第一章 私が愛を知らないのは、、、

第1話 愛を知らない私。

 私の両親は私が物心つく前に


 交通事故だったらしい。すごい音がして、赤い液体があたり一面に広がっていたことは今でもよく覚えている。両親がいなくなったことに、理解が追い付いていなかったのか、悲しくも寂しくもなかった。

 泣いていいんだよ。

たくさんの大人にそう言われたけれど、別に我慢しているわけでも自分を押し殺しているわけでもなく、ただ純粋に涙も負の感情も出てこなかったんだ。

 事故からしばらくして行われた両親の葬式にはたくさんの人が来ていた気がする。正直言ってよく覚えていない。ただ、私の前を通る人は、ハンカチを手に鼻を啜りながらこちらをチラチラと見ていたことだけはよく覚えている。

 当時はよくわからなかったその視線の意味も今では分かってしまう。

"あわれみ"の視線だ。かわいそうな子。そう言われているかのような同情の視線。それは、私を引き取ってくれた叔母夫婦も同じだった。私を引き取って育ててくれた叔母夫婦に感謝はしている。でも、私にはわかる。叔母たちは私が大事だから育ててくれたんじゃない、私がかわいそうだから育ててくれたんだ。


 両親が死んでからの私の存在は、その同情という感情のおかげで確立しているんだ。同情されたくないと言ったところで、私は所詮ただの子供だ。力もなければ金もない。保護される対象である、子供。つまり、周りの人が飽きたら私なんか捨てられてもおかしくない。まあ、実際は体裁を気にして捨てるなんてことしないと思うが、少なくとも今のように「恵まれた子供」には育ててくれないだろう。私はいつまでも、両親を幼いころに亡くしたかわいそうな女の子でいなければならない。

 幸い私は、ほかの人より頭が良かったらしく、大人の顔色を窺えばどんなふうにすればいいかが自ずと分かった。外ではひたすらニコニコして、聞き分けのいい、一度も泣かない女の子。子供らしくない、辛いことを乗り越えるしかなくて大人にならざるを得なかったまだ本当は幼い子。案の定、叔母も叔母の旦那も学校の先生も友達の親も、で私を見ていた。


 でも、小学生になって、そろそろ疲れてきた。まあ、最悪施設に入れられても生きていけるし、「恵まれた子供」はもう十分堪能した。私は、かわいそうな私でいることをやめた。大人の顔色も窺うことなんてなくなったし、外で笑顔の仮面を引っ付けてることもやめた。自分が正しいと思わないことには黙って関わらないことが一番だった。そうなった私を見て、大人たちは「生きた屍」だとか「無表情で怖い」だとか言うようになった。生きた屍、、はちょっと酷い気がするけど、ニコニコする必要がなくなったし、もともと人見知りということもあって、私は友達作りなどする気がなった。友達がいなければ勿論のこと、面白いことも話すことも特にないので必然的に無表情のことが増えた。無表情は怖いらしく、私は「孤立してる子」になった。


 予想外なことに孤立している子は、かわいそうな子に含まれるらしい。私が無表情になってから、を送られることが多くなった。私はどうやら、両親の死を受け入れられずに、悲しみやらの負の感情をずっと我慢していた結果、感情を失ってしまったかわいそうな少女になったようだ。別に感情を忘れたわけではない、と思う。小学生になってからは笑っていなかったので笑い方すら忘れかけているところはあるが、人より表情筋が動きづらいだけで感情がないわけではない。実際、人付き合い自体をめんどくさいと思って避けているわけだし。


 ただちょっと、普通の小学生に比べてどこか冷めてる女の子。両親が亡くなっていなければ、私はただの変わった子になっていただろう。でも、両親が亡くなったという一般的には悲しくてつらい出来事のおかげで、大人はいいように子供の、私の心の中を想像している。そんなことをして楽しいのか。私には到底わからないし、わかる気もしない。今年も少しだけ変化したクラスの面々と担任からたっぷりと同情のまなざしを受け取った私は、小さく細い息を吐いて視線を窓の外に向けた。


「あの」

 担任の話など何も聞いていなかった私の意識を、こちらに戻すかのように前の席の女子生徒が遠慮がちに私に声をかける。その少女は自分の顔に私の目線が戻ったことを確認すると、そそくさとプリントを回し背を向けた。あからさまに同情の目線を置いていったな。あ、つまっていた息を吐いている。私に一声かけるだけでそんなに緊張するのだろうか。そんなことを考えながら、腕だけを動かし、振りむくこともせずにプリントを回した。



「感情を無くしたかわいそうな少女」は今日も、自分には重すぎるまなという名をプリントの氏名欄に書きなぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る