第4話「刃の下に心……」前編

 第四話「刃の下に心……」前編


 俺は帰国にあたり、人手に渡っていた元々の生家を買い戻した。


 ちょっとした天然芝の日本庭園に木造の母屋と渡り廊下を通じての離れが三棟、それと別棟の小さい道場もどきが一棟という都合千坪ほどの屋敷である。


 昔は家族四人と奉公人五名で暮らしていた屋敷だが、今回俺はひとりで住む予定なのと手放してから暫く人が住んでいなかったため少しばかり傷んでいたのとで、結構大がかりな改修になってしまった。


 「結局、引っ越しできたのは一週間ほど前だったなぁ……」


 カララ……


 俺は居間から庭に向けた縁側の掃き出し窓を空け、部屋の空気を入れ換えながら独り呟いた。


 「正道まさみち様、緑茶と紅茶どちらになさいますか?」


 俺が通う都浦伏とらふす高校から車で三十分弱、同じ都浦伏とらふす市にある屋敷の中はまだ片付けの済んでいない段ボールが何個も積み上げてあり、女子を招くには少々気恥ずかしい状態だった。


 「……」


 ――帰国後の忙しさにかまけたり、ついつい久しぶりの”独り暮らし”という気の緩みからか、生活にそれほど支障が無いと無精をしてしまっていたが……


 「あ、大丈夫です、エプロンは持参致しましたので」


 日本屈指の旧家である華遙かよう家、生粋のお嬢様が俺の為にエプロン姿でお茶を入れてくれる……なんて贅沢な時間なんだ。


 「それから正道まさみち様、先ほども伺いましたが緑茶と紅茶どちらになさいますか?」


 「……うんうん」


 ――腰まである輝く黒髪を清楚な白いリボンで装った純潔の美少女とはなんて良いものなんだ!一家に一つは装備すべき逸品であるなぁ……


 ――いやいやいやいやっ!?そうじゃ無いっ!


 ――そう!”独り暮らしっ”!!


 「正道まさみち様?どうされましたか?」


 俺の記憶が確かならば、今朝の登校時まで俺は”独り暮らし”だったはずだ。


 それが何故か?帰宅後には全国男子高校生の憧れ!黒髪超美少女となし崩し的同棲とかっ!


 ”greenteaグリーンティー orオア teaティー?“なんていう快適飛行旅行フライト添乗員おともが如き甘き囁きクエスチョン”をっ!!


 「わ、悪いが華遙かようさん、我が家は男の独り暮らしで……じょ、常識的にも成り行きなんかで”うら若き女性”と同居とかするのは社会に対する体裁とかがだな、ええと……」


 俺は気持ちを強く持ち、自らの”本心よくぼう”に抗い、良識有る言動に徹しようとする。


 「……………………そうですね、わかりました」


 ――おおっ!!解ってくれたか!?


 正直、彼女とは色々誤解も含めて行き違いのままだったから交渉は難航すると思っていたが……言ってみるもんだなぁ!


 「では、私は門の外で野宿致しますので……」


 「greenteaグリーンティー Pleaseプリーズ!! Iアイ begベッグ youユーpleaseプリーズ greenteaグリーンティー!! 余は緑茶を所望いたしますぞぉっ!!」


 彼女の決意はコンクリートよりも固いようだった。


 ――うう……


 そもそも、なんでこんなギャルゲーフラグみたいな”強制同棲イベント”にもつれ込んでしまったのかと言うと……


 ――

 ―


 擦った揉んだの”お嬢様襲来”という散々な一日がやっと終わりを告げ行く放課後。


 帰宅の途につく阿久津あくつ 正道まさみちが視線の先には、校門前に連なって停車する二台の高級車があった。


 「……」


 前の方は英国社製で”Rが二つ”の紋章エンブレムを誇る車両、つまり我が通学の足である。


 そしてその後ろにベタ付けした国産の方は……


 確か”日本帝室”も御用達のT社製”セン○ュリー”だったろうか?


 いや、車種なんてこの際どうでも良い!


 重要なのは、この学校で俺以外に車通学なんて身分の生徒は……


 「……」


 ――凄く嫌な予感しかしない


 「これで全てでしょうか?」


 バタン!


 そこでは――


 二台の車の中央付近で佇むだけでも絵になる美少女に、俺のよく知る運転士の男がペコペコしながらキャリーバッグ二つ分くらいの荷物をせっせとトランクに載せていた。


 「あ、総帥フューラー!お疲れ様です。どうぞちらに」


 そしてその運転士は、ようやく呆然と立ち尽くしてその光景を見ていた俺に気づいた様で、一礼してから後部座席のドアを開ける。


 「いや……宇佐神うさみ、お前なにして……」


 「ささ、お嬢様もどうぞ!!」


 俺の問いをさらりと笑顔で受け流した男は、そのまま佇んでいた美少女も我が英国製車の後部座席へと案内していた。


 「だ・か・らぁ、宇佐神うさみ 佐太己さだみぃっ!!」


 ――この運転士の男は、宇佐神うさみ 佐太己さだみ。30歳、妻帯者


 俺が海外で過ごしていた頃からの専属運転士で、秘書の錦嗣かねつぐ 直子なおこと同様に日本に連れて来た”信頼できる部下”である。


 真面目で忠誠心が厚く、細かいことに気が利く、上司である俺を盲目的と言えるほど尊敬しているという、どこかの毒舌秘書とは大違いの実に部下らしい部下である。


 「大丈夫ですよ、総帥フューラー総帥フューラーの大切な華遙かようお嬢様のお荷物は既に移し替えが済んでおりますので直ぐにでもお帰り頂けます!あとは若いお二人で自宅にてごゆるりと……」


 ――ちょぉーーうぅ気が利くねぇぇ!!くそっ!!


 俺は悪意の全く無い善人に何を言ってもしょうが無いと、俺が車に乗り込むのをドアの傍で待つ美少女に歩み寄った。


 「ええと、華遙かよう 沙穂利さほりさん?ええと……これは……」


 「はい、本日よりお世話をお掛けします」


 ――うん、実に良い笑顔だ!ついさっきではあるが、屋上以来の笑顔が変わらず美々しいっ!


 「じゃなくてっ!!どこをどうしたら俺とキミが……」


 「車で運びきれない私物は後日配送で届くと、影奈えいなが手続きを……あ!”堅鞍かたくら 影奈えいな”です、先ほど正道まさみち様も会われた彼女です、真っ直ぐな良い使用人ですよ」


 ――確かに、真っ直ぐ俺に殴りかかってきたけどねっ!


 俺はもうこれ以上振り回されるのはごめんだと、意を決しグイと彼女に近づいた!


 「華遙かよう……沙穂利さほりさん、俺はっ!」


 勢いのままの行動は、期せずして超至近でっ!


 お互いの胸を数センチ程の距離でわかつだけの体勢で俺は、彼女特有の?甘くて良い香りにクラクラしながらも、威圧的にぐっと顔を寄せ……


 「…………随分と」


 吐息さえ感じられる距離にも動じること無く、赤い唇がそっと動く。


 ――っ!?


 なんだ?


 絶えず柔和な微笑みを浮かべていた少女の表情はそのままに――


 ”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の双瞳ひとみだけがそっと細められた。


 「……」


 そしていつの間にか、詰め寄っていたはずの俺が固唾を呑む側だった。


 「随分と他人ひとが集まって来てしまいましたね」


 ――うっ!


 俺はその彫像よりも遙かに整った美しさの笑顔にゾクリと背筋が突っ張った!


 ――本当に希なほど美しい双瞳ひとみ


 「……」


 「……」


 時に”究極の美”という代物は、鑑賞する者の不安を孕んだ危うさを投影させ、”干渉する者あいて”の心を侵蝕するという。


 ――それは、最も古きに連なる高貴なる鮮血姫ヴァンパイア双瞳ひとみ魅了チャーム


 ――それは、種の起源と終焉で在る深淵から奏でられる海龍姫セイレーン賛歌うたごえいざな


 どちらにしても”人智の外側”、俺には専門外の脅威である。


 「………………とりあえず、乗ってくれ」


 「はい」


 結局……その時、俺にはその受け応えしか用意できなかった。


 バタン!


 ブロロロローーーー


 今日、断トツで一番!噂の二人は下校中の生徒達による好機の視線を一手に受けながら、英国製高級車へと乗車し一路我が家へと走り出したのだった。


 「……」


 「……」


 当事者ふたりにしかわからないだろう、妙にギスギスした無言の車中で俺は……


 ――”随分と他人ひとが集まってきましたね”


 変わらぬ穏やかな表情で、窓の外へと視線を向ける少女を盗み見ていた。


 ――”で積もる話をされても宜しいのならばですが、どうしますか?”


 あの時、優しげな瑞々しく赤い唇からはとても似つかわしくない、そういう恐ろしい脅迫ことばが続くような気がして俺は……


 第四話「刃の下に心……」前編 END

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