34 正体バレの危機!?
翌日。
瑞季は理玖を置いて、先に帰った。約束通り、理玖は彼女についていかなかった。暇潰しにでもと図書室の本を読み漁っていた。
一方、瑞季はこの道で合ってるだろうか、と模索しながら歩いていた。一度通った道を一発で覚えられるほど、頭は良くないがそれでも瑞季の事だ。模索しながら、無事目的地のヤマシタ・ベーカリーに辿り着いた。
(ここで合ってるよね?)
自信は無いが、看板にはちゃんとヤマシタ・ベーカリーと書かれている。ここで間違いない。
木製のドアと造り。クラシックな雰囲気が漂っている。
いざ、ドアに手をかけた。瞬間、ベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
出迎えてくれたのは元気なきゃぴきゃぴしてる店員さんだ。倉科さんではない。今ここに現れなくて良かった、と思う。今、瑞季と対面したら彼女はびっくりするだろう。それに瑞季側も心の準備が出来ていない。
「お好きな席にお座り下さいー」
「はいー」
瑞季は窓際の席を選んだ。いつも理玖が座っている席だ。ここは外の景色も良いし、何より落ち着く。店内も見渡せる最良席だ。
瑞季は手始めにブラックコーヒーを頼んだ。パンはまだ取りに行かない。瑞季は頬杖を付き、課題に取り組んでいた。
期末テストは大事なのだ。瑞季は学年でtop5に入る頭脳の持ち主だが、1位ではない。今年のクラス順位は倉科さんと瑞季が一位争いをするのでは、と言われている。現にこの前の中間の時がそうだった。瑞季が一位取れなくて、本人はすごく悔しがっていた。
瑞季は元から頭が良かったわけではない。正真正銘の努力家なのだ。倉科さんは元から頭が良く、運動神経抜群だ。でも、彼女は彼女でどこか残念なのだ。
理玖は下から数えた方が早い成績。瑞季は理玖が倉科さんと同じ大学に入れるのか密かに心配している所だった。だが、彼は運動神経は抜群なので、そこで推薦されるかもしれない。
まだ二年生なので、来年が受験生だから来年考えればいいのだけれど。
瑞季は一息吐いた所で辺りを見回した。すると奥の方で倉科さんがせかせかと働いている姿が。彼女と目が合った。倉科さんは瞠目している。倉科さんは瑞季に気付き、厨房に消えてしまった。
「あちゃー」
作戦は失敗した。
それなら最終手段を執行するしかない。
「このブラックコーヒーをカフェラテにしてラテアート作ってもらえませんか?」
倉科さんは確かラテアートが他の店員より上手い。ラテアート担当と言っても過言じゃない。
「倉科、ラテアート頼んだ」
「は、はいっ」
(来ちゃった、やばい。これは仕事だから、仕事だから……)
そう奮い立たせる倉科さん。
しばらくして、倉科さんが瑞季の席へとやって来た。倉科さんは瑞季が正体を突き止める為に、この店に来ていたのは気づいていた。バレるのは時間の問題。でも、学校や親にバレなければ大した問題でも無かった。学校の人たちにバレていじめられなければ、別にいい。正体の件はそんな感じの事情だ。
「ご注文のラテアートです」
そっとテーブルに置く。音はしなかった。
「あの、倉科さん。貴方と少し話したいのですが、よろしいですか?」
「ふぇっ」
(ううっ……瑞季ちゃん怖いよー)
「いいですけど」
店長にも許可を取り、カウンターの方へ移動した。移動する前にカフェラテを飲み干すまでの時間を倉科さんに与えた。心の準備をさせてあげたのだ。
「あの、倉科さんっていつからここのバイトしてるの?」
「お客様の貴方には関係無いじゃないですかっ」
「それじゃあ、どこの学校通ってるの? 中学生?」
「そうです、そうです。中学生です。南中学校」
「この質問には答えるんだ。それに南中学なんて無いけど?」
倉科さんは押し黙る。いつ正体が見破られるのか、心臓がバクバクしていた。
「私のこと、知ってるよね?」
「知りません! ただの一お客様です」
「これ見てそう言える?」
すると瑞季は一枚の写真を見せた。文化祭の時、一緒に撮った写真だ。ストレートの髪を下ろした清楚な倉科さんと無表情でピースをしてる瑞季。その間には理玖がいる。
倉科さんは目を逸らす。逸らしたくても逸らせない現実を突きつけられた。もう嘘が吐けない。
「人違いじゃないです、かっ?」
それでも嘘を吐く。
「それに音声データも録音してるんだよね」
次に出してきたのはボイスレコーダー。確実に盗聴で犯罪な気もするが。
「倉科さんの声とそっくりじゃない?」
「気のせいでは? それに盗聴は犯罪ですよっ!」
倉科さんはボイスレコーダーを奪い取った。
「確かに犯罪だと思うけど……しょうがない」
「何がしょうがないですか!」
その言葉を瑞季はスルーした。
「倉科和花と苗字一緒だし、昨日中庭で店の関係者しか知りえない情報知ってたし、どっからどう見ても倉科ちゃんなんだよね」
「あうぅ……」
倉科さんは頬をぽりぽり。額から冷や汗が滲み出す。もう降参だ。
「それにほら、眼鏡を外すと写真に映る倉科ちゃんじゃない?」
そう言って瑞季は倉科さんの眼鏡をそっと外した。
「瑞季ちゃんの……いじわる」
ぷくーっと頬を膨らませ、顔を赤らめ、そっぽを向く倉科さん。瑞季はそんな倉科さんの反応を愉しんでた訳では決してない。正体を知ってしまったから、それを黙っていても居心地が悪いので、今回の行動に出たわけだ。
何か隠してる理由がありそうだから、それについて瑞季は気になっていた。だから知りたかった。
「それで、店員・倉科さんの正体が知れたわけだけど、何でそんな変装じみた事してるの?」
「そ、それは……家がバイト禁止で過去の事も色々あって、それで知り合いにはバレたらいけないの。前、ずっとこんな格好だったから、昔の名残みたいなのもあって」
「そう」
「私はただ気づいちゃったから、正体を暴こうとしただけで、今までの仲を壊そうとも噂を広めようとも思ってないから。悪意は無い。でも、強行突破みたいで強引な手段使ってごめん」
その後、少しの静寂が流れた。倉科さんは大きく息を吸った後、こう主張した。
「一条くんには絶対言わないでね!」
「言わない。あいつの事だから言っても信じないだろうし」
「倉科ちゃんの口から言わない限りは……」と瑞季は聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「なんか言った?」
「何でもない」
それからまた静寂が流れた。少し休憩がてら店内を見渡す。
静寂を破ったのは倉科さんだ。
「ねえ、瑞季ちゃんって猫好きだよね?」
「そうだけど」
「猫飼ってないの?」
「家の事情で飼えない」
「それなら……私、猫2匹飼ってるから今度家、遊びに来てよ!」
「えっ……!」
瞬間、瑞季の目が光輝いた。まるで、水が無くて干からびている所に水を与えられ、潤ったみたいに。
「行く行く! 絶対、行く! 今からでも行きたいくらい。猫に会いたい……!」
猫に食いついた瑞季。だが、倉科さんは残念そうな表情をして「猫目当てなんだ……」と言った。
「今度遊びに来てね。待ってるから」
「それで、パン取りに行かなくていいの?」
「いいの。理玖来てないし」
「一条くん来るの!?」
「もし来るなら、すっごい遅い時間に来てって言った」
「可哀想に……」
「瑞季ちゃんって好きな人いるの? 一条くんとの会話でポロっとバイセクシャルだって聞いたけど……」
倉科さんが話題転換した。
「今は好きな人、いない。けど、恋愛経験はある。バイなのは本当よ。女の子も男の子も好きになる。だから、倉科ちゃんのことも好きになっちゃうかもねー!」
「えー!」
「何て嘘。倉科ちゃんは理玖に譲る」
倉科さんは石化したように動かなくなった。
「一条くんのことは好きじゃないの?」
「昔、いじめから助けてくれた時、ときめいたくらいで、ただの幼馴染みとしか思ってない。それに理玖も私にこれっぽっちも恋愛感情抱いてないし。私、好きになってもらわないと自分からは好きになれないの。だから理玖も倉科ちゃんに譲る」
「瑞季ちゃんはそれでいいの?」
「いいの」
その淡白な答えに彼女は驚いていた。
「けど、先越されたくないってのはあるかもね。それに攻略してないのあいつだけだし」
「攻略?」
「そう。私は気づいてしまった。一条家を
「何の話? 攻略? 制覇?」
「倉科ちゃん、落ち着いて聞きなさい。私は理玖のお兄ちゃんとも妹ちゃんとも付き合ったことがある。ただ、理玖とだけ付き合ったことがない。これは由々しき問題じゃない?」
「え、待って。一条くん、兄と妹いるの?」
「いるよ」
「お兄ちゃんは女好きで遊び人で、だけど優しくて。妹ちゃんは明るくて、元気で少しツンデレ」
「お兄ちゃんとは中学生の頃付き合ってて、あんな事もこんな事もして、妹ちゃんとは小学生の頃、キスした。今でも『好き』って言ってくれる」
よく一条くんはそれを受け入れて、この幼馴染みという関係を維持できてて凄い、と倉科さんは心の中で尊敬していた。兄妹と幼馴染みの恋愛関係で間に挟まれてて、何事も無いように振る舞うというスマートな技。普通の人が簡単に出来る物ではない。
「そ、そうなんだ」
倉科さんはドン引きしている。
「だから……、私はっ! 何としてでも一条家を
変なスイッチが入ってしまった。瑞季の暴走再び。
「み、瑞季ちゃん!? 大丈夫? 好きでもないのに付き合うのはおかしいんじゃない?」
「いいえ、制覇の為なら何だってやるわ。私、頑張るんだから!」
もう止められる者は誰もいない。
だが――。
「うるさい、ですよ?」
唯一、客だけが、注意できた。
「言われてるよ」
瑞季は冷静になり、小さくなった。
それから1分も経たずして、店のドアが開いた。
カランコロン。
ベルの音。
姿を現したのは理玖だった。
「ふぇっ! い、いらっしゃい、ませっ」
突然の現れに倉科さんは酷く動揺していた。
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