第11話 腐った魚の目

 何だろう、この気持ちは、浅い夢に迷い込んだ様な感覚……。


「天野、天野……」


 誰かが呼んでいる。わたしはこの気持ちを大切にしたいのと抵抗する。


「天野!」 


 気が付くと教室の中で、それは国語の授業中であった。


「天野、寝るなら保健室に行きなさい」


 初老の国語教師が呆れた様子で言った。渋々、教室を出ると保健室に向かう。


 わたしはぼんやりとエレベーターを待ちながら頭をかく。さて、何の夢だったのだろう?


 思い出せないほどの浅い夢であった。エレベーターを降りて進むと薄暗い廊下は校舎の一階特有の感じである。


 そして保健室に着くと「こんにちは」と入って行く。


「あら、天野さん」

「はい?保健室は初めてですけど……」

「貴女はこの学校では有名人ですよ」


 どんな感じで有名人なのかと聞くと。


「車椅子に乗る腐った魚の目をしている天使だと」

「天使?」


 わたしは天使であることを隠しているのに……。


「そう、天使ですよ、何故か天使に思えるですよ」


 車椅子は目立つのは解る、天使との噂がたつのも本物だからだ。しかし、腐った魚の目は酷い。せめて鮮度の保たれた魚の目にして欲しい。


「そのオーラですよ、天使の輝き」


 イヤ、本物の天使ですから、それより重要なのは目の輝きです。その辺を抗議すると。


「確かに腐った魚の目は酷いですね、養護の教員として正しく伝えます」


 どんな感じに?問うと『眠いので半分寝ています』と言われた。浅い夢に心を奪われるくらいだ、生きる生気が薄いのは自覚していた。『眠いので半分寝ています』は上出来と言える。


 わたしは感謝して保健室のベッドで寝るのであった。


***


 夕方、わたしは数学の課題を机に向かってしていた。そこで折れた羽根をみる。そう、例えば、昔話をすることにした。


 わたしは十二歳の時に墜落して羽根が折れた。それは暗い現実であった事を思い出す。


 天上界では天使は十歳ほどで皆飛べる様になる。わたしも二年間は飛べた記憶がある。


 しかし、飛べない天使などゴミ扱いであった。


 同情などない、絶対的な格差であった。なのに地上での車椅子生活である。考えてみると自ら困難に入り込んでいるみたいと心が痛い。


 だぶん、無条件で受け入れてくれる人を探したかったのであろうか。そして、わたしは信也くんに出会った。こうして解けない課題に向かい、今は独りで信也くんのことを想う。出会えた奇跡に感謝をする。


 会えない切ない気持ちはとても辛い。彼にわたしは、ほんの少しだけ希望を持っている。


 羽根の再生であった。


 信也くんを想うと折れた羽根が疼く。


そして、折れた羽根以上にこの恋心は誰にも止められない。

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