第19話 不穏な気配

 半年程前から小野市で発生していた連続殺人事件だったが、その実行犯が瀬名であることが判明し、彼は警察の追っ手を逃れ森で自殺してしまった。


 犯人は判明したものの、瀬名が犯行に至った経緯については明らかにならず、また彼の死は同居していた真澄や、事件解決を目標としていた純に大きな影響を与えた。


「瀬名が私の中から消えちゃったら、私はまた一人になる。それが今は一番嫌なの、辛いの、苦しいのよ!」


 真澄は純を自宅に呼び、自らの思いを全て話した。彼はそれを聞いた上で、敢えて現実に向き合うよう促した。


「日岡さんはもう帰ってこない、あの人のしたことも取り返しがつかない。これはどう頑張っても覆せない現実だ。だから、俺たちはそれを受け止めて生きていかないといけない」


 その言葉は真澄に届き、純は彼女の心を救うことができた。そして……


「実は三木城に、純君と一緒に行きたいの」


 彼は真澄と共に、高校時代の思い出の場所である三木城に行くこととなった。




「何か、寒くなってきたな……」


 そして翌朝になると、純は真澄の家の前で待っていた。12月になり、そろそろ朝や夜は寒さが厳しくなり始めている。


「……」


 純は腕時計を見た。電車の時間があるので、遅くなると少々厄介なことになる。そしてもう片方の手をポケットに突っ込んで待っていると、家から真澄が出てきた。


「お待たせ、純」


 今日の彼女は以前神戸に行った時に購入したトレンチコートを羽織っており、また首には暖かそうなマフラーを巻いている。


 彼女は小さく笑っていた。似合ってるかな、と視線で聞かれている。


「おお……似合ってる」


「本当? 嬉しいな」


 真澄はそこからしばらく黙っていたが、やがて無言で手を差し伸べてきた。


「よし、行くか」


 純は彼女と手を繋いで、粟生駅まで歩くことにした。


 瀬名の裏切りがあったからか、真澄の手に触れた時の後ろめたさはもうあまり感じなくなっていた。


「純の手、あったかいな」


 真澄がそんなことを言った気がして、純はゆっくりと横を向いた。だが、彼女は無言のまま純と歩幅を揃えて歩いていた。


「ん?」


 今のは、空耳だったのだろうか。純は深く追求せず、そのまま前を向いた。




「あー、良い感じだな」


 電車に乗ると、中では暖房が効いていて少し寒さが和らいだ。


 ここから二人は神戸電鉄に乗り、目的地となる三木城へ向かう。


「純、ここに座ろう」


 真澄は純に端の席を譲り、自身がその隣に座った。彼は真澄がいることを意識しているのか、距離を開けた状態で座っている。


「むぅ……!」


 しかし真澄は頬を膨らませながら、敢えて近付いて彼との距離を狭めた。


「おい、何やってるんだ?」


 別に嫌ではなかったが、純は驚いて困惑の表情を浮かべた。


「良いじゃない、別に」


 純はやれやれと思いながら、しばらくそのままでいようと思った。だがその時、彼の頭の中に謎の風景が浮かんできた。


「……ん?」


 自分は制服を着て、真澄と一緒にこの電車に乗ったことがある。そして、あの時も真澄が距離を縮めてきて……


「どうかした?」


 純はそこで正気に戻った。真澄が心配そうな顔をして、こちらを見つめている。


「ああ、何でもない」


 しかし、今のは一体何だったのだろうと純は考えた。


 見覚えのある田園風景。もしかすると、高校時代に三木城に行った時の記憶なのかもしれない。


「三木上の丸で降りれば良いんだよな?」


 路線図を見ながら、純は粟生から少し離れた駅を指差した。


「そうよ、よく知ってるね」


 時間は十時を回っており、電車にはあまり人が乗っていない。しばらく揺られながら、二人は三木上の丸に着くのを待った。




 そして、電車は目的地である三木上の丸駅に到着した。


「降りよう、純!」


「ああ」


 駅舎はレトロな木造で、開業当初の姿がそのまま残っている……らしい。改札の前には新聞の自販機や古びたベンチも置かれている。


「ここは変わってないな」


 純は無意識に、変わっていないとそう口にしていた。ここに足を踏み入れたことは無いはずなのに。


「三木城はこっちよ!」


 三木城跡案内の看板を通り過ぎ、線路下を潜り抜けると大きな階段が目の前に現れた。


「高いな……!」


 この階段を上ると三木城なのだが、手すりを持っていないと転げ落ちてしまいそうなそれを目にして純は後ろに下がった。


「こんなの大したことないわよ、さあ」


 だが真澄は微塵も怖がるそぶりを見せず、立ち止まる純の手を掴んで数段上り始めた。


「待ってくれ、真澄さんは怖くないのか?」


「全然」


 即答だった。その言葉に嘘が無いように、真澄は純の手をしっかり掴みながら難無く階段を上っていく。何だか、少し自分が情けなく感じた。


「だって、純君が私を助けてくれたから」


 風がこちらに向かって吹いてきた。電車の時と同じように、映像が朧気ながら自分の頭の中に浮かんでくる。


「ありがとう、私を助けてくれて」


 あれは、確か一年目の夏だっただろうか。


 かつて純と真澄が三木城に行った際、真澄はこの大きな階段が怖くて上れなかった。だから純が彼女の手を掴んで、ゆっくりと上った。


 その時、真澄はそのような言葉をかけてくれた。


「そうだ、そうだったな」


「……?」


 純の発言に真澄は違和感を持った。だって、それはまるで……


「記憶が、戻ったの?」


 真澄は足を止めて、こちらを振り返っていた。


「ああ、ほんのちょっとだけな」


 その時、粟生方面に向かう列車がすぐ隣の線路を通り過ぎた。




「良い景色だな……」


 天守台からは、天気が良かったこともあって街の景色が一望できた。純がしばらくそれを眺めていると、真澄がカメラを持って声をかけてきた。


「純君、写真撮らない?」


「お、良いな」


 純は僅かに覚えている。以前もここで、真澄が写真を撮っていた。


「はい、チーズ!」


 ピースをする純にカメラを向け、真澄は何度かシャッターを切った。寒いので、撮り終わったらすぐに二人は天守台から下りた。


「これ、さっきの写真」


 写真の中では、笑顔でピースをする純と後ろの鮮やかな風景が良い組み合わせとなった。だが、彼の姿が太陽の陰になって暗くなっていたのは少し残念だった。


「悪くないな。これからどうする?」


「うーん、せっかくここまで来たんだから何か食べない?」


 高校時代に行った際は夏だったこともありジェラートを食べたのだが、流石に今は冬なので断念した。


 取り敢えず、二人は今来た道を引き返し始めた。


「ねえ、純君」


 そして階段を下りている時、真澄はまた純に話しかけてきた。


「瀬名が殺人鬼だって知った時、私は心が折れそうになった。もしかしたら、私一人じゃ立ち上がれなかったかもしれない」


「そう、だな」


 純は真澄のことを考えて話に出さなかったのだが、彼女はしっかりと純の方を見つめてこう言った。


「ありがとう、私の心を救ってくれて。純君のお陰で、私はちょっとだけ楽になれたよ」


 そして、言い終わってしばらくした後に付け加えた。


「私は純君が記憶を取り戻して欲しいと思ってるわ。色んな幸せを思い出して、そしてまた私に振り向いて欲しい」


「えっ、それってどういう……」


 また付き合って欲しい、真澄がそう言っているように聞こえて純は困惑した。


「そのままの意味よ、私は待ってるから」


 真澄は不意に顔を近付け、手を添えながら純の耳元で囁いた。そして、彼女は顔を赤くしながら階段を駆け下りていった。


「お、おう……」


 純はまさに、心を盗まれたような呆然とした表情になった。




 一方その頃、紫音は純に伝えたいことがあって探偵事務所の前まで来ていた。


「あれ、赤石さんがいない?」


 看板には準備中の文字があり、そもそも事務所の中に人の気配が無い。いつもなら開いている時間なのだが、外出しているのだろうか。


「はあ、このタイミングで……」


 紫音は昨日ずっと瀬名の死について考えていたのだが、事件の状況からやはり彼が犯人だという所に引っかかりを感じていた。


 それを純に話そうとしていたのに、外出中とは間が悪い。


「そうだ、斉藤さんなら赤石さんがどこに行ったか分かるかも」


 紫音は向かいにある真澄の家に行こうとしたが、そこで見覚えのある警察官がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「三木さん?」


 そう、小野警察署に勤めている巡査長、三木遼磨だった。


「おや、深山君じゃないか。どうした?」


 遼磨の方も紫音が事務所の前に立っていたことに驚き、首を傾げた。


「いえ、日岡さんのことで赤石さんに話したいことがあったんです。けど、赤石さんは外出しているみたいで……」


「ほんまや、準備中って書いてあるな」


 遼磨は看板を目にして頭を抱えた。ということは、彼も純に何か用があったのだろうか。


「実は私も日岡瀬名の件については疑問に思っていてね。赤石君に会いたかったのだが、彼はいないのか」


 彼は紫音と同じ理由で、純と話がしたかったのだ。


 そこで沈黙の時間が流れた。純はいつ帰ってくるか分からないし、これからどうすれば良いのか。


「あの、それだったら私の家に来ませんか?」


「ん?」


 ここで待っていても仕方がない。沈黙を破ったのは、紫音だった。




 紫音の家には祖母の凛子がおり、遼磨の姿を見ると暖かく彼を迎え入れてくれた。


「はい、お茶をどうぞ」


「ありがとうございます」


 遼磨はお茶を啜り、一息ついてから紫音に話し始めた。


「まず日岡瀬名の遺体が発見された場所だが、彼が広野君と対面した神社の近くの森だった。警察の目から逃れた後、そこで鉈を手に取り自身の首を斬った……とされている」


 事件の一連の流れに関しては紫音も知っていた。だが、遼磨が違和感を持ったのはまさにその流れだった。


「録音機に彼の声が記録されていたが、最後にこう言っていた。こんな所で捕まってたまるか、とね。途中で逃げるのを諦めたのかと考えたが、やはり何か引っかかる」


「なるほど……」


 凛子は二人の会話を聞いて、邪魔するわけにはいかないと後ろに下がった。こうして、家のリビングで紫音と遼磨が向かい合った。


「私は、事件の状況から日岡さんが犯人ではないと考えました」


 そして、紫音も昨日まとめた考えを話し始めた。


「まず日岡さんの遺体ですが、首に一か所切り傷があり、そこから出血がありました。他に目立った外傷は無かったことから、これが致命傷になったと推測されます」


 彼女は自分の首を指差した。傷は頸動脈に達しており、そこを斬られたことで死亡したというのも納得できる。


「ですが出血量が少な過ぎました。日岡さんが現場で首を斬り、その場に倒れたのならばもっと多量の血が現場に残っているはずです」


 そして、紫音が違和感を持った点はまだあった。


「それと、日岡さんの顎の部分にあった痣も気になりました。倒れた時にできたものだと推測されますが、柔らかい地面に倒れた状態で、あの痣ができるのは不自然です」


 遼磨は何も言わず、静かに頷きながら彼女の言葉を聞いていた。


「硬いコンクリートか、もしくは室内で殺害され、その際に強く叩きつけられたのなら話は別ですが」


 瀬名は別の場所で殺害され、それからあの現場に運び込まれた。紫音は遺体の状況からそう推測した。


「では深山君は、連続殺人事件の犯人は日岡瀬名ではないと思っているのか?」


「彼が犯人だと信じたくない、そんな個人的な気持ちも否定できませんが、私は他に犯人がいるのなら、必ず突き止めたいです」


 遼磨は紫音の覚悟を決めた表情を見て、ほっと安心した様子でもう一度お茶を啜った。


「良かった、その言葉を聞けて私は嬉しいよ」


 そして、遼磨は明らかになった新しい事実を告げることにした。


「実は日岡氏の遺体から、複数箇所の痣が発見されたんだ。君が見つけた顎だけでなく、胸や腕にも多数存在した」


「えっ、複数箇所の痣!?」


 紫音は驚きで思わず立ち上がった。でも、そういえばコンビニで瀬名と会った時に腕の痣が一瞬見えたような気がする。


「日岡氏は暴行を受けていたかもしれない。それも……真犯人から」


 紫音は、そう話す遼磨の目をしっかりと見つめた。彼女の中で、今まで違和感を持っていたものが全て繋がった。




「今日はありがとう、純君」


 数時間後、純は真澄と共に粟生に戻った。


「こちらこそ、真澄さんのお陰で大事なことを思い出せたよ」


 結局、取り戻した記憶は三木城に行った思い出だけ、僅かなものだった。だがそれを思い出せただけでも、純にとっては大きな一歩だった。


「記憶、全部戻ると良いね」


「ああ、そうだなあ……」


 記憶が戻ることで今までの自分ではなくなってしまう、純もそれを恐れずに過ごしてきたわけではなかった。怖く感じることももちろんあった。


 だが、それ以上に過去を忘れている自分から少しでも前に進みたかった。


「その時が来るまでは、今までの俺らしくのんびり過ごしてやるさ」


 真澄も、そんな純を応援してくれていた。


「そうね、犯人ももう捕まったし」


 犯人、真澄のその言葉は、彼女が瀬名の死を乗り越えようとしている証だった。


「それじゃあ、俺は事務所に戻る」


「うん、じゃあね」


 純は真澄に手を振って、そして背を向けた。彼女もそんな純を笑顔で見送った。




「ふふっ、今日は楽しかったな」


 真澄は家に戻った後、真っ暗な部屋でゆっくりとバッグを下ろした。リビングに飾ってあるマーガレットの花に触れ、そして優しく撫でる。


「もし純の記憶が完全に戻ったら、あの人は私に振り向いてくれるかな……?」


 どれだけ純に近付いても、たくさん話しても、そして同じ時間を共有してもその答えは出せなかった。


 だが、純は今までの自分らしく過ごすと言っていた。


「ううん、私は信じるの。純と一緒に積み上げた愛を」


 今までしてきた努力は無駄じゃなかった、真澄はそう自分に言い聞かせた。


「私は咲き誇るの、マーガレットの花のように」


 すると突然、家のインターホンが鳴り響いた。真澄は閉じていたカーテンを開け、向こうに気付かれないように鳴らした人物を探る。


「ん、あれは?」


 真澄はその人物の姿を見ると、足音を消して玄関に向かった。


 純と一緒にいた時の笑顔を消し去って、彼女はどこか気分の悪そうな、悲しみの混じった表情に切り替えた。




「初めまして……ですかね。私は小野警察署の三木と申します」


 相手は遼磨だった。彼は穏やかな表情で警察手帳を見せ、真澄に歩み寄った。


「日岡さんの事件でお話があります、今はお時間大丈夫ですか?」


 彼女の気分の悪そうな表情を見て、遼磨は極力追い詰めないような言い方で話を進めていった。


「ええ、大丈夫ですが」


「でしたら、警察署の方にお越し下さい」


 家の前にパトカーが停めてあり、真澄はそこに案内された。


「えっ、でも……」


「大丈夫ですよ、お聞きしたいことがあるだけです」


 遼磨はそう念を押し、少し戸惑うような反応をした真澄を車の中に連れ込んだ。そして、彼は慣れた手つきで発進させた。


「そこまで長い距離ではありませんので、しばらくお待ち下さい」


 この辺りでは大きめの道路を直進し、車は速く、かつ滑らかに走る。


「はあ、めんどくさいな……」


 真澄は車の運転席に座っている遼磨に聞こえないように、窓を眺めながらそんな愚痴を漏らした。


 警察署が見えてくると、徐々にスピードが落ちていった。


「お待たせしました」


 そのまま遼磨が真澄を車の外に出そうとしたので、彼女は思い切ってこう聞いた。


「あの、お話って何なんですか?」


 すると、遼磨は敢えて隠すことなくこう告げた。


「日岡さんの遺体に気になる箇所があったので、お呼びしました」




「えっ、痣ですか!?」


 警察署の一室で、真澄の大きく驚く声が響き渡った。廊下を歩いていた職員が思わず振り返る。


「はい。何というか暴行を受けたような痣で、胸部や腕等に複数箇所確認されています。恐らく、最近付けられたものではないかと思います」


 遼磨は瀬名の遺体に付けられていた痣について説明した。真澄は信じられないといった様子で頭を抱えている。


「何かご存じありませんか、この痣について」


「いいえ。痣についても、暴行についても私は何も知りませんでした。騒動に巻き込みたくないからと、あの人が隠していたのかもしれません」


 そこから真澄はまた何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。


「些細なことでも構いません、彼に何か異変はありませんでしたか? どこかに出かけていたとか、慌てた様子だったとか……」


 真澄は俯いて何も答えなかった。しかし遼磨は頭を下げ、何か情報は無いかと尋ねた。


「お願いします、最も日岡さんの近くにいたのは貴方です。事件解決のために、協力して頂けませんか」


 そこからしばらく答えは返ってこなかった。だが……


「知らないって、言ってるでしょ……!」


「えっ?」


 今までの彼女とは違う、怒りの混じった声が聞こえてきた。




 真澄は泣いていた。顔を崩しながら、彼女は必死に叫んでいるような大声を上げた。


「何度も言ってるでしょ、私は何も知らないのよ! そもそも私は瀬名が死んでずっとずっと辛かったの、寂しいの、怖かったの苦しかったの悲しかったのよ! それなのに私をわざわざ傷つけるようなこと言って私をいじめて、何が楽しいのよ、ねえ何が楽しいの!?」


 突然のことで遼磨も動きが止まったが、すぐに彼女を落ち着かせようと声をかけた。だが、それは無駄だった。


「落ち着いて下さい、私はそのような……」


「うるさいっ!! 私は瀬名のことを愛してたの、心から! なのに私は裏切られたの、私の愛は壊れちゃったのよ! それで立ち直れないでいるのに、貴方は私を追い詰めた! 私今泣いてるよね、なのに貴方はどうして私のことを可哀想だと思わないの私に同情してくれないの愛してくれないの!? もう一度言うわ、私は瀬名が死んじゃったことについては何にも、何にも知らないのよ!!」


 そして真澄は踵を返し、最後にこう言い残して部屋を去った。


「私は悲しいですよ、本当に」


 ドアを乱暴に閉める音が聞こえた後、遼磨は何とも言えない表情になった。驚きを通り越して、何も考えられなくなり唖然とした。


「何だったんだ、今のは?」


 しばらくすると、同僚の警察官が心配して部屋に入ってきた。


「大丈夫ですか、一体何が……!?」


 だが、遼磨は答えることができなかった。




「はあ、はあっ……!」


 真澄はしばらく感情が収まらず、徒歩で自分の家まで帰っていた。すると、途中で誰かから電話がかかってきた。


「こんな時に……ん?」


 また警察だと思って一瞬切ろうとしたが、その相手が紫音だと分かると真澄は迷わず電話に出た。


「もしもし、紫音ちゃん?」


 真澄は先程までの表情が嘘だったかのように、明るい笑顔になった。


 電話の内容は、恐らく瀬名が犯人ではないということ、そして警察から何か聞かれなかったかと心配するものだった。


「うん、警察の人からは色々聞かれたよ。私は瀬名が犯人じゃなくて良かったと思ってるし、瀬名をこんな姿にした犯人は、できるだけ早く捕まって欲しい」


 電話の向こうからは静かに息を吐く音と、そうですね、という声が聞こえてきた。


「でも私は瀬名が怪我していたことも知らなかったわ。力になれなくてごめんね、紫音ちゃん」


 そこで真澄は何かを思いつき、方向を変えてとある場所に向かった。


「ううん、私は大丈夫よ。わざわざ電話してきてくれてありがとう」


 彼女は紫音にお礼を言って電話を切った。暖かい飲み物が欲しかったので、少し歩いた場所にあるコンビニに立ち寄った。




 数分経って出てきた真澄の手には、カフェオレのカップがあった。


「ふー、ふー……」


 息を吐いて冷まし、程良い温度になると啜るようにしてそれを飲んだ。


「うん、寒い日はやっぱりこれね」


 冷えた手足が少し温まった。道は人通りも少ないので、歩きながら少しずつ飲んでいくことにした。


「紫音ちゃんも頑張ってるし、私も何か力になれることは無いかな……」


 いつの間にか夕方になっており、ふと見上げると日が落ちかけて空は幻想的な景色になっていた。


「このまま、平和に終われば良いんだけどね」


 独り言を呟きながら、真澄はカップを片手に自分の家へと帰っていった。




 続く

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