第19話 強いよ
日常。もう僕とは程遠いものなのだろうか?二度と帰ってきてはくれないものなのだろうか?案外そんなことはなく、僕は普通に暮らしている。まあ、穏やかじゃないがな。
ほんのりと痛みが残る右腕。その右腕には暖かく、包み込んでくれるシノがいる。隠すのは簡単だ。
「ハル………どうかしたの?」
「ん?何がだ?」
「いや、何もないならいいんだけどさ。ちょっと反応しなかった?」
「そうかな?」
やっぱり慣れない。いや、慣れるのは駄目だろう。て、いうかもう二度としない。普通に痛いし。本当、僕はどうかしてたみたいだ。何が嬉しくてあんなことやったんだか………。
「気のせいだよ。或いは………まだ慣れてないからかもな。」
「そっか。」
そうして僕は日常の仮面を被る。自分で選んだ非日常。僕を苛むあのノイズは、いつ消えてくれるんだろうか。
さて、今の僕はなかなかに僕らしくない。とっとといつもの調子に戻りたいが………引きずるよな、これは。どうして僕はあんなことをしたのか。後悔しかない。
そんなことを考えていたときだった。不意にぎゅっと右腕が圧迫された。
「いっ………。」
「やっぱり、痛いんだ。」
「シノ………?」
「気づいてるよ。腕のこと。大丈夫。言わないから。でもさ、自分の体は大切にしてほしいな。」
「………なんで、わかったの?」
「伊達に幼馴染してるわけじゃないし、それに私はハルの彼女だから。」
案外、日常の仮面の言うのは脆い。って、そんなこと前から知ってたか。
「その………やっぱり引いたか?」
「ん?なんで?」
「だって………その、これ自分でやったやつだし。」
「うーん………私がさ、暴走したときハルはどうしてくれた?」
「シノが暴走したとき?」
その時は確か抱きしめた。そうして………そうか………そういうことかよ。
「………大丈夫って言ってた。」
「そういうことだよ。だからさ、大丈夫。引いたりしない。離れたりしない。あの時してくれたことを私もする。だからさ、大丈夫。」
そう言って、僕のことを抱きしめるシノ。って………周りの人も見てるんだけどな………。ただ、こういうお構いなしなところに少し安心感を覚えてしまう。これでこそシノだって、心の中で勝手にそう思っている。
「ありがとうな。シノ。」
「うん。大丈夫。」
「あぁ、大丈夫だ。行こうか。その………周りの人も見てるし。」
この空気にだけは慣れちゃいけないような気がする。なんと言うか、最後の倫理観的な?多分これが無ければただのバカップルになっている。正確にはそういうレッテルは貼られてるんだけどな。
「ハルが望むんだったら、私はこのままでもいいよ?」
「流石に目立つから駄目だって。」
「もう目立ってるじゃん?じゃあ良くない?」
「良くないです。ほら、腕組もう?」
そう言って僕はもう一度右腕を差し出す。それを覆い隠してくれるように、シノが日常で蓋をする。それだけで………安心してしまった。
「あのさ………昨日、膝枕してくれただろ?あのときなんだけど………。」
僕は、父さんのことを話した。シノも僕の父さんのことはある程度知っている。だからだろうか?静かに聞いてくれた。いや、きっと違うだろう。
今の気持ちも洗いざらい話した………こんなに、自分を惨めに思ったことはない。
「でもさ、ハルはハルだよ。私はそれを1番知ってる。ハルがどんな人なのか、ハルがなんで優しいのか………全部知ってる。だからさ、ハル。ハルは強いよ。」
「シノ………ありがとう。本当にありがとう。」
こんな僕を、強いと言ってくれた。自分に負けた僕を強いと言ってくれた。壊れた僕を強いと、そう言ってくれた。それがただ嬉しくて………ありがとうしか出てこなかった。
「ハル?泣いてる?」
「いや………泣いてないし。」
「うん。大丈夫。」
心から好きっていうのは、こういうことを言うんだな。確信した。僕はシノのためならば、なんだってできる。そのくらい、僕はシノのことが大好きなようだ。
ぼやけた視界でも、暖かさは伝わる。痛みがあっても、癒やしてくれる人がいる。嗚呼、僕ってば朝から何してんだろう?
仮面は破れた。それでも僕は笑っていたんだ。
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