♦3 人気JK占い配信者


 マルコの居る教会で一晩過ごしてみた感想?


 ……正直に言って、思っていたよりも数段快適だった。



 彼――彼女かもしれないが――の作る料理はどれも絶品だったし、個室に清潔なベッドもあった。

 テレビやパソコンといった類の娯楽に使えるような家電は無かったものの、シャワールームや洗濯機といった生活必需品はちゃんとあった。

 悪魔が風呂に入るのかと疑問にも思ったが、悪魔は意外にも綺麗好きだったようだ。


 何不自由ない夜を過ごした悠真は次の日、紅莉と一緒に占星術の魔術書を持っているらしき人物、山科やましな立夏りっかの住むマンションへと向かっていた。



 彼女が住んでいるマンションは東京都にある青羽根駅から歩いて十五分ほど歩いた先にある住宅街にあった。


 七階建てで、同じ造りでAからCの三棟からなっているようだ。

 建物の間には小さな公園があり、ベンチではベビーカーに子供を乗せた主婦たちがペチャクチャと話し込んでいるのが見えた。



 その脇を通り過ぎ、悠真たちはC棟へと向かう。彼女はここの最上階に住んでいるらしい。エントランスはオートロック式だったが、運よく出ていく住人が居たのでドアが閉まる前に入れ違いに入らせてもらった。見た目が高校生か中学生の男女二人組なので、住人に怪しまれることもなかった。



 無事にマンションの中に入れた悠真たちは、エレベーターに乗って七階へ。


 紅莉が調べてきた住所には、七○三号室とある。

 廊下を歩き、ルームプレートを見ながら立夏の部屋を探していく。



「ん? どうしたんだ、紅莉。顔が真っ白になってるけど……」


 悠真は隣りを歩く紅莉の顔色が悪いことに気が付いた。外は汗ばむほどに暑いというのに、握る手が冷たくなっている。


 体調が悪いのだろうか。

 それとも、透影になった影響が身体に……。



「実は、高いところがちょっと苦手で……」

「あれ? そうなんだったっけ?」

「う、うん。でも大丈夫。部屋の中に入っちゃえば平気だから」


 紅莉はそう言ってはいるが、握る手の力がギュッと強まった。

 本当に大丈夫なら良いが、もし無理そうなら彼女を下に置いて自分だけで立夏に会いに行った方がいいかもしれない。


 だがそうなる前に、目的地に着いたようだ。



「あ、ほらあったよ。七〇三号室」


 紅莉が指差しているルームプレートには、たしかに七〇三と書いてある。名前の部分には、しっかり山科、と書いてある。



 さっそく悠真は部屋のインターフォンを押した。

 アポイントメントなんて無いが、誰かしらが居れば話ぐらいは聞けるだろう。


 ……だが、応答はない。



「不在なのかな?」

「そんなぁ……母親も働きに出ているとか、そういうオチなのかなぁ」


 眉を下げて、泣きそうな声で弱音を吐く紅莉。

 会えないことがショックというよりも、一刻も早く高い所から非難したいようだ。


 試しにドアノブを回してみるが、鍵が掛かっていて開かない。

 こうなってしまっては手の打ちようがないだろう。


 しかし、諦めていったん引き返そうとしたところで悠真が何かに気付いた。



「ん? 誰かが居るようだぞ?」

「えっ、本当!?」


 ドアの反対側では、うっすらと物音が聞こえてきている。



「もしかして……」


 何か思い当たることがあるのか、バッグからスマホを取り出した紅莉。

 彼女は動画配信サイトを開くと、何かを検索し始めた。



「……立夏って子。今、配信しているみたい」

「マジかよ……ソイツ、学生なんだろ? 学校サボってんのか?」


 紅莉にスマホを見せてもらうと、確かにRIKKAというハンドルネームの女が配信をしていた。


 どうやら最近発売されたホラーゲームの実況らしい。

 配信の音とドア越しに聞こえている悲鳴が同じだった。



 自分達のことを棚に上げておいて言うのもなんだが、学校にも行かずに何をやっているんだろう。そして平日の昼前だというのに、視聴者数も結構居るようだし。



「……で、どうする?」


 諦めて出直すか? という意味を込めて紅莉にそう聞いてみる。

 どちらにせよ、このまま部屋の前で待ち続けるわけにもいかないし。



「私に考えがあるわ。だから一度、下に戻ろう?」

「ん? 分かった。行こう」


 案があるというのなら、乗ってみよう。

 二人は再び、エレベーターホールへと向かう。


 エレベーターの扉が閉まると、紅莉は「はぁ~」と溜め息を吐いた。



「それで、紅莉は何を探しているんだ?」


 無事に一階に戻ってくると、紅莉はすっかり元気を取り戻した。

 今はエントランスホールにあるポストの前を、行ったり来たりしている。



「七〇三号室のポスト。あ、あった!」

「いや、ポストで何を……っておい!」


 紅莉は突然、ポストの挿入口をガチャガチャと開けて中身を覗き始めた。

 運よく住人が辺りに居ないから良かったが、明らかに不審者である。


 おそらく監視カメラもあるだろうから、バレたら大変なことになる。

 悠真は紅莉に止めるように言うのだが、まったく聞いていない。


 それどころか、今度は開封口にあった外付けのダイヤル式の鍵に手を出し始めた。



「おい、やめろって! 誰かに見つかったら……」

「開いた!」

「え? いや、嘘だろ……」


 紅莉は自慢げに悠真に自身が開錠したばかりのダイヤル錠を見せつけてきた。


 たしかに、開いている。

 開いてはいるのだが……。



「いや、これは安直過ぎるだろ……」


 そのダイヤルの番号は『一二三四』という、何の捻りも無いものだった。



「最初見た時には一二三五だったよ!」

「それで分からないっていう方がおかしいだろ……」


 ここの住人は防犯意識というのが無いのだろうか。

 忘れっぽいからこの番号にしたのか、毎日開け閉めするのが面倒だからこの番号に行きついたのか……いずれにせよ、鍵のテイを成していないものだった。いったい何のための鍵なんだか。


 しかし、驚くのは鍵だけでは無かった。



「やったぁ! ツイてるよ、私達!!」

「なんというか、まぁ。この部屋の住人の性格が分かっちゃうよな……」


 ポストの中をガサゴソと漁っていた紅莉が見つけたのは、キーホルダー付きの鍵だった。これは多分、玄関のスペアキーだろう。


 キーホルダーには警察帽を被ったペンギンが『しっかり防犯!』というセリフ付きで描かれている。


 持ち主は一体何を考えてこれを付けたんだ?

 これをつけたら犯人が遠慮するとでも思ったのか?



「よしっ、もう一回部屋に行ってみよう!」



 ◇


「えっ、ちょ!? ま、待って。何なのよ!?」


 ピンクゴールド頭でモコモコのパジャマ姿をした少女が悲鳴を上げた。


 突然、パソコンの電源が落ちた。

 せっかく盛り上がっていたのに、お陰で配信がストップしてしまったのである。


 部屋でホラーゲーム実況に興じていた少女は真っ暗になったディスプレイに絶望し、装着していた高級そうなヘッドホンを荒々しく床に投げ捨てた。



「ちょっとぉ、お姉ちゃんの仕業しわざなの!? 今日は仕事に行ったはずじゃ……って、誰?」


 姉、というのは同居人だろうか。

 彼女は文句の一つでも言おうと思ったのか、立ち上がって部屋から出ようとしたところで悠真たちの存在に気が付いた。



「こんにちは、山科立夏さん。私たち、貴女に用があってここまでやってきたの」

「……私に? ってもしかして、これやったのアンタたち!? なんてことすんのよ!! 配信止まっちゃったじゃん!!」


 いや、配信のことより目の前にいる不審者の方をまず気にしろよ。

 自分のことながら、悠真は心の中でそう突っ込まざるを得なかった。



「いいから、話を聞いて。単刀直入に言うけど、貴女が持っている占星術の本を私達に渡してほしいの」

「あぁ。渡してくれさえすれば、俺達はさっさと帰るから」


 二人は「説明しても分かってもらえなさそう」と、打ち合わせ無しで意見が一致した。

 だから本を持っているなら寄越すよう、シンプルに伝えたのだ。


 だが立夏は一瞬何のことを言われているのか分からず、ポカンとしていた。



「はぁ!? なんでアタシがアンタ達に渡さなきゃなんないのよ!? あの本だってメッチャ高かったんだからね!? お小遣いと配信活動で稼いだお金使ってやっとゲットできたんだから!!」


 まぁ、そうだよなぁ。

 いきなり知らない人間がやってきて、お前の物を寄越せと言われたところで渡したがる奴なんて居るわけがない。


 どうするんだよ、と紅莉を見やる。



「あのね。この本を狙ってとある女が人を殺して回っているの。知らない? 貴女が入ろうとしていたカレイドスコープ。そしてメールをしていた相手。みんな死んじゃっているのよ? このままじゃ、貴女だって狙われるわ」

「嘘……じゃああのキモ……オジサンも……?」


 紅莉がスマホでニュースを検索して見せてやると、立夏は大げさなほど口を開けて驚いた表情をした。どうやら演技でも何でもなく、カズオが死んだことを知らなかったようだ。



「アタシ、昨日氷川市のカレイドスコープに行ったんだけど……」

「え、そうなの!?」

「あの現場に居たのかよ……」


 立夏曰く、カズオとは連絡は取らないようにしていたらしい。自分の身体目的なのがあからさま過ぎて、さすがに距離をとったようだ。

 そしてカレイドスコープが運営しているビルへ直接向かうことにした。



「そしたら、殺人事件があったっぽくて。丁度良いネタだったからアタシ、配信しながらそこで色々情報を集めてたんだよね」

「そういえば、警察に注意されている奴がいたなぁ……」

「えっ、もしかして見られてたぁ? はっず! あ、私は顔バレNGだから写真撮ってリークすんのやめてね!?」

「しないよ、そんなこと……」


 マスクをしていたから分からなかったが、あれが立夏だったらしい。


 なんというか、どれだけ配信するのが好きなんだか……。


 今さらになってメイクをしていなかったことを恥ずかしがり始めた立夏を、悠真と紅莉は冷めた目で見つめていた。



 その後、お互いに簡単な自己紹介をすることになった。

 彼女は病院の看護師をしている姉とここで二人暮らしをしているらしい。


 高校はすでに中退しているらしく、将来は配信者を仕事として生きていく予定なのだとか。だからこそ、配信に命を賭けていると言っていた。


 だが命を賭けても狙われるのは嫌だったらしい。

 殺人鬼が本を探していると聞いて、さすがにショックを受けていた。



「私達は、立夏さんを助けたいの。だから、協力してくれない?」


 紅莉がそう伝えると、彼女は蒼白の顔でコクコクと頷いた。



「あの本は、たまたまリスナーさんがオークションに面白そうな本が出ているよって教えてくれたんだ。アタシ、配信で占いもやり始めていたからさ」


 今の世の中、大手の動画配信サイトに人気が集まり過ぎて、配信者が一気に増えたらしい。

 業界が盛り上がるのは嬉しいことなのだが、同業者が増えれば必然的にライバルが増える。

 数千人のリスナーを抱える立夏でさえ、まだまだ駆け出しなのだそうだ。

 彼女は更に高みを目指すため、いろんなジャンルに手を出して新規客を開拓しようとした。



「占いってリスナーとの距離が近いしさー。当たっていても外れていても、ウケが取れて良かったんだよね。それでこれ買っておけば絶対当たる!っていう本があるからって紹介されたからさ……アタシ、それまでバイトで稼いだお金とかで買ったんだよ」


 意外だった。立夏はこう見えて、自分の目指す仕事が簡単なものではないという認識はあったようだ。何かあった時の為に、コツコツと貯金をしていたようだ。



「やっと本を手に入れてさー、いざ試してみたんだけど。これがビックリするほど当たったんだよ~。リスナーを占ったら、『宝くじ当たったよー』とか『恋人できた』って報告されまくり! マジっぱなくない?」

「あぁ、それは本物だったんだろうな」

「間違いないよ、悠真君。それ、悪魔の愛読書だ……」


 占星術がどういったものかは分からないが、読んだだけでそこまで当たる占いができるというのならだったのだろう。高い買い物ではあったが、それに見合うだけの効果があった。



 それから彼女は占星術にどっぷり嵌まったそうだ。たしかに、この部屋には占いに関連していそうなグッズがたくさんある。


 誕生年を計算するための西暦表や天体図、可愛らしい電卓や水晶。星座の一覧をコピーして壁に貼ったものなど。彼女は割と真面目に取り組んでいた様子が見受けられる。



 だが、悠真は気が付いてしまった。


 その肝心の本が無いのだ。

 そしてそれは、紅莉も同様だったようだ。



「ね、ねぇ立夏さん。その本はどこに……?」

「それが……」



 立夏は言いにくそうに目を彷徨わせながら、こう続けた。



「あの本ね――持っていかれちゃったの」

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