第1話「帰ってきた男」後編

 第一話「帰ってきた男」後編


 ――10YearsAfter


 ――そう、あれから十年……


 ――俺は……


 ――長かった


 結局、その後、俺の家は……


 生まれ付いての名家達、上流階級共に嵌められ、寄ってたかっていいように身ぐるみを剥がされて借金地獄へまっしぐら!


 もちろん俺自身も、この十年は苦労に苦労を重ねて生きてきた。



 ブロロロロロォォーーーー


 高級ホテルの特等室スウィートかと見紛みまがうリムジンの後部座席で俺はグッと両拳を握りしめ、そして……


 「返り咲いたっ!おうともさ!俺は昔以上の地位と金を手に入れ、そして再び帰ってきたのだっ!!十倍!いや百倍の権力を手に俺は返り咲いたのだぁぁぁぁっ!!くぅぅぅぅっ、人間苦労はするもんだよなぁぁっ!!」


 手持ち無沙汰な車中にて、かつての恥辱の数々を回想していた俺は思わず感極まって叫んだのだ。


 シュバッ!


 「おっ!おおっっ!?」


 そして直ぐ隣から、尋常ならざる殺気を感じて咄嗟に脇腹を右肘で防御ブロックする!


 ガガッ!


 肉……というよりは骨の衝突する感覚と鈍い音が響き、そして俺は……


 「車内ではお静かに、Bossボス


 「す、すみません」


 隣から鋭い視線で突き刺してくる、とても眼鏡が似合う知的な美女に謝っていた。


 「まったく、ただでさえ目の回る忙しさですのに、帰国早々に故郷の高校へ編入されるとか、今夜のような茶番のTVショーに出演されるとか……戯れ事も大概にして下さい」


 リムジンに同乗するこの美女は……


 ――錦嗣かねつぐ 直子なおこ。27歳、独身


 弁護士、司法書士、国際医師免許、果ては軽飛行機セスナ操縦士パイロットなどなど、数多くの才能を凝縮したスーパーレディで、現在いまや幾つもの企業を束ねる偉大な青年実業家と成った俺の忠実な秘書である。


 「いや、しかし直子なおこさんや、いきなり至近からの肘打ちは雇用主に対してどうかと……」


 「そうですね、古流空手皆伝である私の必殺”猿臂エンピ”を、こんな至近で防がれるとは流石はBossボスです」


 ――”必殺”……必殺って?……殺すつもりだったの?


 「いや、そう言う事じゃなく……」


 「細かい事は扨置さておき、BossボスはどうしてこのようなくだらないTVショーに参加を?」


 ――”俺の生死”は細かい事かよ!


 と、まぁ色々と不満は募るが……


 我が忠実なる?秘書、錦嗣かねつぐ 直子なおこの俺への態度は至っていつも通りなので、そこは聞き流して彼女の問いに答えることにする。


 「ふふ、そうか!聞きたいか?そうだよなぁ?大・大・大成功者たる俺の!俺様の!日本での壮大な野望を聞きたいよなぁっ?」


 「……」


 遂にその質問が来たかと、思わず力が入る俺に趣味センスの良い眼鏡の向こう側から冷めた瞳を向ける美人秘書。


 ――くっ!負けるか!!


 「だぁが、それならば子猫ちゃん、”どうぞ教えて下さいニャン”とベリーキュートな表情でポーズはこう……」


 「色々な業種せかいで成功を収められたBossボスの、女性には全く!イチミリも!微塵すら縁の無いミジンコで無価値な人生を、せめて成り上がったセレブリティ的な権力と有り余る札束を振り翳すことで群がって来る財産目当ての底の浅い女性達の中からBossボスとお付き合いするような正気を失った奇特女を相手に交際を試みようと、ご英断されたのですね?」


 俺は両手を神に祈る敬虔な信者の如くに胸の前で組む、つまり、彼女の胸ならこのポーズでギュッと、意外と豊満ボリューミーな逸品が見応え十分になるはずだった恰好のまま……固まっていた。


 「…………………………………………泣いていいですか」


 ――我が秘書ながら……俺はここまで他人を悪し様に言える人物を知らない


 「ご随意に……あ、にゃん?」


 ――くっ!この眼鏡美女め!トコトン俺を虚仮こけにっ!


 と、憤りながらも、俺は美人秘書から渡された良い香りの付いたハンカチでちょっとばかりドキドキしながら目尻を拭う。


 ――ふっ、男って悲しいな……


 そして、これも誠に不本意ながらだが……


 彼女の言っていることは完全に的外れと言う訳では無かった。


 ――その番組名も”MASTER JAPANマスター・ジャパン”!!


 元はアメリカの人気番組で、独りのセレブな男性(この場合は日本的な意味で超富裕層でイケメンという意味だ!そう、まさしく俺の様な人物だろう)を巡って応募してきた何人もの女性が奪い合うという、リアル恋愛サバイバルドキュメント番組だ。


 着飾った女性達とパーティーを開いたり、海外へバカンスへ行ったりと、色々なイベントを経て愛を深めて行く構成だが、その都度にセレブ男性、つまり”MASTER”により選別があり、毎回人数より少ない薔薇が用意され、それを渡されなかった女性がひとり、またひとりと去って行く。


 もちろん、女性側も薔薇の受け取りを断ることができるが、俺の記憶では先ずそっちは観たことがない。


 確かに参加した目的とか番組の構成上から考えてもよっぽど男が期待外れのゴミ屑で無い限りは有り得ない事だろう。


 てなわけで……


 帰国したばかりの俺に、その日本版である”MASTER JAPANマスター・ジャパン”の高校生編に参加して頂けないですか?と番組側から打診があったのが数週間前だ。


 ――まぁな、俺ほどの成功者で尚且つイケメンなら当然だろう


 で、世界経済の一角を担うほど優秀で最高の俺はそういう俗世界のくだらない娯楽番組などにはあまり乗り気ではなかった……が!!


 これも”全てを持つ者セレブリティ”としての社会貢献ボランティアだと、わざわざ帰国後の超多忙なスケジュールをやりくりして参加してやることにした。



 「もうすぐ会場ですね」


 「ああ、そうだな」


 ブロロォォーー


 「…………」


 「…………」


 ブロロォォーー


 「もしかして緊張されているんですか?大丈夫ですよ、Bossボスは中身の残念さは兎も角、お顔だけならそこそこ一流ですから、後は有り余る札束で女性受けはなんとか人並み程度には需要有りますよ」


 「…………そ、そうだな……直子なおこさんもスケジュール管理ご苦労様」


 ――彼女はいつも一言……いや、二言、三言も多いが……


 ――今宵の俺は機嫌が超良い!ここは大目に見てやろ……


 「直子なおこさぁぁんっ!お、俺に彼女ができるチャンスはこれが最後かも知れないよぉぉっ!!お願いします!スケジュールをっ!なんとしてもスケジュールを空けて下さいっ!後生ですぅぅっ!!……なんて全泣きで私のヒールを舐めながら泣きつかれたら、流石に私でも惨めで断れませんでしたよ」


 「く、このあまぁっ!!話に尾ひれはひれデコってんじゃねぇっ!!」


 流石に俺はブチ切れた。


 いくら特別な夜で超ご機嫌であっても!

 雇用主たる立場の俺が、これ以上秘書如きに舐められる訳にはいかないからだっ!!


 「失礼、半泣きでしたか?」


 「うっ……全泣きです」


 「では、私のヒールは舐めてないと?」


 「そ、そんな役得どこにある……あっ!?」


 ――し、しまった!罠か!?


 気づいて時は既に遅し、俺の隣で美人秘書は……


 「うわぁぁ…………」


 てな感じで、白い視線を受けて俺は黙るしかなかった。


 「…………」


 ブロロロロロォォーーーー


 ――大丈夫だ……


 ファイト!俺!


 たとえ美人秘書にどれだけ蔑んだゴミを見るような目で見下されようとも……


 ――今夜だけは大丈夫なんだ!


 ――なぜなら今夜、俺は色とりどりの美女達に囲まれ、人生の転機を迎えるのだ!!


 ブロロロロロォォーーーー


 そんな妄想過多気味な男の夢と欲望を乗せ、超高級なリムジンはその場所へと――


 ――約束の地、”桃源郷エデン”へ!!


 ――

 ―


 「これは……」


 車から降りた俺は、テレビ局側に用意された豪華な屋敷の一階大広間ホールで立ち尽くしていた。


 「えと?……ええと?」


 そしてキョロキョロと周りを見回す!!


 何人もが座れる高級な長椅子ソファーに、緑の芝生に流れる小川という行き届いた庭へと繋がるガーデンテラス、色取り取りのカクテルが置かれたパーティーテーブル……


 宴の準備は万端である……


 が!?


 「チョットォォォォーーーー!女の子ひとりもいないんですけどぉぉぉぉっ!?」


 ――阿久津あくつ 正道まさみち、十七歳と一ヶ月


 それが久方ぶりに故郷へと帰国した男の波乱に満ちたいばらの……


 いや、”薔薇ばらの坂道”を否応なく転がり落ちて行く人生の始まりだった。


 第一話「帰ってきた男」後編END

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