ひとつの決着と黒騎士

 投擲の際、アインザムが標的として指定したのは銀の巫女姫の下顎。

 そして、投擲されたバンデルングは追尾能力を発揮し、見事に巫女姫の下顎を貫いた。

「げげげげげ、こここここぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ろろろろろろげげげげげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 バンデルングは巫女姫の下顎を貫き、そのまま縦に二つ並んだ頭部──二つの脳をもぶち抜いたのである。

「貴女が飛んでいてくれて助かりました。おかげで、ことができましたから」

 投擲したバンデルングは空中で大きく弧を描きながら、使い手たるアインザムの許へと戻る。

 この槍には追尾能力ホーミングだけではなく、帰還能力リタニングも備わっているようだ。

 手元に戻った愛槍を巧みに掴み取り、アインザムはいまだ宙に浮かぶ巫女姫を見る。

「どうやら、僕の予想は当たったようですね」

 宙に浮かんだままの巫女姫。同時に貫かれた二つの頭は、それまでとは違って回復する様子を見せない。

 それどころか、炎槍の影響を受けて巫女姫の全身が燃え上がり始める。

「予想? それはどういうことですか?」

 アインザムにそう尋ねたのは、《完全透明化》の魔術を解除したコステロだ。彼の顔色は悪く、足取りもふらついている。

「大丈夫ですか、コステロさん?」

「ははは、久しぶりに限界近くまで魔力を消耗しましたからねぇ。急激な魔力消費にちょっとばかり体がついていけていないだけですよ。それよりも、君は何を思いついたのです?」

 であり、魔術師でもあるコステロが保有する魔力は相当なものだ。だが、その相当な量の魔力を巫女姫との戦いでほぼ使い果たしてしまった。

 彼がいたからこそ、アインザムは巫女姫に勝利することができたのだ。

 そう、勝利だ。

 空中で燃え続けていた巫女姫の体が落下し、そのままぐしゃりと音を立てて地面に激突。そして、回復する様子を見せることなく燃え続けている。

 それは、間違いなくアインザムが銀の一族の女王たる巫女姫を討ち取った証だった。

「おっしゃああああああああああっ!! 敵の大将首、【雷撃団】のアインザムが討ち取ったぜええええええええええええええっ!!」

 高らかにそう宣言したのはサイカスだ。彼はまるで自分が大将首を取ったかのように、片手を天へ──地下だから天ではないが──と突き上げ、勝鬨を上げた。

 それに応えるように、地下湿地のあちこちから歓声が上がる。

「野郎ども! ここからはもう戦闘じゃねえ! 単なる残党狩りだ! 残ったカエル野郎どもを、残らず討ち倒せ!」

 再び上げたサイカスの声に、残る組合勇者たちが歓声で応え、手近にいる銀の一族の生き残りへと挑みかかっていく。

 大将たる銀の巫女姫が討たれたことで、他の銀の一族も浮足立っている。

 これでもう地下での戦いの趨勢は決まった。残るはサイカスの言う通りに残党を狩るだけだ。

「それで、アインくん? 先ほどの言葉の意味を教えてくれませんか?」

「それ、アタシも気になるなー。ねえ、アインくん? アタシにも教えて?」

 コステロが先ほどの続きを促し、アルトルがそれに乗っかる。どうも、アインザムの言葉が気になっているのは妖精族の魔術師だけではないようだ。

「いえ、本当に単なる思いつきだったんですよ。でも、その思いつきが見事に的中したようで助かりました」

 いまだ燃え続け、動き出す様子のない巫女姫の骸を見つめつつ、アインザムは言葉を続けた。

「巫女姫がこう言っていたでしょう? 『二体ふたり一体ひとり』と。なので、両方の頭を同時に攻撃してみたらどうかと思いまして」

「なるほどな。それで下から槍をぶん投げて、二つの頭を一気に貫いたってわけか」

「槍じゃあ、上下に並んだ二つの頭を同時に攻撃するのは難しいものねぇ」

「それで、『飛んでいてくれて助かった』わけだな」

 アインザムの話を聞き、サイカスとジェレイラ、ヴォルカンが納得したとばかりに頷く。

 槍とは突く武器である。もちろん、柄や石突などを用いる様々な技や技術はあるだろうが、それでも槍の本質が突きにあることは間違いないだろう。

 剣や斧であれば、上下に並んだ頭を比較的攻撃しやすい。

 剣や斧は元々重さを利用して敵を倒す武器なので、攻撃方法も上から下への運動を利用することが多いからだ。

 だからこそ、巫女姫が飛んでくれたことは、槍を得物とするアインザムにとって好機だったのである。

「さぁて、俺たちは俺たちの仕事を果たした。生き残ったカエルはまだ少しいるようだが、殲滅するまで時間はかからねえだろう。後は────」

 サイカスは言葉の途中で頭上を覆う天井を見る。その天井の遥か先では、王国軍が戦いの始まりを待っているはずだ。

「──王国軍と、に任せるぜ」

 そんなサイカスの言葉を聞き、心の中で「野郎ではないんですが」と呟きながら、アインザムは苦笑する。

──姉上。僕は僕の戦いを勝利しました。これも姉上が下さった神槍のお陰です。後は……姉上に任せますよ。

 サイカスと同じように天井を見つめながら、地下における戦いの最大の功労者は、この場にいない姉へと思いを託すのだった。




 それは突然だった。

 復活した【銀邪竜】を守っていた光の柱が、何の前触れもなく消滅したのだ。

「どうやら、地下を任せた連中がやりやがったな!」

 光の柱が消えたのを見て、シャイルード国王はにやりと笑みを浮かべる。

「全軍に通達! これより守りの消えた【銀邪竜】に向かって進軍する! いいかっ!? 組合の勇者どもに負けんじゃねえぞっ!! 王国軍の意地と誇りと武勇をここで示せっ!!」

 シャイルードは腰からすらりと剣を引き抜き、高々と天に掲げる。

 この剣は、いつも国王が手にしている黒地剣エクストリームではない。

 エクストリームはこの戦いが始まる前、全軍が見ている中で正式に【黒騎士】ジルガへと貸与されている。

 正確には、エクストリームは既にジルガに貸し与えられていたが、全軍が見ている中で改めて国王より【黒騎士】へと与えられたのだ。

 もちろん、この貸与があくまでも一時的──【銀邪竜】を倒すため──であることは、その場で国王より宣言されている。

 そのエクストリームの代わりというわけではないが、ジルガからシャイルードへ一振りの剣が献上されており、今、国王が天に掲げたのもその剣だ。

 ジルガの次元倉庫から引っ張り出してきた剣なのは言うまでもなく、その銘はハクロ。ライナスによれば、古代妖精族の言葉で「大海の支配者」という意味らしい。

 実際、この剣には水を操る力が秘められている。

「ガラルド王国軍! 進軍!」

 シャイルード国王が天に掲げていたハクロを振り下ろす。その切っ先が向けられるのは、もちろん【銀邪竜】。

 今。

 国王の命に従い、ガラルド王国軍はゆっくりと【銀邪竜】へと向かって進軍を開始した。




「始まったようだ」

 上空を舞う「宵の凶鳥」より、ジルガはその光景を見下ろしていた。

 今、彼女の視線の先では、ガラルド王国軍が進軍を開始した。彼らが向かうは、もちろん【銀邪竜】。光の柱が消えた今、【銀邪竜】の姿もはっきりと見えるようになっている。

「あ、あれが…………【銀邪竜】か…………」

 【銀邪竜】に関する物語や詩は数多い。

 いわく、山よりも巨大である。

 いわく、銀色の巨躯に赤い恐眼。

 いわく、巨大な翼で空を自由に舞う。

 いわく、その鋭き爪は城壁さえ切り裂く。

 などなど。

 もちろん、伝わっている話にはどう考えても誇張され、演出されたものもある。

 それでも、【銀邪竜】に関する物語や詩のほとんどが、正しかったとジルガは改めて思い知らされた。

「今までに出会った、どの竜よりも巨大だな」

 さすがに山よりも巨大ということはないが、それでもそれに匹敵するほどには大きい。

 全身は銀色。そして、巨体に比した巨大な頭には、横に大きく裂けた口と側面から飛び出した赤く輝く眼がある。

 その赤眼を大きく見開き、【銀邪竜】は高らかに咆哮する。

 それは、自由を取り戻したことを喜ぶようで。

 それは、今まで自分を封印していたことを呪うようで。

 それは、これから行う破壊と殺戮に期待しているようで。

 【銀邪竜】は高らかに吠える。

──げぇぇぇぇぇぇぇこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。

 その咆哮を聞き、「宵の凶鳥」の上でジルガは思わず腕を組んで首を傾げた。

「…………吠え方まで、眷属である銀の一族にそっくりなのだな」

「それは…………あの見た目だからなぁ……」

「…………あの見た目で吠え方が違ったら、それはそれで詐欺ですよねぇ」

「あれで狼みたいに吠えたら、違和感しかないよね」

 ジルガの呟きに、「宵の凶鳥」に同乗しているライナス、レディル、レアスが同調するように頷いた。

 彼らの視線の先。そこでは巨大な銀色のソレがもぞりと体を動かしたところだ。

 全体的にはずんぐりとしている。そして、体色は噂通りに銀一色。

 ただ、その両眼だけが血塗られたように赤い。

 力強そうな後脚と、後脚に比して短い前脚には、剣呑な輝きを帯びる鋭い爪が見えている。

 そして、そのぬめぬめとした質感の背中からは、三対六枚の被膜状の翼がばさりと翻った。

 【銀邪竜】ガーラーハイゼガ。

 小山ほどの大きさの、三対六枚の翼を持った銀色のカエル。それが【銀邪竜】を簡潔に、かつ正確に説明する言葉だろう。




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