第3話「悪屑」前編

 第三話「あくくず」前編


 俺が十年以上前に居住していた、地元にあるごく普通の高校に編入学して十日あまり……


 阿久津あくつ家が破産してからは海外を転々として、中学どころか小学校もろくに通っていなかった俺だが、今のところ授業内容には十分に適応出来ているだろう。


 勉学なんてものは何処どこに居ようと、どんな状況だろうと、本人の意志さえあれば出来るものなのだ。


 今回俺は地元の高校へ編入の際、日本の義務教育を途中離脱していた経緯をちょっとした圧力で無しにして押し通したが、編入試験自体はまとに受験した。


 結果から言えば……満点合格。


 どこにも文句もつけようのない、一分の隙も無い成績だ!(義務教育過程の不正をのぞけばだが)


 ――まぁ、なんにせよ、無事に中途入学となったわけだ


 「おい、昨日の”アレ”観たよな?ほんと噂通り最低な男だよ」


 「”MASTER JAPANマスター・ジャパン”だろ?ああ、観た観た!こっぴどくフラれて”ざまぁ”だよなぁ」


 ――何故か生放送だった”MASTER JAPANマスター・ジャパン”の放送翌日、学校の風景


 「そうそう、大富豪だか実業家だか知らんが、世の中なんでも金で思い通りになると思うなよ」


 ――俺は今まさに学校中で話題の中心人物であった


 「そうよねぇ、あの番組いつもと内容が違ったじゃない?アレってやっぱり”あくくず”がお金に物言わせてあの女子を手に入れようと仕組んだらしいわよ」


 「うわぁぁ!現在の悪代官じゃん?なんだそれ、それでもあんなこっ酷くフラれてやがんのか?すげえダサいな」


 「…………」


 ――誰が悪代官だ!


 海外の市場で活躍し、ビジネス優先で外資系と協調する阿久津あくつ 正道まさみちは、閉鎖的な日本政財界から見ると外敵感満載で、そのせいか悪評がわりと世間一般の人々にも広がっている。


 日本人なのに外資の手先、悪の手先。


 そこから俺の名、阿久津あくつ 正道まさみちもじって”あくくず”みたいな感じでだ。


 ――そこに来て、昨日の”MASTER JAPANマスター・ジャパン”の放送内容だ


 どう見ても無理矢理に出演させられた美少女、つまりくだんの”S.K”さんが誰の目にも良いとこ育ちのお嬢様であると、想像出来ることからはじき出されし噂話……


 ――“外資の手先、ハゲタカ野郎が、経済力に物言わせ汚い条件で日本企業の社長令嬢を無理矢理に我が物にしようとした”


 みたいな?


 なんとも想像力豊かな与太話ゴシップである。


 あるが……


 ――もしかしたら、偶然だけど、半分は確信を突いてるかもなぁ?


 「彼女の素性はBossボスの予測された通りでした、現在調査できた所までの内容ですが、そちらの端末に送信なさいますか?」


 俺は飛び交う噂話わるぐちの中、片耳にBluetoothイヤフォンを装着して、教室の机に突っ伏していた。


 覗き込んだスマホに映るのは二言、三言多い美人秘書、錦嗣かねつぐ 直子なおこ


 「畏まりました、では詳細な調査は引き続き……」


 無言で頷いた俺を画面越しにだろう確認したスマホの中の眼鏡美人秘書は、スッと綺麗に頭を下げると通信を切った。


 ――それにしても、流石はスーパーレディ、仕事が早いなぁ


 「…………」


 俺は部下の手並みに感心しながら、送られて来たファイルを開き、そしてその内容に目を通す。


 ――


 「……でね、やっぱりお金があれば何でも手に入ると思っているのよ、最低!」


 「ちょっとカッコイイと思ってたけど、幻滅だねぇ」


 周りでは飽きもせず、未だに俺が一方的に悪者となった噂話が飛び交って…………


 ――って!?カッコイイ?


 ――マジですか?名も知らぬ女生徒よっ!!


 「そういやさぁ、あの、メチャ可愛かったよなぁ!」


 「そうそうっ!あんな超綺麗女子に身の程知らずだっての!あくくずがっ!」


 ――あと、噂話は本人に聞こえないようにしろよ、名も知らぬ男子生徒達!


 超富裕層セレブで爽やかイケメンな阿久津あくつ 正道まさみち様が、衆生の話題の中心なのは至極日常いつも通りとして珍しくもない。


 まぁ、内容の殆どはわれの無い誹謗中傷だが、それでもせいこくをそれほど外してないかも?なところが……微妙に面白い。


 ガララ!


 そうこうしている間に教室のドアが開き、そして教師が入ってくる。


 ――ザワッ!


 噂話に花を咲かせていた有象無象が、その時一気に息を呑むのがわかった!


 「あ……あ……」


 「…………う、うそ?」


 本当に教室の面々は絵に描いたような間抜けづらで固まっていたのだ。


 一方、俺は……


 「…………」


 突っ伏していた姿勢を戻し、スッと視線を教壇へと向けて思わず自虐的に口端を弛める。


 ――ほぅ……そうきた……か


 そして俺の予測通り……


 とは決して言えないが、俺の予測の範疇を出ない展開に苦笑しながら、手元のスマートフォンで開いていたファイルをそっと閉じる。


 「あー、誠に突然ではあるが……転入生の紹介を……」


 ベテランの中年教師は恐らく上の指示通り、事務的に職務を全うしようとしているのだろうが、ジワリと額に浮かんだ脂汗と若干震える渇いた声が”その転入生”とやらの異例さを際立たせていた。


 高校二年のこの時期に……


 しかも”彼女”の制服は、枸橘からたち女学院という超名門校の制服で……


 その少女の隣には、何故か部外者だろう背の高いスラリとした大人の女性。


 態度から察するに彼女の”付き人”だろうか?


 なんにしても只者で無く、ただ事で無い事態であるのは一目見ただけで明白だ。


 「華遙かよう 沙穂利さほりです。皆さん、それと……阿久津あくつ 正道まさみち様、どうかよろしくお願い致します」


 スッと、軸を乱さぬ本当に綺麗な会釈を振る舞って、ゆるふわに巻いた輝く黒髪の美少女は”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の双瞳ひとみを”一瞬だけ”細めた。


 「おい、あれって……」


 「おおーー!」


 「うわぁぁ!テレビで観るよりもさらに可愛いっ!!」


 「綺麗ぃぃっ!」


 そして教室内は俺へ向けられていた悪意さえどこへやら……


 突然の美少女降臨に大いに盛り上がって一限目どころではなくなったのであった。


 第三話「悪屑あくくず」前編 END

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