第2話 幼馴染

 辺りは再び暗闇に包まれた。少女は一仕事終えたかのように大きくため息をつき、額に滲んだ汗を袖で拭う。


「あんな扉があったんだ……」


 城の隅々まで知りつくした様な口ぶりの少女だったが、灯りも無い彼女にはこれ以上調べる術は無かった。


「…また今度かな」


 再度ついた大きなため息とともに呟きを残して、少女は城を後にした。




「ただいまー」


 古城の潜む暗い森を無事に通り抜け、家へと帰り着いた少女は扉を閉めながら言った。


「おかえり」


 その声に答えるように奥の、炊事場のある部屋から低い落ち着いた声が聞こえる。


「今日は遅かったじゃないか、どこかに行っていたのかい?」

「うん……まあね。ねえ、今日の夜ご飯何?」


 外套を壁に掛けた少女は、奥の部屋へと進み、かまどの前に立つ老いた男に寄り添った。


「豆とキャベツのスープだよ、もう出来ているから荷物を先に片付けなさい」


 老人がスープを皿に盛り付けながらそう促すと、少女は大きくうなずいた。



「いただきます」


 食卓へついた少女は、湯気の立つスープと何切れかのパンを前にして、そう一言言う。その姿を見た老人は目を細めて言葉を返した。


「たくさん食べなさい、まだスープもパンもお替りがあるよ」


 薄い琥珀色のスープに固いパンをひたし、それを口に運びながら少女は話し始めた。


「ねえ、おじいちゃんは森の中に古いお城があるのって知ってる?」

「ああ、知っているが……、あそこは危ないぞ」


 少女の言葉に、ほんの一瞬、手を止める老人。


「何かあるの?」

「……人目に付かない場所にある上に、なにせ古い。色々と危険が潜んでいるという意味だよ」

「行っちゃだめ?」


 表情を窺うような上目づかいで少女に聞かれると、老人は眉間に少し皺を寄せながらも目を細めて答えた。


「ミーナ、おじいちゃんを心配させないでくれ。どうしても行きたいのなら、せめて一人ではなく友達と一緒に日が暮れるまでに帰ってきておくれ」

「うん、わかった」


 傷だらけの大きな手で頭をなでられながら諭されたミーナは小さくうなずいた。




 山間の町に木枯らしが吹き抜け、秋の終わりと冬の始まりを人々に感じさせる。

 朝日の温もりをかき消すように吹きすさぶ寒風の中、ミーナは家を後にした。


「いってきまーす」


 路地裏に元気の良い声が響くと、少女は早歩きで路地裏を歩き出す。その路地裏から一歩出ると、石畳の街道に出るとそこには忙しなく行き交う人々が。中には馬車や荷車も往来しており、そんな中を彼女は縫うように歩いていく。

 やがて目抜き通りに差し掛かり、両脇に朝市の露店が並び始めると怒号にも似た声が響き、道は人で埋め尽くされる。地元の人間のみならず行商の露店も並び、ここが王都からは遠く離れた、山間の町である事を忘れさせるほどの盛況であった。

 その人ごみの中をかき分けながらミーナは歩いていたが、ふと視線を露店で買い物をする一人の少年の方に向けた。少女にとって良く見覚えのある少年。その少年に近づくと、彼が背負った鞄を叩きながらミーナは声を掛ける。


「ジェフ! おはようっ!」


 不意を突かれた少年は体をすくめ、手にした紙袋を落としそうになる。


「なんだよミーナか、驚かせやがって」


 振返りながら眉間にしわを寄せる少年――ジェフをよそに、少女はクスクスと屈託のない笑みを浮かべる。


「驚き過ぎだよ。ほんと、ビビりだね!」

「うっせーな! 笑ってないでさっさと行けよ、遅刻するぞ!」

「なに? 怒ったの?」


 ふてくされたまま歩き出すジェフをからかいながらもミーナは後を追う。そんな他愛もない、いつも通りのやり取りをしながら、二人は町の東の外れまで共に歩みを進めた。




 十数分後、到着した先にあったのは年季の入った建物、二人の通う学校であった。

石造りの、学校の歴史と権威を感じさせるような重厚な校門を抜けると、二人は各々の教室へと向かう。


「また後でね、昼休みにいつもの場所で」

「ああ」


 別れ際にそんなやり取りをしていると予鈴が校舎に響いた。普段通りの、昨日とも一昨日とも変わらない光景。そして二人は駆け足で教室へと向かった。




「えー、その為にこのラドフォードという町は山間にありながらも……」


授業で習う、自分の街の歴史に興味が無いわけでは無い。だが、少女はもっと気になる事があるかのように、うわの空で外を眺めている。秋晴れの高い空をぼんやりと眺め、そして小さくため息をつく。

そんな風に現を抜かしているうちに、終業の鐘が鳴り、生徒たちは一斉に席を立った。


「明日は試験も行うので皆しっかりと……」


教師の言葉を最後まで聞かないのはミーナも例外ではなく、椅子から立ち上がりざまに鞄の肩ひもを握りしめると、ジェフとの約束の場所へ駆けて行った。




校舎の階段を駆け上がったその先、木製の扉を開けるとそこは町を一望出来る屋上だった。正午の太陽は少し眩しく、ミーナは目を細めながらジェフの姿を探す。

すると驚かせんとばかりの大声と共に、少女は背中に衝撃を受けた。


「おっせえぞ!」


朝、ジェフにをした事をそっくりそのまま返されたミーナ。少女は苦虫を噛みつぶしたような顔で少年に批難の眼差しを向ける。


「もうっ! なにするのさ!」

「よく言うよ。これでおあいこな?」


手にした紙袋から取り出したパンをかじりながら、屈託の無い笑顔を浮かべる少年を見て、ミーナは肩をすくめた。


「なんかジェフと精神年齢一緒みたいで嫌だな」

「同い年なんだから気にするなよ」


少女の嫌味も大して気に留めない様子で、ジェフはパンを頬張りながら屋上の縁へと歩き出した。


「ところでさ、森の中の古城って覚えてる?」


鞄から取り出したパンを同じように口にしながら、少年を追い掛けつつ、ミーナはそう尋ねた。


「覚えてるぞ。昔探検したよな、それこそ端から端まで」

「良かった、覚えてて! それでさ、確かに隅々まで探検したと思ってたんだけど、実は隠し部屋みたいなのがあったんだよ!」


縁に腰を下ろしながらミーナは早口に続けた。


「塔があったのは覚えてる? その塔の上り口がある小部屋?の片隅に穴が開いてて、穴を覗き込んだ先に見覚えの無い扉を見つけたの!」

「まだあそこ行ってるのか……、いい加減飽きろよ」


二つ目のパンを頬張りながらジェフがあきれた様に答える。


「ねえ、一緒にその扉までの通路を探してくれない?」


手にしたパンを握りつぶさんとばかりに拳を作りながら、ミーナは語気を強めたが、そんな彼女を見ながら、ジェフは大きくため息をついた。


「どうせ『手伝うよ』って言うまで付き纏うんだろ? 手伝ってやるよ。まあタダとは言えねーけどな」

「そう言うと思ったよ。で、何して欲しいの?」

「昼飯一回おごりで良いぜ。もしくはお宝があったら山分けで良いぞ」


ジェフらしいな、そんな風に思ったように、ミーナは肩をすくめて苦笑しながら少年の要求を承諾した。


「良いよ、あんまり高い物はおごれないけどね」

「昼飯よりお宝が良いんだけどな。今日は暇だし、付き合ってやるよ」


白い歯を見せてジェフが笑うと、ミーナはもう一度肩をすくめた。


「ありがと、じゃあまたあとでね。場所は覚えてると思うから、現地集合で!」


ミーナが上げた手にジェフが手を合わせ、パチンと言う乾いた音が鳴ると同時に昼休みの終わりを告げる予鈴が響いた。

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