【書籍化,毎週月,木,土更新】正式に魔女になった二度目の悪役皇女は、もう二度と大切な者を失わないと心に誓う【コミカライズ】

双葉葵

第一部

第1話 そして、皇女は巻き戻る



誰かを蔑ろにした上に立っていた


誰も私を必要としていないことを

いつだって、分かっていた


傷つけられるその前に

傷つけてしまう方が楽だった


だから、我が儘も言ったし

傍若無人に振る舞った……。


気付いたら……


後に残っていたものは何一つ

私の手元には何一つ……


欠片すら残らずにぼろぼろと

ただ、零れ落ちては消えていた



**********************



覚えているのは深紅に染まった、自分。

目の前で、剣を突き刺さされたと、気付いたのは一瞬。

見慣れた金色の瞳と、忌々しげに、歪められた唇から、見て取れる憎悪。


【――嗚呼、間違えたんだ、私は】


そう、悔いたのは、本当に最期のこと、で。

自分の身体が倒れていくのも、まるでスローモーションみたいだな、と。

どこか、人事のような頭で考えた。





「……私は、死んだはず、では……?」


薄らぼんやりとした意識が次第に覚醒していく。

伸ばした指先が、自分のお腹をなぞるように往復する。

怪我など何一つなく、五体満足であることに、違和感を感じながら。

周囲を見渡して、此処が、見慣れた自室のベッドであることに気が付いた。


「死ねなかった……?」


ぽつり、と漏れた言の葉が、存外、重たくて、自嘲する。


「……っ! アリス様、お目覚めですか!」


誰かの声が耳を通り抜けていく。

いや、誰か、じゃなかった。

これは、酷く聞き慣れた者の声だ。


「……ローラ」


ゆっくりと声を溢す。


「はいっ! アリス様、良かったです」


ふわり、と穏やかに笑いかけてくる、その姿に


【そんな、はずは、ない……っ】


と、混乱する。

生前、私に仕えたこの侍女は、終ぞ私に仕えたままで。


【……アリス様、お逃げくださっ……う、ぁっ】


【っ! ……ローラっ!】


……最期のあの瞬間。

彼女は私を逃がそうとして、私よりも先に殺されたはずだ。


「……身体はっ? どこも怪我してない?」


確認するようにそう、声をかければ


「……え? ええ、なんともありませんよ?」


私の言葉が意外すぎたのか。

きょとん、とする、ローラに、私の方が驚いてしまう。


【死ぬ筈の人間が生きている】


……だったら、そう、これは未だ、醒めることのない夢なのか。

そうだとしたら、今なら何でも言える気がして。


「今まで、私に仕えてくれて本当にありがとう」


と、頭を下げて声を溢す。

私が、そう言ったことが意外だったのか、ローラの瞳が驚きに見開かれた。


「アリス様……?」


「もう、我が儘は言わない。

だから、これからもずっと、可能なら、私に仕えてくれる?」


問いかけに、驚きに染まった表情がふっと穏やかな物へと変化する。


「勿論です!」


嗚呼、そうだ……。

そう言われることは分かっていた。

ローラは、生前の私の我が儘にすら根気よく付いてきてくれていた。

試すような物言いになってしまったことを、私は恥じた。


また、私に仕えて欲しいなんて、あまりにも烏滸がましい。


「……うんん、違うな。私に仕えなくてもいい。

時間が許すなら、今度は好きな様に生きてくれていい」


ゆるり、と口に出した言葉は。

意図も簡単に、表へ出た。


最早、何にも縛られることもなく、私は自由だ。

それならば、彼女も、自由であるべきだ。

解放されるべき、だ。


「いいえ、アリス様!

私は、アリス様がなんと言われようと、あなたに一生お仕えいたします!

もしも、誘拐に遭われたことで、未だ、そのお心が傷ついているのなら、まずはその心を癒やすところから始めましょうっ」


「……うん……? 聞き間違えたんだと思う、今、なんて?」


「そんなっ! もしかして、誘拐された記憶がっ、ごっそりと消えていたりしますかっ? ああっ、そんなっ、やっぱりまだ本調子ではなかったのですねっ、直ぐに医者を」


「……待ってっ! ゆうかい、誘拐、……覚えている。

……でも、あれは、私が10になったばかりの話で、……っ!?」


「アリス様?」


「……ローラ、やっぱり今すぐ医者を呼んで欲しい」


「……っ! 承知しました!」


バタバタとローラが走り去っていく音がする。

それが、完全に消えたあと。


私は、今、自分に起こっている現象があり得なさすぎて手のひらを眺めたあと、布団を捲って足を確認する。


何度みても、同じだ。

五体満足であることに変わりは無い。

だけど、どう見ても、手足が小さくなっていることを確認してしまった。


ずるり、と、ベッドから這い出ることにした。

どうしても、確認しなければいけないことがもう一つだけあった。


部屋の片隅に置かれた姿見に足を向ける。


「……そん、なっ……!」


声がぽつり、と零れ落ちた。

この世界では、忌むべき魔女の姿を鮮明に受け継いだ紅色の髪。

ぺたり、ぺたり、と、どこを触っても。


私は、私だ。


だが、あまりにもその姿は記憶にあるものよりも幼かった。


「過去に、戻ってる……?」



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