18 文化祭準備①


 もう季節は11月だ。紅葉の見頃であり、校内の銀杏の木も綺麗な黄色い葉を落としている。そんな黄色い葉を俺は躊躇いなく、踏んで教室内へと辿り着いた。

 まだ誰も来ていない。今日も俺が一番乗りだ。


 先日、瑞季に読まれてしまった新作のラブコメを開く。

 確かに瑞季の絵の方がしっくりくるなあ。でもこのイラストレーターさんもかなり上手いと思う。瑞季の言う通り、上手いだけじゃやってけないんだな、とシビアな面を知った俺だった。

 数十ページ進んだ。

 幼馴染みも悪くないと思った。一番ラフに接しやすい関係。しかし、瑞季と恋愛できるかと言うと難しい気がする。幼馴染み故にそういう目で見れない。幼馴染みと付き合うにはどうしたらいいだろうか。瑞季の言う負けヒロインの意味が漸く分かりつつあった。

 結局秋葉と付き合うが振り出しに戻ったのでは? と思った。まあ、二人が幸せならそれでいいけど。


 この短時間で8割は読み終えてしまった。瑞季にネタバレを言われたせいで、理解するのが早かった。


 しばらくして倉科さんが姿を現した。


「おはよう、倉科さん」


「おはよう」


 今日もひらひらと遠くから手を振ってくれた。

 よし、自分から挨拶できたよ、頑張った、俺! 陰キャ卒業の道もそう遠くない!


 倉科さんが席に座ったのを見て、俺は安心した気持ちで先ほどの続きを読み始める。

 ――と、ある事を思い出した。猫カフェに誘わないと!


 席を立ち、倉科さんの席まで向かう。だが、倉科さんはイヤホンを付けてスマホを覗きこんでいた。気づいてくれるかな。


 勇気を振り絞って声を掛けてみる。


「く、倉科さんっ!」


「……」


 ダメだ。


 これは肩をトントンと叩かないと気づいてくれないパターンだ。けれど、倉科さんの肩に触れるなんて、おこがまし過ぎる……。触れてはいけないんだ、天使に。じゃなくて!

 そんな事を思っていたら貴重な休み時間が減ってしまう。


 倉科さんとの距離を縮める。もう少しで肩を触れられる位置だ。倉科さんのスマホ画面がその時、チラッと見えてしまった。


 アイドルか? これは。

 ピンク色の衣装を着て、イケメンが踊っている。ライブ映像らしい。

 倉科さん、こういうアイドルが好きなのか。違った一面が見れた気がした。嬉しかった。


 使命感と覚悟を抱き肩をトントンと叩いたのと倉科さんが振り向いたのはほぼ同時だった。


 近い! 距離が近い。倉科さんが上目遣いに俺を見上げるという感じになっている。心臓がバクバクと鼓動を打つ。


「どうしたの? 一条くん」


「あ、あの何の曲聞いてるの?」


 猫カフェの誘いが出来なくて、口から出てきたのはこの言葉だった。やっぱり陰キャ卒業はまだなのかもしれない。


「ああ。これ? 関西のアイドルグループのライブ曲を聞いてるの。って恥ずかしいなぁ……//」


 彼女は顔を真っ赤にして、手で覆い、顔を逸らしていた。

 照れている仕草の一つ一つが可愛かった。


「へー。よっぽど好きなんだね」


「うん! ライブに行った事もあるよ。昔からファンだったの!」


「うんうん」と俺は頷いた。


「最近の人気曲も聞くよ! ほらほら」


「あ、ほんとだ」

「俺、めっちゃこの曲好き!」


「だよねーサビが特に良くて頭でループするよね!」


「そうそう!」


 こんな風に音楽の話題で盛り上がり、数分が経った。あとHRまで5分を切った所だ。


「あ! そうだ。今週末、一緒に猫カフェ行かない?」


「私と……二人で?」


「ううん。瑞季もいる」


「そう。その日は生憎予定が入っちゃってるんだよね、ごめんね」


「そっか、分かった」


 倉科さんを誘えず、残念だった。だが、これは倉科さんの優しい気遣いである。本当は予定なんて入ってないのだ。二人で猫カフェデートなら彼女は了承したに違いない。

 そんなやりとりを教室のドアの向こうで佐渡瑞季は見ていた。瑞季は倉科さんが加わらない事に安堵し、胸を撫で下ろした。


 ***


 朝のHRが終わり、授業が始まった。授業と言ってもただの授業ではない。文化祭の出し物を決める文化祭の為の授業だ。


「それでは文化祭の出し物について、希望ある方、言って下さいー」


「はい! ゲーム! 輪投げとか金魚すくいとか」


 金魚すくい? 夏祭りみたいだな。ちょっと腑に落ちなかった。


「アトラクションとかどうかな? 滑り台とか」


 滑り台は……子供らしい。てかどうやって作るの??


 その後も劇、屋台、バルーンアート、お化け屋敷など様々な意見が集まった。

 と言っても発言しているのは女子が大半だ。男子はどうした、男子は。


(女神様のメイド服姿が見たい、見たい見たい見たい)


 殺気が怖い。ちなみに女神様というのは倉科さんのことだ。男子の視線は倉科さんに全力投球されている。


 ここは男子代表として俺が発言するか。


「はい」


「珍しいですね、一条くん。何か意見ありますか」


「お、俺はラノベ意見交流会がいいと思います!」


「ぷふっ」


 笑ったな、瑞季。後で覚えてろよ。

 やっちまった。オタク丸出しだ。クラス中が冷えきった。あー馬鹿だ。恥ずかしい。


「一応、意見として入れときますね」


 一意見として入れとくのかよ。こんなのオタクにしか需要ない。先生は黒板に書き足した。


「他に意見ないですか?」


「デザートの屋台とかどうでしょう?」


「それならテキトーにカフェでも開いちゃった方が良くない?」と瑞季がボソッと言った。


「おー」

「やるな、佐渡! それだ」

「女神様のメイド服(ウェイトレス)姿が拝めるー神ー」


 男子たちはようやく盛り上がりだした。確かにデザートの屋台するなら、カフェでコーヒーとデザート付きの方が要領が良い。男子たちはカフェなどどうでも良くて、ただただ倉科さんのメイド服を見たそうにしていた。俺も正直言ってめっちゃ見たい。

 もう出し物はカフェで決定だろう。


 それから集計を行った。先生が正の字で書いていく。この時間は少しばかり緊張した。

 集計の結果、出し物はカフェに決まった。ちなみに俺が提案したラノベ意見交流会は0票だった。俺も瑞季もカフェに票をつぎ込んだのだ。唯一倉科さんだけがメイド服を着る未来が恥ずかしいのかバルーンアートに投票していた。


 二時間目。

 カフェに決まった事で今度は詳細な予定を決める事となった。


「それではカフェの係分けをしましょう」


 係は4つに分け、コーヒーを入れたり、料理する係、メイド(ウェイトレス)服やウェイター服を作る衣装係、衣装を着て、もてなす接客係、それから看板等を作るデザイン係。

 皆、係をそれぞれ悩みながら決めた。


「衣装係がいい人ー」


「はーい」


「料理係がいい人ー」


「はーい」


 男子たちは手を挙げない。

 何故なら――。


「一条くん以外の男子、手を挙げてないけど何にするのかな?」


 先生はヤンデレ気質な所があり、怒ってるのに笑顔だから怒った時は怖い。


「自分は女神様のメイド服姿を拝む係、ですっ!」

「俺も俺も」


 倉科さんのメイド服姿を拝む事に一生懸命だからだ。


「ふざけてないで真面目に答えなさい」


「へーい」


 俺は料理係、瑞季は衣装係、倉科さんは空気感にされ、強制的に接客係、華と凛は瑞季と一緒の衣装係に決まった。俺は迷わず料理係に手を挙げた。コーヒーを入れるのをもっと上手くなって、バリスタになりたいのだ。まあそんな将来の夢は棚に上げて、文化祭なんだし気軽にやってもいいのかもしれない。


 次は午前か午後のシフトを決めた。

 倉科さんと同じシフトが良い。彼女はどう思ってるんだろうか。

 先生が「午前がいい人ー?」、「午後がいい人ー?」と問う時、倉科さんに合図を送った。手のひらを押し付けるような形で「五、五」と合図をしたのだ。そしたら彼女も気付き、俺と一緒で午後の部に手を挙げた。

 良かったー、倉科さんと一緒に一日限りだけど働ける! でも瑞季たちは衣装係だから一緒に当日回れないのかなあ。それは残念だった。


 そんな風に文化祭の予定が決まっていった。文化祭が楽しみだった。

 今年は仲良くなった新キャラ倉科さんが加わるから、文化祭に彩りが混ざるに違いない。男子の友達がいないのは寂しいけれど。


「理玖くーん、もうすぐ文化祭だね」


 そう話しかけてくるのは凛だ。

 だが、声で聞き分けられなかったのか或いは勘違いしたのか瑞季が話しかけてると思ってしまった。


「ああ。――って凛さん!?」


「そうだよー。いきなり話しかけてごめんねー。瑞季ちゃんはあたしらと回るから今文化祭は理玖くん一人だねー。それともあたしらと回る?」


 その質問には首を振る。

 一人、か。そう落胆していると。


「理玖は私と回るの。勝手に話進めないで」


「えぇー、一緒に回るって言ったじゃん!」


 俺が「瑞季、俺は一人でいいよ。瑞季は成長の為に友達と回ったら?」と言ったら、渋々一回合流するという条件で友達と回る事を了承していた。


 倉科さんはじっとこちらの方を見つめていた。


 そうだ、そうだ!

 瑞季に伝え忘れていた事があった。

 華と凛がいなくなった所で、瑞季に話しかけた。


「今週末の猫カフェのことだけど倉科さんは誘えなかった」


「そう。まあ二人で楽しみましょう」


「そうだな」


 明後日に猫カフェデートを控えていた。文化祭も猫カフェも予定は盛りだくさんだ。

 


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