少年魔王は少女勇者と相いれない
第616特別情報大隊
魔王転生
……………………
──魔王転生
魔王“クリフォト”は自分のいる王座の間に並ぶ勇者たちを見渡した。
「また、か」
クリフォトはそう呟く。
「同じことの繰り返し。いつまで経っても、何度輪廻を重ねても同じことの繰り返し」
自分を殺しに来た勇者たちにクリフォトは興味もなさそうにそういう。
「魔王! 覚悟してもらおう!」
「何をだ? 私が死ぬことについてか? 本当に何も聞かされていないのだな。どうして勇者が魔王を討ち取る定めにあるのか」
「貴様は暴虐の限りを尽くし……」
「暴虐とはなんだ。言ってみろ」
勇者のひとりがたじろぐ。
「む、村や街を襲っただろう!」
「先に仕掛けてきたのはそちらの神聖騎士団とやらだ。我々はそれに応戦したのみ。それともお前たちは自分たちの領土が攻撃されても、敵の領地を攻撃するなというのか。お前たちは現にこうして、私の領土に入り込み、何人もの部下を殺したというのに」
「そ、それは……」
勇者のひとりが口ごもる。
「教えてやろう、無知な勇者よ。どうして勇者が魔王と戦うのか。その手の甲の刻印は何を意味するのかを」
クリフォトが語り始める。
「その刻印は勇者の刻印。それを持つものが魔王を倒せば、己の願いを何だろうと叶えることができる。世界に王になりたいとでも、永遠の生命を手に入れたいとても、なんだろうと願いを叶えられる」
「そんな話は全然……」
「そうだろう。勇者の刻印は奪うことができる。もし、そのまま願いを願わずに国に帰っていれば救国の英雄としてではなく、願いを叶えるために道具として果てていただろう。他の者はそれを知っていたようだが──」
クリフォトが鋭い視線で前方の勇者たちを見渡す。
誰もが怒りを隠そうとしていない。魔王への敵意を剥きだしにしている。秘密が暴露されたことへの怒りか、あるいは純粋に魔王を憎んでいるのか。
「あんな言葉、信じるな! 俺たちは正義のために戦ってきた。そうだろう?」
「あ、ああ。そうだな」
勇者のひとりが告げ、クリフォトと会話していた勇者が剣を構える。
「覚悟だ、魔王」
「抵抗はしない。やれ」
クリフォトの胸に刃が突き刺さり、それから彼は砂のように飛散して消えた。
「やったぞ! これで魔王は討伐できたんだ!」
「そうだな。ここまでの道中、ありがとよ」
次の瞬間、勇者の脇腹に激痛が走った。ナイフが刺さっている。
「な、なんで……?」
勇者を刺したのは同じ勇者の仲間だった。
「あの魔王の説明には付け加えるべき項目がある。勇者として願いを果たせるのはひとりだけ、という条件がな。あんたは最後まで勇者と魔王の関係について無知なままにいてくれたら、助かったんだがな」
そして、魔法の詠唱が始まる。
「殺せ! 願いを叶えるのは俺だ!」
「私だ! 私の願いこそ崇高なもの! 下賤なものよ、死ね!」
勇者同士の戦いが始まるのを、刺された勇者は意識を失いながら見つめていた。
……………………
……………………
激痛がするというのがクリフォトの感じたことだった。
全身の骨を折られたような感触。それはクリフォト自身の自動治癒魔法で収まりつつある。だが、頭が重い。脳が揺さぶられたかのようだ。
「転生に成功した、のか……?」
クリフォトは周囲を見渡し、そこが路地裏であることを把握した。
城砦のように強固に見える建物がそびえたち、その間の狭い隙間にクリフォトはいた。そして、自身の体を見れば、それは人間のものであり、なにやら人間の貴族が纏うような衣類に身を包んでいることが分かった。
そして、その衣服には血痕がある。
クリフォトはそれを確認してから自分の手の甲を見る。
複雑な幾何学模様。魔王の刻印だ。
「ようやく成功したと思っていいのだろうか……」
神々の意志から外れた転生を果たしたのはこれが初めてのことだった。
これまでは永遠に魔王という役割を果たすように、人々から憎まれる存在へと転生を続けてきた。勇者たちが立ち上がり、魔王を討ち取ろうとする存在になるように、転生は操られてきた。
だが、ここで初めてクリフォトは自らの意志で転生を果たした。
もうくだらない茶番に付き合うのにはうんざりだった。
勇者が魔王を倒し、勇者たちが殺し合う。
ただ、己の願いを叶えるためだけに。
だから、クリフォトは自らの意志で転生先を選択した。
勇者が生まれるはずもない世界。勇者と魔王のことを知るはずもない世界。
魔法のない世界。
その世界に転生できるよう、彼は特別な術式を組んで死ぬ間際にそれを発動させた。
「この体の持ち主は……死んでいたか」
転生する際に通常ならば魔王の転生する存在にはあらかじめその印がついている。それが魔王の刻印。生まれ持ってしてそれを持つ赤子は、魔王の器となることが定められている。その時点では殺されぬように、魔王の刻印は必ずと言っていいほど異端の存在に植え付けられていた。
黒魔法師。魔族。あるいは悪魔との混血。
だが、今回はただの人間だ。そのはずだ。
まだ記憶がはっきりとしないが、いずれはこの体の持ち主の本来の記憶もある程度蘇るはずだ。今分かってるのは──。
「そして、何者かによって殺されていた」
この体の持ち主は殺されていたということ。
殺されたのであれば今も危機に瀕しているのかもしれない。せっかく魔法のない世界に来たというのに、また殺されるなんてことはごめんだ。何としても生き残らなければと、クリフォトは立ち上がる。
「
言語をまずは記憶から呼び覚まし、この体の持ち主の名前を把握する。
「まずはこの体の本来の持ち主を殺した人間を確かめなければ」
クリフォトは体が完全に治癒しきったところで、路地裏から出る。
「ああ?」
「おい。あいつ、生きてるぞ」
思いのほか、簡単に体の持ち主を殺した人間は見つかった。
路地裏の出口に屯していた集団。スキンヘッドの男たちで、揃いの黒いジャケットを纏っている。ピアスをクリフォトが知っている呪術師のように大量に付けた人間もいる。この人間たちはいわゆる半グレ集団というものなのだが、クリフォトがそれを知るはずもなく、ただの雰囲気の悪い人間とだけ見えた。
「殺し損ねてたら報酬貰えねえだろ」
「次はちゃんと殺しといてやるよ」
男たちがクリフォトに向かってくる。
「止まれ」
クリフォトがそう唱えると男たちがぴたりと止まった。
「報酬、と言ったが誰かの依頼で殺したのか?」
「……はい……」
「それは誰だ?」
「……分かりません……。……上からの命令でした……」
「今日のことは全て忘れろ。この臥龍岡凛之助に関わる全ての情報も忘れろ。そして、家に帰れ。いいな?」
「……はい……。……分かりました……」
男たちはまるで魂が抜けたかのような弛緩した表情で頷くと去っていった。
「楽な生活、とはいかなそうだな」
クリフォトはそう呟いた。
……………………
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