14 解かれた糸


 教室に戻ると自分の席に座って考え事をした。

 前の席の瑞季の姿はなかった。早退したのかな。


 俺、パン屋の店員の倉科さんが好きなのに……サイテーだよな。でもあの倉科さんに学校一の美少女の倉科さんが見間違いかもしれないけど少し似てるんだよな。単なる偶然か。

 学校一の美少女とハグするなんて。冷静に考えればやばい事をしている。しかも俺から誘った。ピンチ!

 それに相合い傘までしたし。倉科さんと距離近くね?

 最近倉科さんとやけに関わる事が多いが、今後も関わっていくのだろう。

 そう思うと頭がパンクしそうだった。



 一方、その頃倉科さんは。


 佐渡さん、羨ましいなぁ。一条くんと距離近くて。私もそうなりたい。


 そんな事を思い、頬を緩めていた。


 でもいじめられてるんだよね、可哀想に。ここは学年のマドンナとして助けなきゃっ! ってあれ? 佐渡さんいない、早退したのかな……。


 そんな時、友達が来た。


「ちょっと~和花どこ行ってたの? 心配したんだよ」


「ほ、保健室に、用があって」


「一条くんも消えてたよね」


「そうそう!」


「一条くんに傷の手当てしてもらってたの。それに彼も怪我してたから」


「キャー」

「ラブラブっ」


 女子たちは想像を膨らませている。


「ラブラブじゃないよ」


 倉科さんは全力で否定した。


 何かあっちで俺に関する話題繰り広げてるな。興味なさげに少し耳を傾けていた。


「一条くん彼女いないし、瑞季ちゃんはただの幼馴染みらしいし、今がチャンスだよ! 和花っ」


「えーそんなんじゃないって。私とは釣り合わないよ……」


「釣り合わないって一条くん見下してるの?」


「違うよ。私がランク低いってこと」


「そんな事ないよ!」


「じゃああたしたち、そろそろ行くね」


「ちょっと待って! 佐渡さんはどこ?」


「瑞季ちゃんなら早退したよ」


「えっ」


 やっぱり早退したんだ。あまりの珍しさに俺は顎が外れそうだった。

 これから学校来なくなったらどうしよう。あいつの家にお見舞い行った方がいいかな。


 すると今度は倉科さんの所に華と凛が話しかけてきた。


「ねぇ、和花様。瑞季ちゃん帰っちゃったね」


「あなた達が帰らせたんじゃないの?」


「は? 何その言い方」


「あのさ、理玖くんとはどういうカンケーなの?」


「普通の友達、だよ」


「ふーん。普通の、ね」


 何か企んでいるような邪悪な顔を凛は浮かべる。


「ねぇ、瑞季ちゃんは他人ひとの理玖くんを寝取ってる。そう思わない?」


「そうは思わないよ。だって佐渡さんは一条くんとは幼馴染みだもん」


「だ・か・ら! クソ瑞季は幼馴染みという立場を利用していい気になってんの。ふざけないでよって」


「いない人の悪口言わないのっ。分かった?」


「はい」


 華と凛は倉科さんの剣幕に圧倒され、押し黙った。


「私からも一つ、質問していい?」


「いいよ」


「どうして二人は佐渡さんを邪険に扱うの?」


「「それは……あいつの生意気な態度がムカつくから」」


 二人口を揃えて言った。


「私もそう感じた事あるわ」


「でしょでしょ!」

 二人は激しく同意する。


「だけど、もう少し別の伝え方があるんじゃないかしら」


「でも口で言っても聞かなかったわ。そんなことない、気のせいって」


「そう。それなら私からも言ってみる」


「それにあたしにはもう一つ理由がある」


「それは……?」


「あたし、理玖くんのことが好きなの」


 倉科さんにしか聞こえない小さな声で華はそう告げた。


「それなのにさ、理玖くんに対して冷たすぎない?」


 今度は馬鹿デカイ声だ。


「それも感じた事あるわね……今度五人で話し合いましょ! はい、解散解散」


 倉科さんは強制的に話を終わらせた。今度、俺と瑞季と倉科さんとあとの二人で話し合う事になるらしい。


「和花様って強引な所、あるよね」


 倉科さんの迫力が知れ渡った瞬間だった。



 それから3日間は瑞季は学校に来なかった。心配になって家まで行ってインターホンを押すが反応はなし。

 しばらくは寂しい日々を送った。

 そんなある日。久しぶりに瑞季は学校に姿を現した。


「おはよう、瑞季」


「……おはよう」


 あまり元気がない。


 そんな様子を見ていた女子二人組は睨みを利かせる。


 俺は倉科さんを見つけて、話をした。


「それじゃあ、昼休みにでも皆で話しましょう。それでいいですか」


「そうね」


 倉科さんは華と凛に「昼休みに話そう」という事を伝えに行った。


 俺は瑞季にその話をする。


「瑞季ー、昼休み時間空いてるか?」


「空いてるけど人の貴重な昼休みを何に使わせるの?」


 そんなキツい言い方するから誤解されるのに。本人は分かっていない。


「話し合いをしようと思ってな」


「そう」


「それと3日間なんで休んだんだ? インターホン押しても出てくれなかったし」


「熱が出てしまって……家に来てくれたのは気づかなかった」


 そうだったのか。なるほど。



 そして迎えた昼休み。弁当を食べ終わった者たちは瑞季の机の周りに集まった。倉科さんを率いているからクラス中が注目している。


「それで話があるんだよね」


「うん。瑞季ちゃんごめん。あたし達瑞季ちゃんと友達になりたくて、理想の性格にさせる為に矯正させてきた。瑞季ちゃんは見た目がいいから、性格と態度さえ直せば、あたし達の友達として歓迎するわ」


「でも生意気な態度がムカつくの。理玖くんと馴れ馴れし過ぎ。理玖くんに冷たすぎ。直してもらえるかしら?」


「ちょっと待て。矯正って自分勝手な行動じゃん」


「あたしは瑞季ちゃんの為にやってんの」


「そんなの瑞季の為でも何でもねえよ!」


 俺の怒りに女子二人は縮こまった。


「理玖くんがそう言うなら……改めるけど」


「佐渡さん、ごめんね。ただ、向き合ってほしいの」


「向き合う?」


 それまで話を聞いていた瑞季がきょとんとした。


「それで直してくれるの?」


「直せない。私は私だから!」


「何よ、それ」


 女子二人は呆れ、無言になった。

 それからしばらくして、二人はまた口を開いた。


「理玖くんは和花様と相合い傘したんだよね。女神様に傘貸してもらうとか身分弁わきまえてるの? 瑞季ちゃんじゃなくて和花様に気があるんじゃないの?」


「そ、それは……! 私が傘壊れたから入れてもらったの。一条くんの親切心だよ」


「そうなんだ、ごめん。理玖くんやさしー」


 そして倉科さんが仕切り直した。


「二人は佐渡さんと友達になりたいんだって。意地悪した事も反省してるらしい。だから友達になってあげてくれないかな」


「私はずっといじめられたままで構わないわ。気にしてないし」


「そうやって小学校の時と同じように逃げるのかよ」


 逃げる……瑞季は逃げたくなかった。前は見たくない現実から目を背けていた。けど、今は高校生。もう充分大人だ。問題を解決せずに時間の流れに身を任すような生き方は嫌だ。だから――。


「私で良ければ友達になってあげても構わないわ」


 ぎくっ。何でそんな高圧的で上から目線な言い方なんだ。


「瑞季もそう言ってるから三人仲良くな。多分コミュ力高くなれば性格と態度も自然と変わってくると思う。だから瑞季を頼む」


「そう」


「良かったー瑞季ちゃんと友達になれて」

「そうだ。瑞季って呼んでいい?」


「まだ早い。それと……私の方こそごめん。酷い態度取って。いじめられて当然だった」


 瑞季、と呼んでいいのは変わらず俺だけとなった。


「うん」


 倉科さんはふっと微笑を浮かべた。安心している様子だ。


 そんな倉科さんに「無礼かもしれないけど和花様とも友達になりたい」と華と凛が言った。


「いいよ」


「えっ! いいの?」


 それを見ていたクラスの皆も「俺も、私も」と口々に言い放った。押し寄せてきたが、それも慣れたものだ。倉科さんはスムーズにかわした。


 そして、倉科さんは何かを思い出したようで手をポンっと叩いた。


「華ちゃん、言わないの? 一条くんに想い伝えたら?」


「えっ、恥ずかしい……よっ」


「和花様、代わりに言ってくれない?」


「私が言っても意味無いから」


 しょうがないなーという渋い顔をした後、俺にこう告げた。


「私、理玖くんのことが好きなの! 良かったら付き合ってくれない?」


 あー。やばい。

 久しぶりにコクられた。こういう時、どう断ればいいんだっけ?


「あの、俺好きな人いるから。ごめん。華さん」


「えっ。好きな人いんの、理玖。教えて」


 真っ先に反応したのは瑞季だった。言わなきゃよかったと思ったが、時既に遅し。これからずっと問い詰められるだろう。


「そっか。分かった」


 華は目に涙を浮かべ、頷いた。


 そうして二人は何か付け足したように忘れたようにこう思いを吐露した。


「理玖くんとも友達になりたい」


「俺は一人でいたいから申し訳ないけどパスだ」


「あんたこそ、素直になれば?」


 瑞季に突っ込まれ、この5人は今日から友達になった。女子ばかりなので、男子の友達も欲しいと思えた俺だった。


 いや、願わくは一人になりたい。


 ***


 図書室でのこと。


 瑞季は倉科さんの膝の上でわんわん泣いていた。


「怖かったし、痛かったよー。なんで助けてくれなかったの?」


「私も助けたかった。怖かったよね。つらかったね」


 そう倉科さんは優しく瑞季の髪を撫でた。まるで子供をあやすように。


「小学校の頃から何も変わってない。何でいつもこうなるの? 自分が嫌い」


「そんな事ないよ。私は瑞季ちゃんのこと、大好きだよ」


「――え」


 瑞季は好きと言われる事に慣れてないのか、ぽかんと口を開け、驚いた。驚いた事で涙は引っ込んだようだ。


「ありがとう。私も倉科さんのこと、好き」


 倉科さんは再び微笑んだ。


「でも良かったーあの理玖に相談しなくて。絶対泣いた事馬鹿にされる。倉科さんで良かった」


「いえいえ」


「絶対この事、口外しないでね。あと私がいない間、理玖と何かあったでしょ?」


「なっ、何も無いよっ……!」


 どこまでも勘の鋭い瑞季だった。





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