使ってはいけない①
「あ、あの奥のシート。あそこはどんなに店内が混んでても絶対に使っちゃダメだからね。女の子にもよく言っといて」
店長はそれだけ言うと、特に理由は話さずに再び仕事の説明へと戻った。
これは俺がキャバクラ……もとい、お触りありのパブで、店内スタッフとして働いていた頃の話である。
その店は駅からさほど離れていない、繁華街の中の雑居ビルに入っていた。
1階が受付で2~4階が接客フロア、5階が嬢の更衣室と待機スペースと、よくある構造の店だ。
和をイメージした煌びやかな看板に惹かれてふらっと入店してくる客が多いため平日休日問わず比較的繁盛している店だったが、どんなに順番待ちの客が多くても絶対に客を入れないシートがあった。
それが冒頭の、店長が言っていたシートだ。
接客フロアは広い空間の中にたくさんの衝立と暖簾がかかっており、その一つ一つのスペースに嬢と客が寝そべって使用できるビニール製のマットレスのようなものが置いてある。
要は半個室のキャバクラだ。
その半個室の中では嬢と客がイチャイチャプレイをしているわけだが、そこで“どんなこと”が行われているのかまでは店員も把握していない。
表向きはただの“お触りありのキャバクラ”ということになっていたが……
その日は朝から天気がいいというのに、珍しく客入りが悪かった。
せっかく出勤してくれた嬢達も暇そうにしながら待機スペースで携帯ゲームをしたり、お菓子を食べたりしながら駄弁っている。
俺も特にすることが無かったため、とりあえずフロアの掃除をすることにした。
(そういえば、あのシートを使っちゃいけない理由ってなんなんだろう)
問題のシートは4階のいちばん奥にある。
暖簾にはでかでかと“立入禁止”と書かれた紙が貼ってあるが、ちらっと暖簾を捲って見た感じでは特に何かが故障しているだとか、使えない理由みたいなものは見当たらなかった。
ただ、そこだけ異様に重たいというか、変な空気が漂っているのは確かだった。
今にして思えば、この時の俺はどうかしていたのかもしれない。
なんでそんなことをしようと思ったのか不明だが、俺はそのシートで仮眠を取ることにしたのだ。
(どうせここは誰も使わないし、客が来たらアラームが鳴るからわかるだろ)
俺はシートに寝転がると、そのまま眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます