初めて同性とキスした夜

@31sai

「ねえキスってどんな感じなの?ほら世間一般の恋人達ってキスするじゃん」

酔いが回ってるせいか安奈はいつにも増して機嫌がすこぶる良かった。三日月になった目は潤んでいた。その下に膨らむ大きな涙袋は繊細な水彩画のように綺麗に薄紅に色づけられている。いつもは血色悪く青白い頰もほんのりと桃色に染められていた。正直堅物そうな彼女の口からそういうことが出てくるなんて心外だった。

「気持ち良いよ〜。私は好きだな。」

「へぇ〜」安奈はさっきまで飲んでいたビールを机に置く。缶とテーブルの乾いた衝突音が気持ちよく空間に響く。予想通り食らいついた。彼女は私の方に勢い良く顔を向ける。その衝動で彼女の高く結んだポニーテールがひょこっと揺れる。計算されていない可愛らしい一連の仕草に私は思わず口元が緩んでしまう。彼女のまっすぐこちらを見つめる瞳は夜中に母親の読み聞かせを待つ子供の純粋な瞳を連想させた。大抵の人間が持つような自己掲示欲や下心なんかの浅ましい感情とは無縁だ。この上ない純潔なものに触れたような気がした。彼女の日本人離れした綺麗な二重とフランス人形のような長いまつ毛にどぎまぎした。目に反射する光が水面に反射する太陽の光のようにゆらゆらと動く。その空間にある光を全て引き寄せてるかのような澄んだ目に見惚れて思わずフリーズしそうになる。それを気づかれないように次の言葉を急いで紡ぐ。

「まあ、スポーツとして気持ちいい。」

その行為を数回しかしたことないくせに、一丁前に語る。

好きな子の前ではかっこつけたい。ましては安奈は恋愛に対してとてもウブ。だからかっこつけるのに最適な相手だった。しかしキスという行為自体が好きなのも、スポーツみたいだなと思ったのも本当のこと。適当にそこらの男の人を捕まえて一、二時間ディープキスしたいと考えたことがあるくらい。

「スポーツ?」

安奈は片眉を顰めるものの、瞳は相変わらず光が入ったままで口角は上がっていた。

そして彼女は笑いを堪えるように肩の震えてたが、ついに堪えきれなくて「ふふふ」と笑い声を漏らしていた。私はそんな彼女の笑い方さえも大好きだった。

「してみる?」私はおどけて言った。勿論心底したかった。したくてたまらなかった。

「え、してみるって」安奈はその潤んだ目で私の目を真っ直ぐ見る。どきどきした。

「嫌?」胸の鼓動を気づかれないように冷静を装って、彼女の目をまっすぐ見て聞き返した。安奈は目線を逸らし下を向く。

「…い…や…じゃないけどさ…。その…急にそんなこと言われても…」安奈は気まずそうに言った。ハスキーな声でいつも平仮名一音一音はっきりと発音する彼女だが、その時はまるで日本語覚えたての外国人ののように辿々しく返事する。彼女はちらっと私を見る。目は潤んだまま。

沈黙が続く。真っ直ぐ見つめてきた安奈の潤んだ目がまたパチパチとさせる。そして私の口元を見つめすぐに目線を逸らし左下を見る。瞳孔がわずかに機敏に揺れ動く。

私は彼女の桃色に染まった薄く形の良い唇を見る。半開きになっていた。その奥に綺麗な泉が揺れ動く。

彼女の顔に近づく。彼女は顔を上げ私の目をまっすぐ見る。彼女の大きな目に部屋の照明が乱反射する。彼女の透き通った目に吸い込まれそうになった。そして彼女の陶器のような白い肌に手を添える。彼女の長いまつ毛が一本一本くっきり見える。彼女の潤んだ目が真っ直ぐ私を見つめたまま。

「いい?」私は彼女の目を見つめながらぎりぎり声にならない声で一応許可をとる。彼女も私の目を見つめ返す。数秒の沈黙が続く。そしてコックリと小さく頷いた。半開きになっている彼女の小さな唇に私の唇で覆い被さる。「んっ…」彼女は息を漏らす。普段ハスキーではっきりとした喋り方をする彼女とは想像もつかないようなかわいくていかにも女の子のような吐息だった。それを聞いて胸の高まる。わたしの厚ぼったい唇が彼女の小さな口に重ねていると思うだけでたまらなかった。それが今現実となっている。私の唇越しに伝わる彼女の小さく愛しい唇は乾いていた。彼女の目を見る。ぎゅっと目を瞑ったまま。本当は彼女の薄い上唇を吸いたかったが、彼女の頬から手を離し反応を伺った。親密な行為をした後彼女が私にどんな反応をするのかが見たかった。少しからかいたかった。

安奈は瞼を上げビー玉のような透き通った瞳がまたあらわになった。相変わらず目に反射した光が午後の穏やかな陽の光を反射する水面のように揺れるが、心なしか以前よりもっと潤っていた。

彼女に私に上目遣いで目線を送るとまたそのフランス人形のようなまつ毛は上下にパチパチと動く。

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