第7話「凍てつく銀星の叛徒」前編

 第七話「凍てつく銀星の叛徒」前編


 ――阿久津あくつ 正道まさみち華遙かよう 沙穂利さほりを五千億で買い取ったという件……


 それに心当たりが在るとすれば、それは一昨年から進めていた我が社の新規開発事業、”極東ファー・イースト製造流通経路確保マニュファクチュアリング・プラント計画プロジェクト”に行き当たる。


 優に千を超える多様な連結子会社を保有する我が”A・K・Mフューチャーズ”ではあるが、欧米を席巻する我が社でも、ことアジア全域ではまだまだ影響力は限定的である。


 だからこそアジア市場に確固たる拠点を築くべく……


 とまぁ、そんな感じで進めてきた計画で昨今は特に日本市場に注力していた。


 数々の特許技術や企業資産を保有する日本企業をなんとか傘下に収めようと動いていたが、そこは閉鎖的で有名な日本企業、外資による参入を同業種の企業同士がガッチリ手を組んで阻み、そこに政府までもが介入するという護送船団ぶりだった。


 自国産業の技術流出とその既得権益を守るために、本来なら商売敵ライバル同士という立場の企業が手を組んで外敵に対するとは……


 未だに暗に経済鎖国政策を是とする日本、如何いかにもな”島国根性”ぶりだ。


 自由競争が日常である欧米ではちょっと考えられない。


 とはいえ、商売ビジネス商売ビジネス


 ”はい、そうですか”と黙って諦めるはずもない。


 結果、中々に苦労を強いられた我が”A・K・Mフューチャーズ”ではあったが、やっとの事で日本の中枢とも言える”十大財閥”の一つであり、グループ全体の業績不振が長引く華遙かよう財閥が関連企業の幾つかを買収する足がかりを得ていた。


 その手始めが”華遙かよう電子産業”という上場企業で、こちらが提示した関連子会社含めた買収額は”五千六百億”だったはずで……


 「この段階になって率先して我が社に協力して頂けると?……つまりそれは」


 立派な応接室に通された俺は、目前に座る老人に問う。


 細面にギョロリと奥まった両眼、枯れた皮膚感……


 総白髭の長髪を後頭部で結わえた老人は、咽まで伸びる髭を蓄えていた。


 「左様、”TRONトロン”とやらの阿久津あくつ 正道まさみちよ。わしの権限に於いてそれを決めた」


 ――まるで”研ぎ澄まされた日本刀やいば”と対峙するが如き緊張感


 老齢に似合わぬ眼光の鋭さや実際の肉体年齢からは考えられないほどの覇気を纏った人物の堂々たる風格は、時代後れの”侍”とも言える圧倒的存在感だった。


 ――華遙かよう家当主、華遙かよう 甚士朗じんしろう


 日本経済界を牛耳る”十大財閥”の一角を統べし、この国の重鎮中の重鎮である。


 現在ときの政府にまで多大な影響力を発揮し、今回の買収案件ビジネスに対して散々に立ちはだかって来た”十大財閥”と、その中核たる華遙かようグループ会長。


 その華遙かよう 甚士朗じんしろうによる鶴の一声で、敵対的買収から友好的協力関係へと移行したいとは……


 「…………」


 俺はこの時点で真逆に方向転換を提案してきた老将の思惑を無言で推し量っていた。


 「うむ、そこでじゃ……その為にも、貴君には”他の雑音”の対応を任せたい」


 ――”他の雑音”


 つまりは昨日までの同士である日本の企業連合……


 ”十大財閥”を裏切ることによる数々の報復処置を全て俺の”TRONかいしゃ”で対処せよと?


 「それは穏やかでないですね」


 「大層なことではあるまい、貴君が得られる釣果に比肩せぬ雑事であろう」


 ――ちっ、俺はアンタの防波堤かよ!?


 と、表情かおには出さす、心中で愚痴グチってみるも……


 なるほど、確かに都合の良い話では在るがビジネスの世界ではよくある話でもある。


 ――しかし


 「その件に関してはやぶさかではないですが、お嬢さん……沙穂利さほりさんの件は一体どういうおつもりで……」


 ――勿論、俺も解っている


 これは政略結婚に類するモノ……


 もっと”あけすけ”に言うならば、俺が彼女に憧れていたという過去を利用した下衆ゲスな謀略。


 俺はチラリと意識を俺の横に座る美少女に移動させて見るが、


 「…………」


 輝く”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の双瞳ひとみはその美しさに一点の陰りも無く微塵も揺れること無く、俺と老人の交渉を静観していた。


 ――自分が”貢ぎ物”の如くに扱われていると言うのに……


 この少女はまったく平常心で、その様子は本当に人形の様だ。


 ここまで来れば逆に感嘆に値すると、俺は半ば呆れながらに話を続けた。


 「先程、会長が提案されたビジネスの話は兎も角、彼女の、つまり、こう言う時代錯誤的な手法はあまり感心できないというか……」


 「心得ておるなっ!」


 ――!?


 俺の言葉を遮り一喝する老人の鋭い視線の先は当然……華遙かよう 沙穂利さほりだ。


 雷鳴の如き老将の一喝にも全く動じる事の無い所作で、美少女はすっとその場で立ち上がる。


 「勿論です、会長」


 白い清楚なリボンに装われた艶のある美しい黒髪ロングヘアーが静かに揺れ、美術品の域まで完成された西洋人形プペ・アン・ビスキュイ連想おもわせる白く白く輝く肌の美少女は、もぎたての石榴ざくろの瑞々しい赤い唇から従順な返事を返し、威圧感プレッシャーの化物に対して真っ直ぐにこうべを垂れる。


 「うむ……」


 そして、そんな従順な少女を視界に収め、満足げに頷いた老人が取引ビジネスを進めようとした時だった……


 「阿久津あくつ 正道まさみちという”浅はかな小童こわっぱ”が代表を務める”TRONトロン”とは、元々は中東の小国で発足した基幹システム構築の会社に過ぎなんだが、僅か数年にて物販、流通、運輸、金融に投資と、あらゆる分野で世界市場を席巻する企業と成りつつある……」


 「っ!?」


 そのまま、従順であった姿勢のままで、


 蕩々と言葉を発する美少女に老将……華遙かよう 沙穂利さほりの爺さんは呆気にとられていた。


 「あの様な”若輩”がそれほどの成功を収めた影には、世界市場の数パーセントもの資産を握るという中東小国の元王族であった故人、アイハム・クトゥブ・マフディの影があるというもっぱらの噂じゃが、”彼奴きゃつ如き”がどうやってそんな大物と関係を持てたのか?否、どちらにしろそう言う外資の手先、”売国奴”である男に対し、ぬしが成すことは愚者おろかものの篭絡じゃ……つまり」


 「なっ!?ぬしっ!沙穂利さほりっ!!」


 祖父で会長たる者の一喝にも沙穂利さほりは全く意に介すること無く、その老人の口調を真似て話し続ける。


 「ぬしがあの”若輩”を骨抜きにし、そしてその権力ちからを我が華遙かようの為に存分に搾り取るのじゃ……でしたか?」


 我が孫娘、華遙かようの手駒、従順なる人形……


 そう確信して使役つかってきた”華遙かよう家当主”、華遙かよう 甚士朗じんしろうにとってこの謀反ともいえる少女の行動は青天の霹靂!


 如何いかな百戦錬磨、海千山千である老獪であろうともそれが表情かおに出ていた。


 「……」


 ――まあ、こうなるだろうなぁ


 そして”阿久津 正道オレ”は無言のまま、そっと”凍てつく銀星の叛徒”へと視線を送る。


 「沙穂利さほり、貴様……うぬは何をしておるのか解っておるのかっ!!」


 そして――


 狼狽を隠せない華遙かよう 甚士朗じんしろうの前で十七年間、傀儡にんぎょうで在ったはずの……


 「……」


 儚い立場で在るはずの美少女は、美しい銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ双瞳ひとみを細めて薄く微笑わらっったのだった。


 第七話「凍てつく銀星の叛徒」前編 END

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