第6話 魔女の能力
振り向いて。
……ああ、ローラ。
と、いつものように名前を言いかけた所で止まる。
そういえば、もっと、子供らしく出来るようにならないといけないな、と考えてから
「ローラ」
結局、どうしていいか分からず、その名前だけを呼んだ私は、意気消沈してしまう。
ローラや、ロイはまだいいが、今後周りから見ても変な子供に映るだろうし、それは避けたい。
……いや、既に義兄にやらかしてしまったことを考えると頭が痛いな。
【もういっそ。開き直ってこのままでいようか】
一度目の人生を思い出してみたけど。
気に入らないものには、手当たり次第文句を言っていた自分を思い出して、なんの参考にもならなかったので、早々に諦めた。
【どうせ、出来ないものは出来ないのだ】
ローラやロイみたいな身近な人間もそういない。
あまり、深い知り合いではない人間にはとりあえず、お父様や義兄様に話していたように敬語でも喋っておけば、少なくとも傲慢で我が儘な皇女というイメージは避けられるだろうか。
……半ば、なげやりにそんなことを考えていると
「お洋服、ご自分で着替えられたのですかっ」
と、ちょっとガッカリそうなローラと目があった。
「ああ、うん、変……かな?」
「いえっ! とても、お似合いです。ですが、私もいますのにっ」
呼んで下さればっ!
と、声をかけてくるローラに私は思わず苦笑する。
「うん、でも、一人で、何でも出来るようにしたいんだ。
なるべく、誰の手も煩わせないように」
【いつまでも、ローラが私の傍についてくれる訳じゃないから】
という、一言は決して声には出さなかった。
彼女を信頼していない訳じゃなく、その逆だ。
私が死ぬその瞬間には、ローラも、私を慕う数少ないであろう人間は全て。
居ない方がいいにきまってる。
だから、私は時期が来たらローラを解雇するつもりでいる。
せめて、身ぎれいにしておけば、私が死ぬだけですむだろう。
目下の目標は、それだ。
その前に。
少しでも、“あの日”の恩返しが出来たならいいと思う。
もしも、二度目のこの人生に意味があるのなら、私は今度こそ間違えない。
今度こそ……。
【私は、私の大切な人だけでも、せめて守れるようにしておかねば】
そのためには、巻き戻し前の人生のように振る舞っていてはダメだ。
【例え、同じ場所で、同じ日に、死ぬ事になろうとも】
私の言葉に一つ。
息を詰まらせたようにひゅっと、声にならない声を出したあと。
ローラは……
「それでも、私がいる時は呼んでほしいです、アリス様」
と、声をかけてくれる。
本当に私には勿体ない従者を持った。
「わかった。今度からまたお願いする」
「明日からです」
「……こん、」
「あ・し・たっ!」
「……明日から……」
「はいっ!」
言いながら嬉しそうに
「今日のお洋服には、どの、おりぼんを、合わせましょうか?」
と、声をあげながら。
触れることも嫌がらずに、私の髪を結わえてくれるローラに合わせるようにして。
私は小さく笑みを溢した。
「これがいい」
指さした先にあるのは、母がくれた自分の好みを前面に押し出したものでも、皇帝が購入してくれた華美なリボンでもなくて。
――本当は“生前”一番といってもいいほどに気に入っていたのに
【市井の物でお恥ずかしいのですが、お嬢様にお似合いだと思って】
と渡されて、皇女という安い“プライド”のせいで一度もつけなかった。
ローラからのプレゼントだった。
私の一言に、驚いたように目を見開いた彼女は。
「はいっ! 絶対に似合うと思いますっ」
そのあと、パッと笑って、弾んだ声を出した。
……それから、どれくらい経ったろう。
他愛ない話の切れ間……。
「そういえば花瓶のお花、しおれちゃっていますね」
と、声をあげたローラは
「明日、新しいお花を持ってきますね、ついでに今綺麗にしてしまいましょう」
と、私から離れて、部屋に飾ってある花瓶へと向かっていく。
そうして、花瓶を持った、その瞬間。
ずるり、とローラの身体が傾くのが見えた。
【危ない!】
……と。
咄嗟に、そう思った瞬間。
――ぎゅるり、と体内の、とでも言えばいいのか。
周囲の、とでも言えばいいのか。
空間が、よじれて……
「【そういえば花瓶のお花、しおれちゃってますね】」
――気付けば他愛ない会話をしながら、ローラは私の隣に居た。
そうして、“あっ”と思う間もなく……。
「【明日、新しいお花を持ってきますね、】」
と、声をあげながら、私から離れていく。
「ローラっ!」
反射的に、声をあげた。
“ついでに”と声を続けそうになったローラの足がぴたり、と止まり。
「どうか、しましたか?」
と、ふわり、と此方へと振り向いてくる。
「ううん、……なんでもない」
一言だけ、そう言った私の言葉にローラが穏やかに微笑んで。
“もう一度”花瓶にむかって、手を伸ばす。
今度はその足が滑って転ぶことはなく。
「今、綺麗にしちゃいますね」
と、嬉しそうに彼女が花瓶に手をやりながら再度、此方に振り向いて笑う。
「……っ! アリス様っ」
その瞬間、笑顔だった彼女の顔が次第に曇り。
そうして引きつった顔になるのを、私はどこか遠い頭の中で認識していた、と思う。
がしゃんっ! と何かが落ちて、激しい音が辺りに響き渡る。
【あれは、かびんが、落ちた……おと、?】
――こぽ、り。
それと、同時に自分の口から零れ落ちる異物感。
――嗚呼、本当に……。
なんの、因果なのだろう?
【前世、あれだけ傾倒したというのに……】
今。
目覚めたとでも言うのだろうか。
“魔女の能力”に……。
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