賜り物

葉月 朔

第1話 穴蔵の栽培師

「栽培師〜いるっしょ〜?」

小高い丘の上、整地されたそこは風通しの良い庭か畑のようになっている。夕刻の日が橙色に辺りを染める時刻。大きな木箱を背負った女性が、その畑の片隅にある蓋のようなものを開け、誰かに呼びかけていた。

「……んー、薬師か。久々だなぁ。入っていいよ」

その返事を聞き終わらないうちに、薬師と呼ばれたその女性はヒラリと地面の穴に飛び込んだ。

地下の空間は、住居のような造りになっていた。地中に穴を掘って作られたその玄関のようなスペースに着地した女性を、少し身長の高い女性が待っていた。

「……今回もまた急だね、どうした? 薬草でも切らしたか」

栽培師、そう呼ばれた彼女は無に近い表情のまま、少し低めの声で尋ねる。

「それもあるけど……今日は別件があってね!」

薬師、そう呼ばれた彼女が天真爛漫に笑って、弾んだ声で答える。

「ふーん。取り敢えず、お茶でも淹れよう」

栽培師と呼ばれた女性は奥へと進む。どうやらアリの巣のように入り組んだ構造になっているらしく、奥に客間があるらしい。

「来る度に思うけど、すんごい家だよね〜。まさに穴蔵って感じ。あ、ここの漆喰直したんだ」

「……あぁ、前に来たときはヒビが入ってた時だったか。流石に壁が崩れると困るからねぇ」

奥の部屋に通された薬師は椅子に座る。栽培師は小さなコンロにヤカンを置いて火を付けた。その後ろ姿を、薬師は楽しそうに眺めている。

「……で? 用向きは何かな?」

しばらく後、湯気の立つマグカップを薬師の前に置いて、栽培師は椅子に座りながら尋ねた。薬師は勿体振った様にフフンと笑う。

「金丹、持ってるでしょ?」

その言葉に一瞬栽培師の手が止まる。少し訝しげにチラリと薬師を見た。

「ちょっと前に行商人に聞いたんだよね〜、キミに金丹の種を売ったってさ」

「……あぁ、そういうことか。育てて実が生ってるなら、売って欲しいっつーことか?」

そういうこと、と言いたげに薬師がニッコリと笑う。それに溜息をついて、栽培師が口を開く。

「薬師やってんなら知ってるっしょ? ……金丹は確かに夢のような万能薬だけど、博打みたいなモンじゃん」

金丹、その効果と希少性からそう名付けられているものの、伝承に語られるような万能薬ではない。

「……うん、食した者は高確率で死に至り、死に至らなかった僅かな者が不老長寿を手にするんでしょ?」

「わかってんなら、どうして」

「どうしても必要になったからだよ」

沈黙が流れる。比較的仲の良い二人にしては居心地の悪いそれに、二人共押し黙ったまま、手元のカップの中を見つめていた。

「何か、あった?」

栽培師が先に口を開く。それでも黙ったままの薬師。栽培師は立ち上がり、食器棚を漁り始めた。

「まぁ、良いけどさ。深くは詮索しないでおくよ。……但し、実は売れない」

「何で……!」

焦ったように顔を上げた薬師の眼の前に、1つの薬瓶を置いた。

薬瓶の中のそれはひどく美しかった。金色で、真珠ほどの大きさの丸い実が5,6個程、透明な液体の中に沈んでいる。実の色が移ったのか、その金色の液体は淡く光っていた。

「え……何これ!」

薬師が思わず声を上げる。その丸い金色の実は確かに、資料で見た金丹そのものだった。

「何となく、金丹を酒に漬けてみた。金丹酒……みたいな?」

「え、でも毒性が……」

「あぁ、淡く光ってるっしょ? それ。その光が完全に消えたら、完成だよ。猪口一杯の水にその液体を一滴で効く。効能はあらゆる病気と不調。でも残念ながら、老衰には効かないかな。それと、外傷に効くかはまだ分からない」

「どういう……」

戸惑う薬師に、栽培師が部屋の隅にあった鉢植えを持ち上げて、テーブルの上に置いた。

「鈴蘭……じゃない、これ、灯草?」

鈴蘭によく似た赤い花が、淡く光っている。名を言い当てた薬師に、栽培師が頷いた。

「そう、コイツって毒の土でも生きていられるんだけどさ。実は毒に耐性があるわけじゃないんだよね」

「あー……そういえば確かに、よく生えてるよね。そうなんだ」

「あぁ、旅をしてるキミならよく見てるよね。コイツは吸い上げた毒を光に分解する物質を持ってるらしいんだ。だから、金丹酒にコイツを煎じて入れてやったら……」

結果はこの通り、と淡く光る薬瓶を手に取る栽培師。薬師は苦笑する。

「やってる事、殆ど薬師のそれじゃん。……薬師に転職した方がいいんじゃない?」

「……『調合』の“賜り物”は確かに持ってるけど、キミの足元にも及ばないよ。私の“賜り物”で1番強いのは『栽培』だからね。」

ん?と、薬師が唐突に首を傾げる。

「……ねぇ、光が消えたら完成って分かってるってことは……」

「ん?あぁ、配合も調べたし動物実験も臨床実験も済ませてるよ」

ニコニコと笑う栽培師に、薬師が引き攣った笑みを返す。

「臨床実験ってつまりそれ、人体実験……」

「あー、あー聞こえなーい」

「……因みに、誰のどんな病気治した?」

「えーと、すぐ近くの村で小さな学校やってる教師が風邪ひいてたから飲ませたのと、あと漁師のぎっくり腰とか……その他諸々かな」

「麓の村の人たち実験台にしてるんだけどこの人!!!」

ケラケラと笑う栽培師に、薬師は頭を抱えた。


○○○


「ホントにそれで良いの? 薬草も含めて……お金なら払うよ?」

「いーよいーよ、これで充分。今の所、特に困ってないしね」

翌朝、東の空が白み出す頃。栽培師と薬師は地上に出ていた。栽培師の手には、薬師の描いた絵が握られている。

「その金丹酒、ちゃんと用量守ってね」

「了解、ありがとね」

それじゃ、また。と、薬師は背を向けて丘を去っていく。栽培師は、朝露を含んだ草の向こうにその背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

「さて……」

蓬莱の玉の枝が、そろそろ定着してくれないだろうか。それと、金丹の木の2本目を育てようか。あぁ、それにしても……

「久々に、楽しい夜だった」

ポツリと呟くと、徐々に山から顔を出す朝日が眼下の村を照らしていく様を眺める。栽培師はそれが眩しいと言わんばかりに大きな麦わら帽子を目深に被った。

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