王女との対話

「ところで」

 とクレア似の女がいった。

「まだ自己紹介もしてませんでしたわね。わたしの名前はエリュシオン・フォン・アッテンボロー。このモナコ皇国の第二王女です」

「モナコ!」とモグラが反応した。「モナコサーカスかよ!」

 モナコサーカスってなんだよ。普通はモナコGPとかグレース・ケリーとかのほうだと思うだろうよ、と輪駆リンクは呆れたが、モグラの言葉にジローちゃんが反応した。あれ、でもモナコのレースのことはモナコサーカスとかいったっけ?

「モナコっていえば、やっぱマジカルランプだよなあ。よく友達と500円勝負しては昼飯代、助けてもらったよなあ」

 クレア似改めエリュシオン第二王女は、そんなオヤジふたりの言葉をさらっと受け流してつづけた。

「あなたたち異世界の勇者を召喚したのには訳があります。それはこのモナコ皇国の周囲に現れた異形のモノオールド・ワンたちと深くかかわっています」

 あ、なんかマジで異世界ファンタジーやるつもり、この流れで⁉

「我々モナコ皇国の住人には闘争心というものが存在しません。神の御代から安穏とつづく楽園であったこの国には争いが存在しないのです。相手がたとえ異形のモノだとしても――」

 一歩前に踏み出して虚空牙が問う。

「おまえはヴィーガンでも気取ってんのか? 闘争心があろうとなかろうと狩りや屠殺は存在するはずだ」

「いまオギャアアっていいました?」

「言ってねえよ!」

「まるで風見万吉みたいな喃語でびっくりしました」

「お、牛乳屋の息子!」とモグラ。

 何かピンときたらしく、虚空牙が重ねて問う。「いま、どこがオギャアだった? 『おまえは』のあとか?」

「そうです」

 背後のモグラに向かって虚空牙が、

「風見万吉ってのはなんだ?」

「『デカスロン』の主人公。古い漫画だけどね」

 はあ~、と深々と溜息をつく虚空牙。

「概念がないんだか単にこのおっさんの知識がベースになってんのか知らないが、どうして古い漫画の知識があってヴィーガンの知識がないんだ。意味わからん」

「で」とエリュシオン。「そのオギャアアってなんなんですか?」

「そうだな、獣の肉を忌避する連中ってとこだ」

「動物性タンパク質をとらないでいったい何で代用しているんです、その人たち」

 心底不思議そうに第二王女がいった。

「ウチナンチュが長生きなのは肉も野菜もきちんと食べているからなのに。範馬勇次郎もいってましたよね? 『毒も食らう 栄養も食らう 両方を共に美味いと感じ―― 血肉に変える度量こそが食には肝要だ』って」

 輪駆ははたで聞いていて、

(そのうち『監督、異世界ファンタジーがしたいです!」とか言い出しそうだな、この王女)

 と思った。

 ともあれ。

 どうやら彼女らの我が世界に関する知識は、ここにいる五人のものというより、大幅に偏っているのだろうな、と推察された。

 小汚い小太りのおっさん。

 このおっさんの興味の範囲外のことは、もしかするとまったく伝わらないのかもしれない、と思うと先が思いやられる。

「ちょっといいですか?」

 それまで黙っていた鳥肌ちゃんが割って入ってきた。

「それで――いったいわたしたちはどうしたらいいんですか? どうしたら元の世界に戻れるんですか?」

 必死さを感じる声音に、輪駆はそうだよなあ、と思う。俺とかおっさんどもとかはともかく、若い女性からしたらこの状況はちょっとコクだよな、と。

「そうですね。さしあたっては皇国を覆う壁、罪深き 壁ウォール・マグダラの外の世界がどうなっているか見てきてほしいのです」

「なあ、姉ちゃんよ。ここの住人ってのは壁の外とやらには出ないのか?」とジローちゃん。

「一部の狩人はもちろん外に出ます。それ以外には他国との貿易にいそしむ商人たちもいます。ですが、彼らも異形のモノどころか、普段にない気配や音を感じただけで怖くて逃げてしまいます。わたしはそれを臆病とは思いません。この大宮楽園に住む者たちからしたら外へ出るという――」

「ちょ。いま大宮楽園っていった?」

「いいました」

「……なんでもない。先を続けて」

 頭を振りながらいちいち反応していたら身が持たないぞ、と輪駆は自分に言い聞かせた。

 エリュシオンはにこっと微笑み、

「大宮楽園に住む者たちからしたら、これだけ豊かな場所から荒涼とした場へ赴くなど考えもつかないことなのですから」

 ともあれ、と第二王女は言葉を継ぐ。

「せっかく来ていただいた勇者の皆さまを、おもてなしもせず立たせておくなんて王女失格ですね。ささやかですが祝宴の場を設けさせていただきましたので、どうぞこちらへ」

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