【完結】泣いてもいいよ

いろは えふ

泣いてもいいよ

 やよいちゃんは、幼稚園に入園したばかりの3歳の女の子。ママと離れちゃう幼稚園が嫌いで、野菜も嫌い。中学生のお姉ちゃんと、小学生のお兄ちゃん、会社員のパパと、絵本作家のママと一緒に暮らしています。


 ママの描くキラキラの絵本が大好きなやよいちゃんが、今日も幼稚園に行く前に絵を描いていると、とってもステキな絵が描けました。


『ママが喜んでくれるかしら?』


 ワクワクしながら、仕事中のママの部屋へと向かいます。


 ところが、やよいちゃんがママに絵を見せようとすると、ママは真っ赤な顔をして、目を三角に吊り上げて、鬼みたいに怒るのです。


「早く幼稚園の準備をしなさい! ママは今忙しいの! お姉ちゃんにごはん頼んでるから、早く食べちゃいなさいっ!」


『いつもなら褒めてくれるのに……』


 やよいちゃんが悲しい気持ちで、お下がりのボロいすに座ると、今日のごはんの皿には、大好きなウインナーと目玉焼き。ふりかけごはんが乗っていました。けれど、皿のすみに、ほうれん草とタマネギ、トマトまで乗っています。


 野菜を残してごちそうさまをすると、お姉ちゃんに見付かってしまいました。


「やよちゃん! ちゃんとお野菜も食べるの!」

「イヤ! やよちゃんお野菜いらないもん! お姉ちゃんの意地悪っ!」


 ごはんを食べ終わったら、嫌いな幼稚園に行かなくてはいけません。ぷぅっとふくれっ面で、お姉ちゃんに駄々をこねてみたのですが、学校前にゲームをしているお兄ちゃんを注意していて、話を聞いてくれません。


 お姉ちゃんとお兄ちゃんは、そのまま学校へ行ってしまいました。


『みんな今日は意地悪で、なんだかつまらない』

 やよいちゃんは思いました。


 皿の上の野菜とにらめっこをして、足をぶらぶらしていると、ボロいすがグラリとかたむいて、やよいちゃんは背中を打ってしまいました。


「うわあーん! 痛いよー! ママー! ママーー!!」


 大きな声で呼んでみますが、仕事中のママには、聞こえないようでした。


『あ~あ。おとなりに住むアオバちゃんは、お姫様のピカピカのイスに座ってるのにな……。このボロいすも嫌いっ!』


 ボロいすの背もたれの、擦れたお姫様をペチンっと叩くと、なんだかイスも痛そうです。   


 ケガでもしているのでしょうか。やよいちゃんは、イスの背もたれに、汚れたばんそうこうが貼ってあることに気付きました。


 不思議に思い、ばんそうこうをはがすと、そこには小さな穴が開いていました。指で広げてその穴をのぞき込むと、優しそうなお姫様と、お菓子の国。お菓子の妖精の子ども達が、笑顔で歌を唄っているのが見えます。


『いいなあ。とっても楽しそう。幼稚園に行かずに、大好きなお菓子だけ食べて、楽しく遊んだり、歌を唄ったり。それだけ出来ればいいのに』


 やよいちゃんが思うと、いつの間にか、イスの穴に吸い込まれていました。


「あら、やよいちゃんいらっしゃい。お菓子の妖精達の幼稚園にようこそ」


 さっき穴の外から見たお姫様が、笑顔で出迎えてくれました。懐かしい感じのするそのお姫様は、ボロボロのドレスにエプロン姿の、砂糖菓子で出来たお姫様先生です。


「えっ? ここは幼稚園なの? やよちゃん幼稚園が嫌いだから、すぐに帰らなくっちゃ!」


 やよいちゃんがあわてて帰ろうとすると、チョコレート妖精の男の子が、声を掛けました。


「どうして幼稚園が嫌いなの?」


 首を傾げて聞いてくるのです。


「だって、ママと離れちゃうから」

「うん。ボクもいつも泣いちゃうんだ。けどママは、ちゃんとお迎えに来てくれるよ」

「そうだけど……。でも、お昼ごはんにお野菜が出るもん」


 やよいちゃんが答えると、今度はクッキー妖精の女の子が、目を輝かせて、明るい声で言いました。


「大丈夫! ここのごはんは、いつもお菓子よ」

「本当に? やよちゃんお菓子大好きだよ!」

「いたずらしても怒られないし、みんなとっても優しいよ」

「お庭のお菓子も食べ放題だしね!」

「そうなんだ? それならちょっとだけ、一緒に遊ぼうかな?」


 キラキラとした瞳で、楽しそうな妖精の子ども達の様子に、やよいちゃんがうなずくと、みんなが嬉しそうに、やよいちゃんと手を繋ぎました。


 大好きな歌にダンス、外遊び、落書きのいたずらだって、みんなが上手だねとほめてくれます。


 やよいちゃんは楽しくなって、みんなと一緒に、たくさん遊びました。


 お腹の虫がグーっとなって、いよいよお菓子の給食の時間です。今日のメニューは、虹色のカラフルなカップケーキと牛乳でした。


「うわあ! とってもおいしそう!」


 お腹がペコペコのやよいちゃんは、パクリとカップケーキをほおばりました。甘くてふわふわで、優しくて、とても美味しいカップケーキです。


 おかわりをして、いっぱい食べるやよいちゃんを、ニコニコしながら眺めていたお姫様先生が。


「やよいちゃん。お野菜食べれてエライねっ!」


 ほめてくれましたが、野菜なんてどこにも見当たりません。


「え? お野菜? お野菜なんて入って無いよ。甘くてふわふわの、美味しいカップケーキだよ?」

「うふふ。実はこれは、お野菜と果物で作ったカップケーキなのよ。ピンクはいちご、緑はほうれん草、オレンジはみかん、紫は紫いも、赤はトマトよ。よくかんだら、お野菜の味もするでしょ?」


 やよいちゃんは、目を見開いてパチクリ。とっても驚いてしまいました。もう一度カップケーキをジッと見て、ガブリ!


 今度はしっかりかんでみました。けれど、いつもの野菜のように苦くありません。


「本当だ! やよちゃんお野菜食べれちゃった!」

「うん! やよいちゃんスゴイね! でもやっぱりお野菜は嫌いかな?」

「えっとね、ちょっとだけ好き!」


 みんなすっかりお腹がいっぱいです。


「さあ、ごちそうさまの次は、みんなで絵を描きましょう」


 先生がそう言って、みんなそろってごちそうさまをした後は、大好きな絵を描く時間です。カップケーキのような綺麗な色をたくさん使って、仕事中のママの絵が、とってもステキに描けました。


「ねえ! みてみて! やよちゃんのママだよ!」


 絵を見せようと振り返ると、ちょうど友達妖精のママが、迎えに来たところでした。


 ぴょんっと飛びついた、友達の妖精を抱っこして、絵をにっこりと見ています。


「ママ……」


 鼻の奥がツーンとなって、仕事をするママの絵を見ながら、ママが恋しくなってしまったやよいちゃんは、顔をくしゃくしゃにして、とうとう泣き出してしまいました。


「うわーん! うわーーん!! うわーーーん!!!」


 やよいちゃんの泣き声がどんどん大きくなって、周りの景色が、ゆっくりと溶けていきます。


「やよいちゃんのママも、お迎えに来てくれたみたいね。さあ、やよいちゃん。お帰りの時間ですよ。お姉ちゃんとお兄ちゃんにもよろしくね!」


 お姫様先生の声が遠くなって、やよいちゃんが腕を伸ばすと、やよいちゃんは、ママに抱っこされていました。


「やよちゃん。やよちゃん! 大丈夫? 背中は痛くない?」


 心配そうな顔で名前を呼ぶ、ママに頷くと、ママが抱きしめて、優しく背中をさすってくれました。


「良かった……。やよちゃん。そろそろ幼稚園に行くわよ」


 ホッとしたように息を吐いて、ママが言いました。


 本当は行きたく無いけれど、行かなくてはいけません。ママと離れるのがさびしくて、ママにぎゅっと抱き付いて、今にも泣き出してしまいそうな顔で、やよいちゃんは言いました。


「ママ。あのね……幼稚園泣いちゃうから……泣いてもいいの?」


 するとママは、一度まゆ毛をぎゅうっと寄せ、やよいちゃんの頭を撫でながら、泣いているような優しい笑顔で言いました。


「うん……泣いてもいいよ。さみしいもんね。けど、ママがお迎えに来たら、ニコニコ笑顔で元気に帰って来てね?」

「うんっ!!」


 やよいちゃんは安心して、大きく笑顔で答えました。


「さっきはごめんね? 帰ったら、やよちゃんが描いた絵も見せてくれる?」

「うんっ! 上手に描けたの! お菓子の国のお姫様!!」

「そっか。絵が見れるの、ママ楽しみにしてるわね?」


 ニコニコのママにほおずりして、やよいちゃんは、仕事中のママの絵を、ママのカバンにそっとプレゼントしておきました。


 少しお姉さんになったやよいちゃんは、その日の給食の野菜を、少しだけ頑張って食べてみました。

               おしまい



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