、というのが俺のマイスタイルだ。

 あのよろしくスタンプ以降、彼女からの連絡は無い。まさか普通のカップルが陥るつぼにはまってしまったのか。でも何も話す事が無いのである。勉強頑張ってるよ、とでも言えば喜ぶだろうか。冬休み遊びに行かない? と送ろうと思ったが、バイトと宿題で忙しくて遊びに行けないのだ。分かりきっている事を送っても意味が無い。


 何か送ってみるか。


『今、何してる? 俺は必死に宿題やってるよ』


 無難なスタンプを送ろうとしたが、気づけば文章を送っていた。どうだ? 返信来るか? お、既読が付いた。


 ***


 どうしよう。何もトーク出来ない。

 彼の言う所謂、普通の人になってしまった。続くといいよねって言ったばっかりなのに。あーダメだ。

 連絡先交換しない方が良かったのかな?

 でも、折角交換したんだから何か送らないと。


 そうして私は、スタンプストアに行った。沢山可愛いスタンプあるー。わー。完全にスタンプを見るのに必死で楽しくなっちゃって、理玖との会話を忘れていた。


 そんな時、トーク画面に戻ると新着メッセージが来ていた。彼からだ。


『今、何してる? 俺は必死に宿題やってるよ』


『今、一条くんに何か送ろうと思ってスタンプストア見てた所。家でのんびりしてるよ』

『もう冬休みの宿題やってるなんて、偉いね。私、まだ手つけてない。瑞季ちゃんなら、もう終わってそう……』


『あはは。スタンプ沢山良いのあったでしょ』


 すぐに既読になり、返信が返ってくる。一条くんはタップ操作が早いのかも。


『うん、あった』


 すごい、私たちちゃんと会話出来てる! 嬉しい。一条くんとやりとりするのが楽しくなった私はベッドで足をバタバタさせた。スマホの画面を見ている私の顔は、きっとニヤニヤしていることだろう。


 新しく買ったスタンプを彼に送ってみた。


 ***


 お、スタンプが来た。

 文字は『ゆるーくいこう』と『もふもふ』の二つ。倉科さんはゆるい絡みが好きなのか。にしても、可愛いなあ。


 俺は『そうだね』と『もふもふ』のスタンプを送り返した。


 お互い今の時間が楽しいと思えていた。


『一条くんってお兄ちゃんと妹ちゃんいるんだよね、元気にしてる?』


 何で教えてもいない情報を倉科さんが知ってるんだ? まさか!? ストーカー、盗聴!?


『え、何で知ってるの? 元気だけど。教えてなかったよね?』


『瑞季ちゃん情報』


 なんだ。


『私は妹と猫と両親と暮らしてるよ』


『へー。猫の写真って見ること出来る?』


『うん。今、送るね』


 送られてきたのを瑞季にも転送して、見せてあげよう。きっとキャーキャー言って喜ぶに違いない。


 送られてきた猫は白いペルシャ猫と茶色のスコティッシュフォールドだった。どちらも凛々しくて可愛かった。


『その猫の写真、瑞季にも送っていい?』


『いいよ』


 瑞季が猫好きだということは彼女も知っていた。


(やっぱり瑞季ちゃんとは連絡先の交換済ませてあるんだ……)

 倉科さんは何というか抑うつな気分に陥っていた。


 倉科さんは会いたいと思っていた。冬休みに遊びには行けなくても、会える方法は無いのだろうか。寂しくて彼女の心が死んでしまいそうだ。


 勇気を持って『会いたい』のスタンプを倉科さんは押した。これなら、直接文章で送るよりかは恥ずかしくない。


『会いたい』


 彼女から唐突に送られてきた四文字の言葉。それに少なからず、ドキドキしていた俺。スタンプだとしても文面を見るだけで、胸がきゅーっとなるというか、不思議な気持ちにさせてくれる。切に願ってる感が半端じゃない。


「え? ひゃっほーい! やった、やった。マジで? 嬉しい! よっしゃー!」


「お兄ちゃん、うるさい。猫の交尾じゃないんだから」


 猫の交尾はさすがに失礼じゃね? まあ、妹さんの言う通り、静かにしますよ。


『冬休み、遊びに行けなくても会う事って出来ないかな』


 一人騒いでたら、倉科さんから続きの文が送られてきた。


 会う方法……会う方法…………。自分の中で模索してみる。ヤマシタ・ベーカリーに行く時間はあるのだが、俺は店員さんが学校一の美少女の倉科さんだということに気づいてない。だから、きっと二人は会えても客と店員の関係になってしまう。それじゃ彼女は嬉しくないのだろう。

 そしたら、俺のバイト先は?

 ちょっと考えてみよう。


『俺のバイト先のカフェに来る? テリーゼって言うカフェなんだけど』


『え、行きたい! いいの? 営業妨害にならない?』


『ならないよ。今から地図送るね』


 倉科さんは大変喜んでいた。行ける日が楽しみでウキウキしていた。


 彼女の元に地図が送られてきた。Googleマップの検索の仕方を教えてあげて、色々と確認を終えた。


『瑞季にはバイト先教えてないし、一度も来てくれた事、ないんだ。だから、友達だと倉科さんが初めて。ドキドキするなぁ……』


 これで、先日寝言で言ってた嫉妬心薄れただろうか。


 ***


 え、私が初めて!? 瑞季ちゃんでも来た事無いって……。いいの?


 私は凄く驚いていた。


『え、そうなの!? 嬉しい。楽しみ。でも、何で私だけに教えてくれたの?』


 彼からの返事はこうだった。


『倉科さんには俺が淹れたコーヒー、飲んでほしいんだ。文化祭の時みたいに』


 そう言えば、文化祭でバイト先に来てほしいみたいな事言ってた。その文を見るだけであの日の美味しいコーヒーの味が蘇ってくる。確か、砂糖入れなくても飲めた、はず。


『いつ頃が良いかな?』


『いつでもいいよ』


『えっ。心の準備とかは?』


『しなくて大丈夫』


 それには驚いた。私なんてパン屋に二人が来たら、ドキドキなのに。何も喋れなくなるのに。そっか、一条くんはバレるとかいう心配が無いのか。


『じゃあ、三日後に行くねー』


 その文と同時に『しゅっぱーつ』スタンプも送った。理玖は相変わらず可愛いな、とほくそ笑んでいた。


 こうして、三日後にカフェ・テリーゼに行く事が決まった。これで会える。会えるというだけで、胸がドキドキしてくる。


 ***


 倉科さんには一つだけ押せないスタンプがあった。『好きだよ』という猫のスタンプ。どうしても、押したいのに勇気が出なくて『好きだよ』とは押せなかった。

 このスタンプは使う機会が訪れるのだろうか。

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