第7話 夢のようなランチタイム

「じゃあ、行こうか、どこが早く仕上がる?」


 サンダーは、待ち合わせしていた美女に、私のメガネのレンズの件を話している。

 2人はデートが有るのだから、私はここで置き去りにされても仕方無いようなシチュエーションなのにサンダーは、その前に、私への責任を果たそうとしてくれている。


「3丁目の東洋メガネ店」


 尋ねられる事を予期していたかのようにスラスラと答えられるなんて、眼科の助手さんの1人なのかな?

 サンダーが頻繁に眼科へ通うから、受付女性達とも助手さん達とも仲良しっぽい?

 そりゃあ、サンダーほどのルックスだから、どんな女性からも好かれて当然だけど......

 教室では、あんな風に恋愛事に無関心そうな気配を漂わせているのに、全然そんな事無くて、仲良しの恋人がいたなんて、ホントは知りたくなかった......

 知るとしても、もう少し、夢みたいな心地を楽しんだ後くらいが良かったのに......


「松沢さん、コンタクトは興味無いの?キレイな目しているのに」


 いきなり、私の苗字を呼ばれたかと思ったら、サンダーと同じような事を言って来て、ビックリした!

 私、この女性と全く面識無いのに、どうして急にそんな事を......?


 あれっ、もしかして......

この人は、サンダーのお姉さんの時恵さん......?

 サンダーの年上の恋人ではなかったの......?


「あの......お姉さんだったんですか?」


「えっ、今さら?」


 時恵さんはもちろん、サンダーまで大爆笑している。


 だって......さっきと違って、髪の毛をオバサン結びしてないし、メガネも外して、別人みたいだったから。

 さっきまで、男を寄せ付けないオーラさえ漂う地味な感じだったのに、仕事を離れた途端、こんなにキレイな女性に変身するなんて!


 さすがは、サンダーのお姉さんなだけある!

 こんな美形姉弟なんて、現実的には、そうそういなさそう!

 きっと、両親もかなり美形に違いないよね。


「笑ってごめんなさい。松沢さん、まさか、私って、気付いてなかったなんて」


 笑いながら、謝って来た時恵さん。

 きっと、私がすごい勘違いしていた事もお見通しなんだよね、恥ずかしい......

 時恵さん、笑い上戸なところも、サンダーと似ている。


「いいんです。すごく違うイメージで、驚きました!お仕事中と、どうしてこんなに感じが違うんですか?」


「仕事中は、地味にしてないと仕事にならない時が有って......」


 説明するのを躊躇うような時恵さん。


「仕事にならない......?わざと地味目にしているんですか?......あっ、キレイだから、つい患者さんが男の人だったら、見惚れちゃいますよね」


 女の私だって、つい見入ってしまうもの。

 男の人達が、こんなキレイな人を目の前にしたら、尚更だよね。


「ずっと前の事だけど、勝手にその気になるストーカーばりな患者さんもいたから。あの地味な診察時の姿は、身の安全と仕事の効率アップに欠かせないのよ」


 私はもちろん未経験だから分からないけど、モテ過ぎる女性にも、悩みは付きものみたい。

 モテないっていうのも、メリットが有るのだって、初めて知った!

 

「今日は、悪かったな、姉貴。もしかして、この後、井出さんとデートだった?」


 井出さん......?

 時恵さんの恋人?

 これだけの美人なんだから、やっぱり恋人くらいいるよね。


「そうよ~、久しぶりの午後休診日で、映画と食事の予定だったんだから!2人には埋め合わせで、ランチに付き合ってもらうね!」


 有無を言わさない雰囲気の時恵さん。

 東洋メガネの店員に処方箋を渡して、片目レンズの無いメガネを預けようとすると、時恵さんに引き留められた。


「松沢さん、せっかくキレイな目なんだから、その知的な感じのメガネも良いけど、もっと自分を生かせるフレーム選ばない?」


 時恵が勧めてくれたフレームを試してみた。

 選んでくれたのは、柔らかいイメージと色合いで、何だか自分じゃないみたい。

 心なしか、可愛い感じに見えない事も無いかも......

 なんて、自惚れかな......?


「その方が似合うね、松沢さん」


 時恵さんにお勧めされて、自分も気に入っているし、その上、サンダーにまで似合うなんて言われたら、もう後に引けない!

 絶対、このメガネにしたい!

 その気持ちは強いんだけど.....


「でも、私、持ち合わせが無くて......」


「松沢さんは心配しなくていいの!來志らいしが壊したんだから、弁償するわよ」


 気前良く笑って言った時恵さん。

 

「出世返しするから、よろしく、姉貴」


「その言葉、忘れないでおいてね!これで、來志らいしも将来に向けてヤル気を出してくれて、万々歳だわ!」


 私に気を遣わせないように、頼もしそうにサンダーの背中をバシッと叩いた時恵さん。


 店内にあまりお客さんはいなかったけど、注文が立て込んでいて、メガネの仕上がりまで1時間半かかるのだそう。


「まあ、近くにお気に入りの喫茶店も有るし、1時間半なんてアッと言う間よ」


 時恵さんの行きつけの喫茶店に入り、遅めのランチをする事になった。

 そのまま一緒にランチまで食べられるなんて!

 お腹も空いているのも満たされるし、サンダーと一緒なんて、心まで満たされる!

 こんな嬉し過ぎる事が連続的に起こっていて、私、本当に一生分の幸運を使い果たしてしまわないか、不安になりそう!

 

「ここのお勧めは、ビーフストロガノフよ」


「松沢さん、無理して、姉貴に従わなくていいから」


 自信たっぷりに勧めて来る時恵さんを邪険に扱うサンダー。

 この2人、ホント姉弟仲良さそうで、見ていて、微笑ましい。

 私と月菜だったら、私が姉なのに、なんか一方的に見下される事が多いのに......


「私、ビーフストロガノフに興味有るから、それにします」


 時恵さんの顔を立てるのも有って、即答した。


「松沢さんって、素直でイイ子ね~、來志らいしとは大違い!」


「気を遣って姉貴に従わなくても、どのみち払ってくれるから大丈夫だよ」


「私、全然、お姉さんに気を遣ってとか、点数稼ぎとかじゃないですからっ!他のお店では、あまりメニュにビーフストロガノフを見かける事が無くて、ホントに私、食べたかったんです!」

 

 つい言い訳がましく力説してしまうと、2人とも一瞬キョトンとした後、笑い出した。


「それなら、良かった!」


「私と食べ物の好みが合いそうね、松沢さんって」


 人懐っこい笑顔の時恵さんといると、サンダーも学校とは別人みたいに気さくな感じ。

 学校で見かける無機質なサンダーと、今の話しやすい雰囲気のサンダー、どちらが本当のサンダーなのかな?

 結局、どっちのサンダーでも、私は好きなんだけど...... 

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