第3話 襲撃

別にラビリアの発言のせいじゃないが、アルクマールは撤退てったいを決意した。


「これではらちがあきません。ガレンの意図いとが読めない。一度戻りましょう」


水もくれないだなんて、おかしすぎる。


「ガレンの王家では内紛が起きていると思います」


アルクマールの代表者ビスマス老侯爵が言った。短い白いヒゲが顔をおおっている老紳士である。


なかなかステキなオジ様なのではないかと……(関係ないけど)


「王妃様はリール公爵家出身で、姪のジェラルディン嬢を王太子の妻に据えたいのです。権力を保持するために」


「王妃様と言う身分があるのに? 王太子殿下の母上でしょう?」


私は尋ねたが、ビスマス侯爵は首を振った。


「殿下の母上は、三年ほど前に亡くなられました。殿下はもう成人しておられたので、たいして問題にはなりませんでしたが」


「では、あの王妃様は、殿下の実のお母様ではないの?」


「義母にあたられます。ただ、これまで、全く問題ではありませんでした。陛下がお元気で全てを取り仕切っておられましたから。ですが、こんなことになっていようとは……」


ダメじゃないの。アルクマールの情報網。実は、殿下はジェラルディン嬢にメロメロらしいわよ。


「いっそ婚儀を取りやめればよかったのに」


「そんなわけにはまいりません。ガレンの国王陛下が倒れられたのは、一月前。もう、すべてが動き出した後でございました。結婚の契約の調印も、何もかもが済んでいます。反故ほごにはできません」


うん。わかっていた。

私の結婚は政略結婚。本人の気持ちは関係ない。


ちょっと憂鬱ゆううつになった。たとえエドウィン殿下の心が、他の人にあったとしても、結婚式が挙げられるのだろう。


だが、ビスマス老侯爵は続けた。


「ですから、逆に結婚契約が履行りこうされなければ、アルクマールに戻ることもできるわけです。王太子殿下は一向に現れません。完全に契約違反です。こんな不安定で流動的な情勢のガレンの王宮にとどまることの方が危険でしょう」


私もうなずいた。戻ろう。エドウィン王太子もその方が喜ぶだろう。




「お帰りになるの。まあ、残念ですわ」


知らせを聞いたらしいジェラルディン嬢が、帰り支度で忙しいアルクマールの部屋に現れて、見えすいた嘘を言った。


笑っているのが、隠しても隠しきれていない。


「私たちの結婚式を見てお帰りになればよかったのに」


私の中で何かがプツンと切れた。


「ビスマス侯爵、早く戻りましょう」






私たちは来た時と同じく、馬車をつらねて戻っていった。


ラビリアと私は、やっとゆっくり足を伸ばした。ガレンの王宮では一瞬たりとも気を抜けなかった。


「あー、ほんと、もうバカバカしかったわ」


「王太子殿下はどこへ消えたのでしょうね?」


「私たちが帰るのを待っていたのではないかしら? ジェラルディン嬢と結婚するために」



私は婚約者がいることを、ほんのり意識していた。


この世界のどこかに私と約束している人がいる。


その人は、隣国の王子様で、それ以外はわからなくて、きっと私の理想の人だった。


「それが、あのジェラルディン嬢の恋人だったなんて……」


かなりの幻滅だった。


「とにかく早く帰りましょう」




だが、一日も行かないうちに、馬車が何者かに襲撃されたのだった。


街道で待ち伏せしていたらしい。道の行手ゆくてに何者かが立ちはだかった。


ガタンと音を立てて馬車が止まり、同時に大勢の人声、馬のいななきが混ざり合った。


「どうしたと言うのかしら?」


こんなことはありえない。おかし過ぎる。


「窓を開けてはなりません! 姫君!」


護衛の誰が大声で叫ぶのが聞こえた。まさか本気で斬り合っていませんように! 

だが、金属性の音、悲鳴が聞こえる。何人かの人声と荒れた足音が馬車に近付き、大声が響いた。


「開けてくれ! ティナ殿!」


ティナ殿?


「誰?」


何人かが争っているらしく、荒っぽい数人の叫びが外で響く。


「ダメです。扉を開けてはいけません!」


誰かが叫んだ。だが、その途端、馬車は横に倒れ、私はラビリアの下敷きになり、同時にどこかに頭をぶつけて意識を失ってしまった。

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