【 距離10m 】


 メガネ先生は、僕の名前を黒板に大きな文字で書く。


「え~、南出 勇気みなみで ゆうきくんは、高知県の南国市なんこくしというところから転校してきた。まだ、分からないことも多いと思うので、皆も声をかけてあげて欲しい」


 パチパチパチと一定のリズムで刻まれる拍手。

 このリズムが、東京リズムなのか。

 僕が以前通っていた高校の高知リズムとは、随分と違う。


「またちゃんと席決めする時があるから、一先ず一番後ろの席に座って」


 七三分けの真面目そうなメガネ先生はそう言って、この教室の一番後ろの空いている席を指差す。


 皆の珍しいものでも見るような変な視線を感じつつ、狭い机の間を一人ずつ頭を下げながら、廊下側の一番後ろの自分の席へと向かった。

 真新しい机。僕のために用意してくれたのだろうか。


 僕は今、とても目立っている。

 なぜならば、一人だけ、前の学校の制服を着ているからだ。


 皆は、紺色のブレザーに臙脂えんじ色のネクタイ姿。

 いかにもテレビでよく見る東京の高校生らしい姿だ。


 でも、僕だけ黒の詰襟つめえりの『ザ・』だ。

 恥ずかしくない訳がない。


 新しいこの学校の教科書を鞄から取り出す。

 そして、メガネ先生の声のする教室の前の方を見る。


 すると、僕の座っている対角線上、窓際の一番前に座る女の子が僕を見て笑った。


 東京の女性はやはり違う。

 あんな宇宙人ほどにも感じるかわいらしい女性がこの世にいたとは。


 その時、なぜか彼女が僕に『』した。


(えっ?)


 僕の東京での学園生活は、こんな風に始まった。


 その時、彼女との距離は、10m程だったか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る