盾のおっさんとツンデレ花嫁

エイル

盾のおっさんとツンデレ花嫁

 剣と魔法で魔物を倒し、村を守りながら畑を耕す文明レベルの異世界があった。


 ナセル王国辺境に位置する人口百人ほどの村に46歳の男がいた。

 

 嫁はなく、稼ぎは酒に注ぎ込むから太りお腹はボコッと出た酒太りだ。仕事は狩人だが素早さのステータスが低く、武器の扱いはスキルが取得出来ないため扱えない。一緒にいても役に立たないから、村人が一緒に行くこともないボッチである。

 

 百人足らずの村であるから、その男のことは全員知っている。村人達は彼を口々に呑んだくれエースと蔑んだ。

 

 村のエースなって欲しいと親に付けられた、エースの名前負けした男は今日も酒のために村を出る準備をする。

 

 村の地域は雨が少なく作物はあまり育たない。そのため村の主な収入は、魔物の狩りで得た素材と鉱物資源で、食べ物は行商から足りない分を買う必要がある。

 

 村の良い狩場である鉱山近く、はエースを蔑む村の狩人に追い払われるからエースは獲物が狩りにくくとも、危険な荒野で仕事をしている。

 

 村の狩り場は岩山なので隠れやすく罠も設置しやすいし魔物に囲まれ難く逃げやすいが、荒野では囲まれたら、速く走って逃げるしかない。

 

 最低限の仕事の身支度と言っても、素材運搬用の荷物袋と仕事道具の盾を持っているだけである。

 

 そして最も大切な酒の買い出しに村の酒屋にエースはやって来た。

 

「安い酒をこれで買えるだけ売ってくれ」

 

 店主はガタイのいい男で、酒場と酒屋を合わせたような店を切り盛りしている。

 

「酒臭いぞ、朝から呑んでまだ呑むのか、さすが呑んだくれエース」

 

 村人の顔くらい覚えているのだから、接客なんて村人にはしないのだ。

 

「俺の稼いだ金なんだからいいだろ」

 

「安酒ばかりで儲けがない悪い客だ、呑んだくれエースさんよ、ほらいつもの濁り酒だ」

 

「客なんだから愛想笑いくらいしろよ」

 

「もっと上等な酒を買えばしてやる」

 

 濁り酒は発酵させただけの手間暇を極限まで減らした、アルコール入ってる呑める物程度の不味い酒である。

 

 そしてもちろんビンなんて上等な物に入っておらず、魔物の皮革製の水筒に入っている酒を、一つだけ残してエースは荷物袋にしまう。

 

「じゃあな、また仕事が終わったら買いにくる」

 

「道中で呑んだくれて死ぬなよ呑んだくれエース」

 

「呑みきるまで死なねーよ、じゃあな」

 

 呑んだくれエースがまともに会話するのは、この店主だけである。何だかんだと憎まれ口を叩くがエースのためだけに、ぼろ酒の材料を注文して行商から仕入れる男気ある人である。

 

 盾を売っている雑貨屋とも取引はするが完全に定型文でゲームのごとく完全にリピートである。売り上げ1位がエースなので声を出してくれるのだ。

 

 荷物袋にパンパンの酒を持って村の出口に歩いて行くと男の子と母親とすれ違う。

 

「呑んだくれエースに、近寄るんじゃありません」

 

「はーい」

 

「あんな独り身で呑んだくれの中年男になるじゃありませんよ」

 

「はーい」

 

 そんな声を聞きながらエースは無視して歩いて行く。

 

 反応すれば罵倒されるのだから、無視にかぎるのだ。万が一にでも無視されたら心が折れそうなんてことは、無いったら無い。

 

「呑まなきゃ、やっとられん」

 

 そうぼやいて早足で村を出たのだ。

 

 砂漠というほどではないが植物はまばらで死の大地の一歩手前というところだ。

 

 雨季はなく、降るときはこまめに降るが、砂漠化するほど雨がないときもある。

 

 最近は雨がなく、乾燥が進んで魔物達も飢えているから凶暴化しているだろう。

 

 この近くで最強の魔物はオーガで皮膚は固く、鈍器な粗末な棍棒などを使い、仲間と連携して襲ってくる危険な魔物だ。

 

  荒野のオーガの縄張り近くがエースの仕事場でオーガを避けて獲物を狩るために、向かっている。

 

 歩いて行く丸四日ほどかかるのだが道中の食糧はエース唯一無二のスキルである、盾技のシールドバッシュで倒した魔物を解体して食べ、酒を呑んで進んで行く。

 

 村を出るときのことで少しやけ酒で呑みすぎた。素材は売って酒代にするために呑んで食って空いた分だけ入れる。

 

「魔物も痩せてるな餓死も間近か?」

 

 目の前に現れた魔物だけを体重をいかして盾で押し潰しながら歩き、日がくれて夜も歩き続ける。

 

 無理して歩くのは酔い醒ましと、村人からの嫌がらせ対策でもある。余裕の少ない村で嫌われれば村八分どころか人間扱いもされにくいものなのだ。

 

 寝ていて荷物を盗られても味方はいないし、見張り番もいない。魔物が近づいてるのに寝ていれば死ねる。なら警戒しつつ早く移動する方がいいし早く帰る方がいい。

 

 家の物も村の扱い的に盗まれても助けて貰えないだろう。最も金目の物どころか服すら置いていないのだから、盗みようがない。服を買う稼ぎが有れば酒を買うエースであるから、盗み対策では無いかもしれないが。それでも家は心配なのである。

 

 考えてるようで酒の事ばかりな、呑んだくれのエースである。

 

「重いな、呑んで軽くするか」

 

 エースは荷物から酒入りの皮革を取り出し、夜空をツマミに呑みながら翌朝まで歩き続けた。

 

「グガー!」

 

 明け方オーガの雄叫びが聞こえてくる。

 

「オーガ共、腹が減ってこっちに来たのか?」

 

 エースは盾を確認するとオーガに向けて歩き出す。

 

 オーガは一体でBランク、一般人なら数十人分の強さで、ソロで勝てる者なら戦闘のプロレベルである。冒険者でも才能の壁によるステータ不足で、上がれない者が多いかなりの強者のランクだ。

 

「グガー!!」

 

 粗末な防具にきらびやかな武器を持った、アンバランスな男女2名がオーガ三体と戦っている。

 

「ん?あれはマリーにケインか?あいつら冒険者になりたい18と20の若者だったか?いや、いくら若くてもオーガに2人で挑むほどバカじゃないだろ。こんなとこにいるはずがない呑みすぎたか。これは迎え酒しないとな」

 

 呑みすぎの幻覚などではなく、ケインが前衛の両手剣で斬りかかり、マリーが魔法で攻撃する後衛で、連携は悪くない。

 

 ケインは村で一番の若手イケメンで強くてモテて、コミュ力も高いエースとは正反対の男だ。

 

 マリーは気が強くて魔法が得意なロングヘアーの可愛い女の子で、エースは会話なんて当然したことがない。たぶん会話したら独り身の男達が・・・いやあいつらは恋人同士だが・・・考えるのやめよう。

 

 ケインの剣の威力ではオーガの皮膚が固く、全くダメージを与えていないし、マリーの魔法も火力不足で皮膚を突破出来ないため勝ち目は全くない。

 

「やっぱり呑んでもいるな。あいつら恋人だったはずだが、はぁ若いリア充は羨ましい。俺も女とイチャイチャしたいぜ」

 

 エースはオーガに気がつかれてもぶつぶつとリア充達を呪いながら歩いて近づく。絶対に聞こえない声量なのは許せ。

 

「呑んだくれエースに押し付けて逃げるぞ」

 

「分かったわ」

 

 もちろんエースが颯爽と助けてNTRなんてことはなく、ケインとマリーはエースの姿を見つけるとエース向けて全力ダッシュする。

 

 酒で腹が出るほど太った46歳の完徹明けのステータスの低いエースが、それなりのステータスを持つ若者と一緒に走れるはずがなく、仕方なく盾を構える。

 

 もちろん二人は立ち止まることもなく村に向けて全力疾走する。

 

「あいつら追いかけられたら村がヤバイのはわかってんのか?マジで呑まなきゃ、やっとられん」

 

 ボヤキながらオーガに盾を向ける。その前に仲間どころか他人より酷い扱いだが気にしたら負けだ。

 

「あいつら命の恩人に何かないか、本当にリア充爆発しろ」

 

 言葉をかけることもなく走り去りエースはソロでオーガ三体との死闘を強制開始させられたのである。もちろん絶対に聞こえない文句だ。

 

 オーガの持つ棍棒的な木を盾で受け流す。正面から受け止める力はエースにはないのだ。

 

「太陽神オー様、我を守りたまえ」

 

 神頼みをして次のオーガの攻撃に盾を合わせ受け流す。呑んだくれおっさんエースも敬虔な信者なのである。

 

「今回は相当長くなりそうだ、完全に酒が抜ける前に終わらせて欲しいな」

 

 エースのボヤキをオーガが汲み取ることはなく、猛攻をエースはひたすら盾で受け流し続ける。

 

 イラついたのかオーガの攻撃が大降りになる。

 

「チャンス到来、シールドバッシュ」

 

 エースの唯一のスキルは盾技のみである。

 

 防御スキルもなければステータスも防御が高めなだけなのでオーガにダメージを与えられないが、体重がありスキルの助けを受ければオーガの体勢を崩すことは出来る。

 

 オーガは受け流され、さらにシールドバッシュで押される形になり、たたらを踏むと仲間の目の前に背を向けていてしまう。

 

 そこはエースを攻撃するべく、棍棒が大振りに振り降ろされており、棍棒は急に止まれない。

 

 いかに皮膚の分厚いオーガとはいえ、オーガ攻撃はオーガの背中に効くのだ。

 

「ぐぎゃー!!」

 

 背中を殴られたオーガが悲鳴をあげる。

 

「あれは背中に直撃したな、痛そうだ」

 

 エースは自分で起こした悲劇に他人事のようにぼやく。

 

 そこからは受け流し、たまにシールドバッシュでフレンドリーファイアをさせながらオーガが撤退するまでエースは粘りに粘り、納豆もびっくりするほど粘り、受け流し続けたのだった。

 

 きっと粘着テープより粘り強い男、エースなのだ。村のエースにと名付けられた男は粘着男になっていた。意味が分からないがそんな感じなのだ。

 

 昼過ぎには獲物を代えた方が得と気がついたのか、オーガは撤退していった。

 

「46に徹夜明けでオーガの相手は辛いな、寝酒しないとやっとられん」

 

 エースはドカッと座り込み酒をグビグビとイッキ飲みする。

 

「ぷはー、働いた後の酒はウマイ、最高~♪」

 

「昨日の肉も食えるな。酒は神の恵みだ、今回も太陽神オー様ありがとうございました」

 

 またグビグビと酒を呑んで、呑んで、呑む。

 

「疲れて空腹のときの酒はいくらでも呑めるぜ」

 

 一時間ほど荒野のど真ん中でボッチ宴会をして昼間から寝るエースであった。

 

 真夜中に目を覚ますエース。寝すぎも寝すぎ寝坊である。

 

「やっべぇ、リア充のせいでこのまま帰ったら大赤字で酒が買えない。マジリア充爆発しろ」

 

 理不尽な呪いをぼやきながら歩き始める。少なくとも荒野でボッチ宴会して寝過ごすとかバカすぎる。荒野は暑く魔物も夜の方が歩き回りやすく、危険であるのだが向こうからやって来るから、強ければ狩り向きの時間である。もちろん弱いエースは危険度アップ、寝るのは本当に死ねる。

 

「いつの間にか夜じゃねーか、ヤバイなー、とりあえず呑んでから考えよう」

 

 エースは弱いのだから寝ている魔物か弱い魔物を狙うべきなのだが、おっさんは気にせず酒を呑みながら歩き始める。

 

「ラッキー、ポークじゃん」

 

 大型の猪の魔物を見つける。

 

 最低ランクのFで家畜に出来るほど弱い魔物だが、こいつは条件がある。

 

 助走があれば高速の車と同じくらいのスピード、時速100キロは軽く超えて突進してくるのだ。

 

 スペースが狭いと助走が出来ないため弱いから閉じ込めてしまえば家畜魔物であるのだが、荒野なら高速道路に飛び出して轢かれて無傷でいるくらい難しいことになる。

 

 冒険者には平然と受け止めたり、消し飛ばしたりする化け物みたいな奴も居る。

 

「シールドバッシュ!」

 

 弱いエース跳ね返すなんてカッコいいことはせず、おっさんは泥臭く受け流しながらポークをシールドバッシュで転けさせて盾ごとのしかかかる。

 

「ブヒッ!?ブヒ!?ブヒヒ?ブヒブヒ!」

 

 酒で増えに増えた体重は、家畜魔物ポークではどうしようもなくポークを重さでゆっくりと、弱らせてエースの狩りを成功させる。

 

「おっさんやれば出来るだろ、さて勝利の美酒を呑みますか」

 

 また荒野のボッチ宴会を始めるのであった。

 

 狩りと宴会を繰り返すこと10日、エースは村に帰って来たのだ。

 

 そのまま肉屋に二束三文で肉を売り、素材屋に皮や牙、骨そして魔石を売る。

 

 冒険者はそれなりの高値で売れる部位だけをキレイに剥ぎ取り持って帰るが、エースは売れるところは全て解体して売るのだ。もちろん冒険者と比べれば品質は落ちる。

 

 すっかり残りわずかになった酒だけの荷物袋を持って家に帰ると、久しぶりに安心して眠りについた。

 

 翌朝、エースのボロボロの家の扉を叩く音で目が覚める。

 

「酔っぱらいおっさんは留守だ」

 

 許可なく扉が空いてマリーが入ってくる。

 

「返事してるんだから今日はやっと、呑んだくれエースがいるじゃない嘘つき」

 

「酒が抜けてるから酔っぱらいおっさんは留守だ。嘘はついてない。若い乙女はおっさんより若い男を追いかける方いいだろ?とっとと帰れ。呑んだくれエースを相手にしてると村八分にされるぞ」

 

「聞いたのよ」

 

「勝手におっさんが夢見て酒に逃げてるだけだ」

 

 エースは立ち上がり出ていこうとする。

 

「待ってよ、呑んだくれエースはあのオーガ倒したのでしょ?呑んだくれてないで、私に倒し方教えなさいよ」

 

「呑んだくれるから呑んだくれエースなんだよ。じゃあな」

 

「何よ、冒険者になる私の師匠にしてあげようと思ったのに、酒に溺れてしまえ!」

 

「もう酒に溺れてるぜ」

 

 サムズアップをしてみせ扉から出るエース仕草はカッコいいが、言ってることは最低である。

 

「なんで家主が出て行くんだ」

 

 エースは聞こえないぼやきをしながら、ぶらぶらと酒屋の親父が起きるのを待つことにする。

 

「盾をまた買わないとな」

 

 予定を変更して雑貨屋にエースは盾を買いに行く。アルコール大好きでも盾が無いと稼げないし命を預ける道具くらいは大切にする。

 

 後ろからマリーが声をかけてくる。

 

「まだ呑んでないじゃない、呑んだくれエース」

 

「村を歩きながら呑むほど、落ちぶれてないだけだ」

 

「じゃあ呑んだくれエースのオーガの倒し方教えなさいよ」

 

「おっさんがオーガに勝てるわけないだろ、それに一度もオーガの素材持って帰ったことないだろ」

 

「三体のオーガから単身でその腹の持ち主が逃げれるわけないでしょ、嘘つき!呑んだくれエースなんか知らない」

 

「呑んだくれおっさんに教わることなんてないぞ〜!!」

 

 マリーはあきらめたのか、怒ったのか去っていく。一応背中に叫んで声をかけておく。また来たら困るからだ。

 

「おっさんは嘘だけはつかないだけどな、リア充爆発しろとは思うがね」

 

 エースは静かにぼやくと雑貨屋に顔を出す。

 

「壊れた盾、四つの下取りと新しい盾を売ってくれ」

 

「売ってやるからさっさと消えな、商売の邪魔なんだよ」

 

「分かってるよ」

 

「盾四枚で銀貨三枚だよ」

 

「ありがとよ」

 

「マリーちゃんが呑んだくれエースのことをきいて回ってたよ」

 

 店主のおばちゃんとは久しぶりに定型文以外の会話である。ちなみに売り上げに一番貢献しているのはエースなので定型文な会話はしてくれる。世の中、金が最強なのだ。

 

「おっさんのあれを聞いて追っかけるとは暇なリア充だな」

 

「マリーちゃんとは会えたのかい、あんたまた騙してないだろうね?」

 

「おっさんは嘘つかないぞ」

 

「騙さないと言わないのが呑んだくれエースのクズのところだよ。シッシッ!クズは邪魔なんだよ」

 

「言われなくても去るさ、盾さえ売ってくれればいいんだ」

 

 エースは酒屋の親父が起きてるか確認するために、雑貨屋を出る。

 

「おっさんに声かけて邪魔だって言うのは理不尽だよな」

 

 エースはぼやきながら村を進み、酒屋に着くと親父が起きていた。

 

「安い酒をこれで買えるだけ売ってくれ」

 

「あいよ、珍しく飲んでねぇのか?明日は嵐だな」

 

「それはめでたい、恵みの雨を降らすおっさんだな」

 

「砂嵐に決まってるだろ?呑んだくれエースが雨降らせるわけがない」

 

「おっさんはそんなにクズかねぇ」

 

「稼ぎを全部酒につぎ込んで村八分なんだから当然クズだな、ほら道中で呑んで死ぬなよ」

 

「呑みきるまで死なねーよ」

 

「そうだマリーが探してたぞ」

 

「さっき会っておっさんの現実を伝えたから、もう用はないだろ」

 

「はぁ、いいけどよ。次は高い酒を買えよ」

 

「安い酒で十分なんだ」

 

 エースは酒を仕入れてまたオーガの縄張りの方向に狩りに行く。

 

 そしていつもの10日の狩りを終え酒をほぼ呑みきり、荷物袋は素材と肉でいっぱいにして村に帰還すると、マリーが村の入口で待っている。

 

「呑んだくれエース、花嫁をオーガに殺されたんでしょ?」

 

「花嫁をオーガに奪われて失ったな」

 

「それでオーガに復讐と諦めで酒に逃げてるんでしょ?」

 

「オーガには勝てないからな仕方ないだろ?」

 

「まだ諦められないくらい花嫁が今でも好きなの?」

 

 どうしたのかと村人が集まってくるがマリーはお構い無く質問してくる。

 

「一生諦められないな、オーガに勝つまで花嫁を迎える勇気も出ないな」

 

「私はオーガに奪われたりしないわよ」

 

「それとは関係ないんだ俺の問題だからな」

 

「私じゃダメなの?そんなに魅力ない?その花嫁さんは可愛かったの?」

 

「なに言ってるんだ?」

 

 マリーと奇跡的に噛み合ってるが根本的におかしいな事に気が付く。

 

「呑んだくれエースが一途で強いみたいだから、花嫁になってあげるっていってるの!!」

 

「それは無理だろ?」 

 

 マリーとエースを見つけた。いやマリーにしか用事がないケインがやってくる。

 

「マリー!!俺が悪かった、だからそんな奴はやめろって」

 

「浮気してたケインなんて嫌いよ!!私は一途な人がいいの!呑んだくれエースは一途でしょ?」

 

「どうだかな?一途といえば一途?んー?ん?」 

 

 合ってる合ってるけども間違ってるよな?

 

「花嫁を30年近くも思い続けてるのだから一途よ、三股男のケインとは違うわ」

 

 ケイン羨ましい。知ってたけど変わってくれないかな?

 

「そりゃケインとは違うけど花嫁にはマリーはなれないからな」

 

「どうしてよ、呑んだくれエースは十分頑張ったでしょう?もういいじゃない」

 

「まだダメなんだ、また失うかもと怖いんだ」

 

「私ならオーガから逃げられるわ」

 

「そうじゃないんだ、またオーガに金貨10枚の花嫁を目の前で大地の染みにされるかもと怖いんだ」

 

「ちょっと!!なんで花嫁が金貨10枚なのよ!?」

 

「なんでって花嫁って銘柄の高い酒だからだ。おっさんが20の頃に嫁のために親が貯めてた金で買った花嫁を村の外れで飲もうとしたらオーガに襲われ無我夢中で盾で守り続けたら、花嫁が割れてて、それでもオーガの攻撃を受け流し続けたらオーガは諦めたが、花嫁は一滴も残ってなかったんだ」

 

「なにそれ!?真性のクズじゃない!」

 

「呑んだくれおっさんって言ったたし教わることなんてないって言っただろ。誰だよ酒の銘柄って言わなかった奴は?」

 

「でも一途って言ってたでしょ?」

 

「・・・酒に一途だ」

 

「最低!!嘘つき!死ね!」

 

「おっさん何一つ嘘はついてないぞ、誤解を解いてもないが」

 

 そもそもこの話はある程度年齢を重ねた村人はみな知っている。エースよりも結婚資金を酒に注ぎ込んだ、と伝えなかった村人が悪いのでは?とエースは謝る気は無い。

 

 自分のクズ具合と村八分の問題くらいは自覚しているからこそマリーと仲良くなる気はない。酒に一途だし。

 

 マリーと言い合いをしていると村人が焦り始める。

 

「大変だオーガの群れが村に向かって来てるぞ」「雨が少なくて村を襲いにきたんだ」「防衛の準備だ!男手を集めろ」

 

 マリーと呑んだくれエースを見物してる余裕はなくなり村は非常事態に対応すべく動きだす。

 

「呑んだくれエースはオーガを追い払えるの?」

 

「盾がもう壊れてるからなぁ、酒も少ないし盾が新品であと五枚酒もあれば追い払えるだろな」

 

「私が盾を五枚あげるからあと、酒も持ってきてやるからなんとかしてよね」

 

「撃退した後の酒は最高に旨そうだな」

 

「死ね!呑んだくれおっさん、買ってくるから待ってなさいよ」

 

「無料で仕事道具と酒くれるのに逃げないって、もう走り出してら、さてオーガの相手しますかね」

 

 エースはオーガの群れ向けて歩き出す。

 

「ここで待ってるとは言ってないからな」

 

 エースはぼやきながらもいつもと変わらない足取りでオーガを観察する。

 

「おー、13体か、これはAランクの冒険パーティーくらいかね?勝てねーな」

 

 数分歩いているとマリーが走って追いかけて来る。

 

「盾買って来たわよ、というか待ってなさいよ!!なんで移動してるのよ!!とにかく六枚有るから余裕でしょ?」

 

「これ壊れた盾な。売却頼むわ、あと素材の換金な。金は全部俺のだからな」

 

 エースは図々しく村の防衛のために盾と酒を貰った上に、狩りで壊れた盾と成果の売却を頼んで金は渡さないときた。完全にマリーをパシリ扱いだ。

 

「盾と酒をプレゼントしたんだから壊れた盾の売却代くらい寄越しなさいよ」

 

「俺の酒が減るだろ、断る」

 

「酒と死ね、呑んだくれエース!!」

 

「グビグビ、オーガを追い払って酒を楽しむかね」

 

「無視して酒を呑むな!呑んだくれエースなんて死んでしまえ!」

 

「嘘はつかないからな、そろそろ危ないぞ」

 

「ああぁもう!!分かってるわよ!!呑んだくれエースなんて死んでしまえ!」

 

「酒を呑みきるまでは死ねないな」

 

 マリーも村の防衛に加わるために戻って行く。

 

「おっさん久しぶりにたくさん話したなぁ、オーガを撃退しないと酒が手に入らないからな。頑張りますか、しかし呑まなきゃ、やっとられん。グビグビ」

 

 オーガの群れに単身で歩きながら酒を呑んで突っ込む酒で腹が出たおっさんである。

 

 カッコいいが体型と発言が全てを台無しにするのが呑んだくれエースクオリティーである。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ケインはあんなとこ出来る?」

 

 マリーがオーガに囲まれて殴り続けられているエースを指差して言う。

 

「酒飲んで魔物に挑むとか無謀すぎる冒険者として失格だ」

 

「なに?論点がずれてるでしょ?シラフだからケインもオーガに囲まれてみたいの?」

 

「そんなの瞬殺されるだろ?無理に決まってる」

 

「あれでもう三日間、不眠不休で耐えてるのよ?しかも10日の狩りの後よ、凄すぎるわ」

 

「あれより冒険者って強いんだろ?」

 

 呑んだくれおっさんの持久力は異常で、冒険者なら確実に倒すか、逃げるかどちらかである。きっと毎晩ターゲットを追い回すストーカーもビビる粘着行動だ。

 

「エースってすごかったのね」

 

「俺はあんな呑んだくれ超えるから、また付き合ってくれよ」

 

「三股ケインなんて嫌いよ、また口説いたら、あそこをやってるときに蹴りあげるわ」

 

 ケインは想像したのか男のシンボルを両手で押さえてガクガク震えている。

 

「三股は消えろ!」

 

 マリーの容赦ない蹴りはケインの股間にクリーンヒットして、ケインを沈める。靴のつま先をキッチリ命中させるあたり冒険者志望の魔法使いの無駄に洗練された無駄な技術だ。やってなくてもあそこは蹴られる運命にあったらしい。

 

「ノォーーーーーーーーーー!」

 

 悶絶するケインに興味がなくしたマリーはエースとオーガの闘いをじっと見つめることに戻るのであった。

 

 その頃エースはオーガの猛攻を受け流し続けていた。

 

「グガぁぐがぁ」

 

「オーガもお疲れのようだ、割りに合わない獲物なんだからあきらめてくれないかねぇ」

 

 三枚は盾が壊れているがエースは始めと変わる様子もなく、ひたすら受け流しチャンスにシールドバッシュでオーガのフレンドリーファイアでダメージを蓄積している。

 

「ぐがぁぐかぁくかぁ」

 

「オーガのお疲れ声かもう逃げる頃なんだけどなぁ、早く酒が呑みたいが、きっつい仕事の後の酒は最高だから長引けば旨くなるから悩ましいぜ」

 

 呑んだくれの思考の常人の理解の外にあるようだ。途中で呑んでるが水分補給扱いだから嘘ではないらしい。

 

 オーガ達も獲物がなければ餓え死になのだから必死であり、死闘である。

 

 その後死闘はさらに二日も続けられた。

 

「今回の酒は十指に入る旨さになってるぞ、これは死ねない、おっさん死ねないぞ!オラオラ!!オーガとっとと帰れよ」

 

 呑んだくれおっさんは更になぜか飲まず食わず不眠不休の五日目なのだが元気になり、ひたすら受け流しを続けている。なお不味い酒は水分補給なのでカウントしない。

 

「くおぉくおぉ」

 

 オーガも引いているほどのテンションのようだ。

 

「おっさんにアルコールを呑ませろ!」

 

 オーガ達もこれは餓え死にする方が早そうだと撤退する。

 

「おっさんやりきったぜ、さぁ最高の酒を呑まないとな」

 

 意気揚々と村に戻り僅かばかりの、かけた爪などオーガの素材を売り、盾を入れ換えて、酒を買うために歩き出すエースである。

 

 そのエースをマリーは待っていた。

 

 マリーに慈悲はなくケインは口説くたびに男のシンボルにクリーンヒットをもらい今は腫れて自宅療養中である。オネェ誕生かもしれない。村のSAN値の危機だがマリーにはそれどころではない。一大決心を実行するので頭がいっぱいだ。

 

「エースって強かったのね、呑んだくれなんて言ってごめんなさい」

 

「今は酒が呑みたいから後にしてくれ」

 

「はぁあ!人が謝ってんのに酒呑むとか死ね!呑んだくれエース!」

 

 一大決心早くも崩壊の危機だ。

 

「すぐに呑んだくれエースに戻るんだな」

 

「一生呑んだくれエースとしか呼ばないわよ!!」

 

「そうそう、俺の家のカマドの裏の壁と土間の間に隠しスペースがあるなぁ、あれは花嫁を手に入れるための金なんだよ」

 

「そんな事知らないわよそんなに酒が好きとか死ね!・・・・ん?なんで私に言うのよ?」

 

「おっさんはオーガが怖くてまだ花嫁は買えないけどな」

 

「いいわよ、買えない花嫁より手に入る花嫁が使ってあげる」

 

「おっさんはそれを使って、ボロ酒を家で呑んで宴会にしようかと悩んだが、やっぱり使えないなぁ」

 

「なんでそうなるのよ!!そこは花嫁に使いなさいよ!!とにかく村の英雄なんだから贅沢しなさい!!えっと、じゃあ仕方ないから私がお酌して村で一番贅沢な宴会にしてあげるわ!!感謝しなさい!!」

 

 マリーが一気に捲し立てる。

 

「呑んだくれおっさんに花嫁はもったいないねぇ」

 

「嘘はつかないのでしょ?」

 

「エースは嘘だけは一度もないなぁ。たぶん」

 

 だいぶクズなのでギリギリセーフは多い。

 

「ヘタレなエース、新居で待ってるわ!!」

 

 こうしてマリーは一足先にエースのボロ家で言われたとおりに金貨を探すと巧妙に隠されたスペースに大量の金貨を見つける。花嫁なんてダース単位で買えそうだ。

 

「いくらなんでも呑んだくれエースの稼ぎじゃ多すぎるわ」

 

 思ったより時間がかかったようで、エースがやっと帰って来る。

 

「すげーなよく場所わかっても見つけたな」

 

「ふん、すごいでしょ!ところで呑んだくれエースの稼ぎじゃこんなに貯められないでしょ?」

 

「稼ぎは全部、酒屋と雑貨屋に使ってるぞ」

 

「これの出所はどこよ?」

 

「オーガに襲われた行商とか旅人を助けたときの謝礼金だな、稼ぎは全部酒にするが、謝礼金は稼ぎじゃないからな」

 

「!?!どんだけ人助けしたのよ!?」

 

「おっさんを見かけると皆身代わりにして逃げるんだ、大半はこれでオーガを任せたとか言って何かくれるだけだ、世知辛ねぇ」

 

「えっと、貴方を身代わりにしてただで逃げてごめんなさい」

 

「グビグビ!プハー仕事明けの酒は最高だ」

 

「ちょっと!いいところなんだからそこは酒呑まずに気にするなとか君が最高の謝礼さとか言いなさいよ、死ね!呑んだくれエース!後お酌させなさい!!まじで死ね!というか謝罪くらいは真面目に聞け呑んだくれエース!」

 

「呑んだくれボッチ46歳おっさんに求めることじゃないね」

 

「ふん、エースなんて知らない」

 

 そう言いながらも、濁った安酒を皮革の水筒からコップにお酌して渡すマリーである。

 

「過去最高に旨い酒だね」

 

「本当に?私のおかげね、ちょっとよこしなさいよ」

 

「おっさんの酒だから断る」

 

「ケチ、でも貰うわよ」

 

 マリーはコップをステータス差にものをいわせて奪い取りエースの飲みかけを飲む。

 

「うん、エースが飲んだ酒はウマイわね。お酌するから我慢しなさい、村の英雄呑んだくれエース」

 

「おっさんには、もったいないね」

 

「私の夫は村最強の盾よ、自信持ちなさい」

 

「稼ぎはいままで通りだけどな」

 

「稼ぎを家族に使わない奴は死ね!こんなわかくて可愛い花嫁がいるだから、酒を減らしなさいよ」

 

「なんか村の総意とか言って帰るの邪魔された店主からもらったからこの金は花嫁に使わないとな。稼ぎじゃないし」

 

「皆の気持ちを邪魔とかいうな!死ね!でも生活費と家の修繕費にするわ、本当に口が悪い夫ね」

 

 Aランクの冒険者パーティーは雇えないがそれなりの金額がエースに渡されていた。もちろんエースの稼ぎより圧倒的に多い。

 

「えっこんなにいいの?一年は暮らせるじゃない」

 

「おっさんは稼ぎ以外は花嫁にしか使わないって決めてるんだ。でも花嫁は買えないんだよなぁ」

 

「花嫁が好きに使うわよ?」

 

「花嫁のための金だからな」

 

「他にはないの?」

 

「なんか今回の狩りでこんなのも身代わりにして逃げた行商が置いていったな」

 

 金細工の綺麗な髪飾りとクシのセットをマリーに手渡す。

 

「キレイ!!ありがとう、わざわざ私のために選んでくれたの?」

 

「一番高い商品よこせって言っただけだ」

 

「死ね!そこは嘘つきなさいよ!!呑んだくれエースのバカ!」

 

 にまにまと髪飾りとクシを眺めながらお酌をするマリーの顔は酒以外の赤さがある。照れ隠しにどんどんコップにお酌してエースに呑ませる。

 

「幸せだねぇ」

 

「もっと幸せにしてあげるわ!ヘタレエース!」

 

 髪飾りをちゃっかりつけたマリーに押し倒されて、「まだ飲み足りないんだー」と叫ぶも「死ね!呑んだくれエース!」と一蹴されステータスで負けてるエースはマリーに美味しくいただかれました。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 数年後

 

「呑んだくれエースとマリーちゃんが結婚して子供作るなんて、予想出来なかったよ」

 

 マリーは赤ちゃんを背負ってエースの盾を雑貨屋に買いに来ている。

 

「クズの呑んだくれおっさんなのは変わらないわよ」

 

「あれで稼ぎが村一なんて信じられないよ、知ってたら私が結婚してたよ」

 

 雑貨屋の店主はおばちゃんなのでエースと同年代、若い頃に結婚する可能性はあったのだろう。

 

「稼ぎは全部盾とボロ酒につぎ込むクズよ。本当に子供出来たんだから家族に使いなさいよ、呑んだくれエースは死ね!」

 

「マリーちゃんは怖いね、でも金に困ってないじゃない?その髪飾りもプレゼントされてるじゃないか」

 

「えへへ♪行商とか助けては貰ってる金が多いだけですよ」

 

 エースが好きなようで幸せがマリーから溢れ出している。

 

「マリーちゃんが幸せならいいよ」

 

「盾ありがとうございます。また来ますね」

 

 マリーはキレイに修繕された家で掃除してオツマミを作り、少し上等なワインを買って、エースと二人の宴会準備をしてエースの帰りを待っている。

 

 そして帰ってきたエースと宴会をしながらまた稼ぎで酒を買ったの!!死ね!と押し倒すのであった。

 

 そして翌朝カマドの裏からセットの指輪を見付けて顔を酒以外で真っ赤にしたマリーはいつもより美味しく呑んだくれエースを朝からいただいた。

 

 きっと二人目もすぐの事だろう。

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