第二話
ジャム王子様
「はっはっはっ! 気持ちのよい朝だぞっ、
ひどくでかい声だった。
慣れない土地の慣れない部屋で恐怖した覚えはあるのだが、あの後すぐまた眠ってしまったらしい。なにやら躰中が痛い。
「ど、どちら様――」
眠い目をこすりながら言いかけて、ハッと口を
傍らに立っていたのは、王様だった。ジャムおじさんによく似た。
「はっはっはっ! 我が名はサーク・フォン・アッテンボロー。モナコ皇国の第二王子だ」
確かに顔は(声も)とてもよく似ているが
「さっそくお勤めを果たしてもらいたい――と言いたいところだが、今日は地理案内を兼ねて軽く壁の外を回ろうではないか」
(えーっ、壁の外ってなんかモンスターとかいるんでしょ、やだなあ)
「お仲間は、もうやる気満々だぞ」
背後へチラッと視線を向け、見ると確かに出入口のところでジローちゃんとぽん太が手ぐすねひいて待っていた。
「信じられないっスよ、なにやる気出してんですかぁ」
手綱を引きながら輪駆が呆れた声を出す。
ジャム王子様を筆頭に、輪駆、ジローちゃん、ぽん太は馬を駆り、城下町を駆けていく。
「いや、だって」とジローちゃん。「鷹狩りやるっていうからさあ。アチいだろ?」
「何が『アチい』ですか。クソ台じゃないですか、あんなの」
「おまえさんは初代を知らないからそういうことを!」
モグラとマゾ美はお留守番とのこと。正確には彼らは城の中を散策するらしい。
(そういえば、あのエナーコとかいうのどうしたんだろ)
この国のことだ、きっと拷問とか考えたくもないような恐ろしいことはしないだろうが、とはいえ敵は敵だ。それも中ボス格の。
「それにしても不思議なもんだよな」
ぽん太が自ら駆る馬(?)の首筋を撫でながらいった。
「乗馬なんてしたことないのに、こうやって自然に乗れてる。なんか異世界って感じだな」
「……楽しそうですね」
嫌味ではなく、素直に口をついて出た言葉だった。四大精霊がどうのこうのとか、こういうのが好きなタイプなんだろう、
サイコ・ガンに変わってしまった腕は、一晩寝たら元へ戻ったらしい。あんな腕では生活もしづらいだろうし、よかったよかった。
(でも、クリスタルボーイに勝てないぞ)
は?
一瞬、ぽん太が何かを言ったのかと思った。が、いまのは輪駆の内側からの声のようだった。完璧に
「そういえばスマホどうしました?」
輪駆の声にジローちゃんが反応する。「そりゃあ城で充電を頼んださ。こっちはパチもスロもないだろ、精々スマホアプリでもやらなきゃやってられんだろうが」
「朝から鷹狩りでウキウキしてたくせに」
「パチは別腹!」
肩をすくめて、輪駆は過ぎ行く街並みを眺めた。
道はレンガで舗装されていて、馬の蹄の音が気持ちいい。城門から離れるにつれ、商店のようなものは減り、民家の数も減ったが、壁の内側は思ったよりもだいぶ広い。
――そういえば壁の内側に国があるんだっけ、そりゃ広いか。
舗道は終わり、草原といっていいような場に出た。左手前方には林が見える。その先にもまだ壁の姿は気配すらない。
サーク第二王子が馬の手綱をゆるめ、片手をあげた。
振り向いて、
「慣れない乗馬で疲れたのではないですか、そろそろいったん休憩にしましょう」
「いや、俺は全然疲れないぜ! このぐらいで疲れてたら開店から閉店までやってられねえよ!」とジローちゃん。「な?」
「な、って言われても」と輪駆。
「ぽん太、おめえはどうよ?」
「あ、……全然大丈夫だが」
「馬がいるんだからさあ、競馬ねえのかな、競馬」
「ジローさんさあ」
王子の馬に足並みを揃えるように
キラキラと陽光を反射した池がある。
草の丈も短く、おそらく手入れがされているのだろう。砂漠ではないがちょっとしたオアシスといったところか。
「ぽん太殿、荷物は大丈夫ですかな」
「あ、ああ。大丈夫。中身までは保証しないが」
馬から降りて王子は馬の背に括り付けていたシート状のものを広げ置いた。
「まるでピクニックだな」
と、ぽん太が輪駆も考えたことを口にした。
「鷹狩りしよーよ、はやくー。飯とかいいからさー。缶コーヒーだけあればいいよー」
「缶コーヒーなんかあるわけないでしょ!」
サーク王子が、ん、と反応してぽん太から受け取ったバスケットに手を突っ込んだ。
「レインボーマウンテンで良ければ」
どうぞ、とジローちゃんに手渡す。
「お! わかってんねえ、やっぱレインボーよ! ジョージアは青いから飲まん!」
(黄色いからカレー好きでしょ、みたいなこと言うなよ~)というモグラの声がどこからか響く。
「俺はモーニングショット派だ」とぽん太。
「あるよ」と王子。
「え、じゃあもしかしてマックスコーヒーなんかも⁉」
思わず身を乗り出す輪駆に王子は
「ドクペならあるけど」
「ドクペ」
* *
一方、その頃――
城内は図書庫で、ひと悶着が起こっていた。
「あたしはとっとと元の世界へ還りたいんです!」
マゾ美が肩をいからせてエリュシオン第二王女と対峙している。
「そうもいかないんです! 何度いえばわかるんですか!」
革表紙の本をつかんだ手をマゾ美に突きつけるように王女は返した。
ふたりの女性の険悪なムードを前に、モグラはおろおろとするばかりだった。
「まだ昼前だっていうのに、騒がしいな」
あくびを噛み殺しながら、だらしなく腹をかいて若い男がやってきた。
「あ」
反応したのはエリュシオンだった。
「お兄様」
第二王女は、手にしていた革表紙の本を落とす。
ドサッという鈍い音が静かな室内に響いた。
「お兄様? あ、もしかして第一王子様ですか?」
モグラにしては神妙な調子で問いかけた。
王様とは似ていない、エリュシオンと血をわけたとよくわかる端正な顔だったが、どこか着崩した古着のような印象を与える男だった。悪い印象ではない。王様とはまるで似ていない、そっくりな第二王子とは全然違――
「いや、第二王子だ」
男がにやっと笑って、モグラに手を差し出した。
「サーク・フォン・アッテンボローだ、よろしく」
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