第15話 帰郷
「まともな客船って言うのは良いもんだな。雑用させられることも無いし」
「でもさ、それって誰のおかげだと思ってるの?」
「そうね。本を見つけたミーナちゃんと、その本を引き取る代わりに帰りの旅費を、しかも三人分出してくれた館長には、感謝してもしきれないわね」
事を終えた三人は、既にラドフォードへと帰るための船に乗っていた。秋は足早に駆け抜け、吹きすさぶ寒風が冬の到来を告げていた。
「それにしてもさ、このパチンコって道具は中々難しいね。もうちょっと上手く飛ばないかな?」
そんな寒空の下の甲板では、椅子に腰掛けてくつろぐエリーとジェフを尻目に、ミーナが以前に手に入れた道具の練習をしていた。
やる事が無いというのは、彼女のような快活な若者にとっては、何よりも苦痛だったのだろう。先ほどまではエリーに術の指南を受けていたが、延々と講釈を垂れることに疲れた様子の彼女に気をつかい、一人でも出来る、他ごとを始めたところだった。
「ホント不器用だな、貸してみろよ」
あまりに無様な扱いにしびれを切らしたジェフは、パチンコと弾代わりの小石を受け取ると、たまたま目にした流木を指さした。
「あれを狙うぞ」
そして狙いを定め、引き絞った弦から指を離すと、緩い弧を描いて飛んだ小石は見事に流木に命中した。
「うーん、もうちょっと練習する……」
「せいぜい頑張れよ。にしてもこんなおもちゃで何しようってんだか」
「まあ良いんじゃないかしら? 何かの役に立つかもしれないわ」
少年は呆れた表情を浮かべたが、それとは対照的に、まるで幼子を見守るかのような優しい視線を向けるエリー。
「うーん、何だか悔しいなぁ……」
納得いかないとばかりに眉間にしわを寄せるミーナ。再び手にしたパチンコから放った小石は、流木のよりも遥かに下流へと着水し、虚しく水音を立てた。
それでも少女は諦めずに、時折現れる漂流物やらを狙って練習を続けた。
やがて日が暮れ、ミーナとジェフは客室ののベッドに寝転んでいた。
「ねえジェフ?」
「ん?」
何をするでもなく、暇そうに天井を見つめていた少年に、少女が話しかける。
「ブローチだけどさ……」
「返す。お宝はまた今度で良いよ」
少女が言葉を終える前に言葉を返したジェフは、直ぐ様にブローチを懐から取り出した。
そして、鮮血のような、深紅の宝玉を抱いたそれをまじまじと見つめながら、口を開いた。
「結局、この宝石の事は館長たちには言わなかったけどさ、ミーナとエリーさんが言うように、その……幽霊って言うか、例の女の子の……魂が本当に入ってるんじゃないかって思って」
いつに無く神妙な面持ちで、ジェフは言葉を続けた。
「死んだら魂は体を抜けて自然に還るって、俺もそう思ってる。それなのにこの子の
魂は、こんなに小さな石に閉じ込められるんじゃないかと思ったら、お前とおんなじで何とかしなきゃいけない、って気分になってさ」
「……ありがとう」
ミーナはただ一言、礼を言うと差し出されたブローチを手に取った。
「あっ、でもよ、今までの流れからいくと、もう一回あの城に行くと思うんだけど、もし、その時にお宝があったら、それは俺のだからな!」
「はいはい、もし見つかったら全部あげるよ」
普段のおどけた表情に戻ったジェフを見たミーナは、少し呆れながらも安心したように笑みを浮かべた。
数日の後、船はラドフォード最寄りの港に到着した。最寄りと言っても、ここから徒歩だと三日は掛かるのだが、帰りの旅費にはまだ余裕があったので、三人は馬車に乗って故郷を目指した。
港街を遠望する丘をひた走る馬車。そこから見える景色を眺めながら、ミーナは小さくため息をついた。
「もう冒険もおしまいだね」
「冷静に考えたらさ、家に帰るって事は、親父にぶん殴られるかもしれない、って事だよな……」
感傷に浸る雰囲気を台無しにするかのような、ジェフの発言に少女は肩をすくめた。
「大丈夫よ。お父さんにぶん殴られる前にもう一仕事があるから」
何が大丈夫なのか、エリーの発言は二人には良く分からなかったが、まだやり残したことがあるのは確かだった。
こうして、三人を乗せた馬車は冒険の佳境へと向かうべく、石畳の街道を駆け抜けていった。
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