第2話 エルフ?な不思議少女 2~異世界召喚された少女



2 異世界召喚された少女


 彼女はなぜそうなったのかサッパリ分らなかった。

 うっすらと覚えているのは学校からの帰宅途中だったことだ。

 少し暑い初夏の紫陽花が植えられた花壇の傍を歩いていたはずだった。

 自宅のプランターで栽培していた苺がそろそろ食べ頃になるかなあと考えていた時、そこまでだった。

 思い出そうとしてもいろいろあやふやな感じではっきりとしない。

 気が付くと、ひんやりとした石床の上にいた。

 床一面には輝きを徐々に減衰していく幾何学模様があった。

 彼女にとってはゲームやアニメでお馴染みの魔法陣に見えた。

 あたりを見回すと、石でできた壁、石でできた天井……西洋風の大型石材建築の室内に感じられた。

 お城?寺院?教会というのともちょっと違う。

 そんな彼女を周囲を取り囲むように大勢のローブ姿がざわざわしていた。

 「よーし。夢だ」

 いつ家に帰宅して、いつベッドに潜り込んだのか記憶が定かではないが、映画のセットのような場所にいるわけがない。と自分を納得させた。

 そして何より、周囲の話声は日本語ではなかった。

 英語?によく似ている……気がする。

 頭を授業の英語に切り替えると、なんとなくだが理解できる。それこそが夢だ。

 とはいえ、義務教育で覚える英語はそう大したものでもない。

 彼女の英語の成績は最悪というほどではないが、褒められたほどでもない。

 そして、夢だと確信したのは自分の髪の毛を見てからだ。

 指先に触れた髪は彼女の腰ほどまで伸びるものだったが、それが見慣れた黒髪ではなく、輝くピンク色だったからだ。

 「うわ。……ピンクの髪はお色気枠でしょー……」

 どうせ夢なら可憐なお姫様系ヒロインが良かったのに。

 しかし、驚くところはそこではなかった。

 矢継ぎ早に突きつけられる質問の嵐の方が大変だった。

 彼女は必死に片言英語で応答していたのだが……。


 魔法は使えるか?剣はどの程度使えるのか?

 そういった問いがほとんどだった。

 使えるも何も夢の中なら無意識にバンバン使えたりするものじゃないのか?

 そう考えて、うんうんうなってみたり、不思議な踊りを踊ってみても何も起きなかった。

 剣に至っては、体育の授業で剣道をするというので防具をつける説明をされたりしたが、面防具のあまりの臭さに閉口したところで止まっている。

 竹刀の素振りすら経験していないので、使えるも何もない。

 もしかしたら夢ならではの超能力で何かできたりは……しなかった。

 「まかんこーさっぽーっ!」

 試しに昔アニメで見た必殺技を叫んでみたが、何も起こらなかった。

 「いやー。……困ったね」

 てへぺろ、なんて可愛らしくしてみたが、周囲の反応は冷たかった。

 「剣も魔法も使えないエルフ……」

 「全く役に立たない」

 「これは廃棄処分ですな……」

 廃棄処分?何言ってるの?意味わからないんだけど。と首を傾げる。

 しかし、彼らの判断は早かった。

 すなわち。

 外へ連れ出し塔の天辺から、文字通り掘りに向けて廃棄……投げ捨てたのだった。


 「ちょーっ!?……これはベッドから落ちて目が覚めるパターン?」

 背筋が凍るような浮遊感。

 錐もみ状態で落下していく、時間が想像より長い。

 堀の汚れた水面が急速に近づいていく中……彼女は気を失っていた。



 目が覚めた。

 ……といっても夢の中のままだった。

 石畳の上に転がったまま、頭から水をぶっ掛けられて目を覚ました状態だった。

 水は汚いというほどではないがどことなくぬるりとしていて、不快な感じだった。

 それが防火水槽に溜め置かれた水だとは気がついてはいなかったが、それすらマシに感じられるほど自分が汚水塗れであることには気が付いた。

 臭い。

 ドブの匂いといえばいいのだろうか。

 そして、目の前に木桶を持って立っていた青年が、しゃがんで目の高さを合わせてきた。

 「大丈夫っスか?」

 黒髪の、イケメンとまでは言えないがブサメンとまではいわない、それなりには整った顔立ちの男だ。

 ローブのようなものを纏っていて良くはわからないが、男性としては中肉中背といった感じだろうか。

 惜しむらくは少し垂れ下がった目が皮肉屋っぽい印象を与えていて、今の状況を少し笑っているようにも見えたところだろう。

 「手持ちの構成要素マテリアルコンポーネントが足りなくて、落下速度を落とすのが精いっぱいだったっスよ」

 半分くらいしか聞き取れなかった。彼女は英語があまり得意ではないのだ。

 「汚水に落ちたのは可哀相だったかもしれねーっスが、まあ、手足が取れたり怪我をしなかっただけでもラッキーと思ってほしいっスな」

 彼女は知らなかったが、城の堀というのは川の水を流すだけのものではなく、生活排水や……それこそ排泄物を流すまさに下水でもあったのだ。

 そのため周辺は普段から悪臭が漂い、食費などを扱うお店は堀の傍にはないというのがこの世界の常識だった。

 結果として裕福な人たちは香水を身に着けるのが当たり前になっていて、高品質な香水は高値で取引されるほどであった。

 「ま、何が起きたかはだいたいわかるんス。魔法も剣もままならなくて捨てられたってところかな。エルフさん」

 「……エルフ?」

 「金属光沢のド派手な髪の色はエルフの特徴っスな」

 「……ぴんく……」

 「だいたいエルフ召喚は戦争に役に立つ大魔法や戦闘力を期待して行われるものッスから。武器にならないとポイっスから」

 「へ……?」

 「その分じゃ弓も使えなさそうだし」

 「……弓扱えるかは訊かれてないよ?」

 「そのおっぱいじゃ弓を引くのは無理ってわかるっスよ」

 青年はカカカと笑った。

 少女は自分の胸を見た。

 そういえばTVで見たどこかの部族は弓を撃つ邪魔になるから乳房を切り落とす習慣があるとかあったっけ……。

 いや。それよりも!胸が大きめなのはモテ要素だ!その認識はおかしいだろう。

 「オレはクローリー。魔術師っス」

 青年は片方の眉を少しだけ上げてみせた。器用な男だ。

 「ボクは……花厳沙那かざり さな。帝邦学院中等部2年!ぴっちぴちの中学生だよっ」

 「ちゅー……?学生?……さ……にゃ?変わった名前っスなー」

 「紗!那!」

 クローリーは手をぱんと叩き、頷いた。

 「わかった。さにゃっスな」

 「……」

 そんなに聞き取りづらいのかなと沙那は思った。

 英語の発音は褒められたことないし。

 「じゃ、キミはクロ……クロちゃんね!」

 「クロ……ちゃん……?」

 なんだろう。『ちゃん』というのはエルフ特有の言葉なのだろうか。

 クローリーは少し躊躇いなfがらも、無理やり自分を納得させた。

 エルフの習慣なんて完全にわかりはしないのだ。

 「で、クロちゃん。魔術師のキミはいったいボクをどうするつもりなのさ?」

 「どーするってー……そりゃまずは風呂と洗濯っスな」

 「……えっちなことするつもり!?」

 沙那はクローリーを睨んで、グーを作って腕を振りかざした。

 「ちげーっ!王都の浴場は混浴はないっスよー」

 「ほんとにぃ?」

 「ンコ塗れのままでいいなら行かなくてもいいっスけど」

 「………………行く」



 全身汚水で汚れた少女を連れて行く姿を、通りの陰から見つめる影があった。

 「ゴミを拾っていきましたな。……あの男は何をするつもりなんでしょうかね」

 旅装用のクロークを羽織った30がらみの男が不思議そうに顎髭をしごいた。

 「さあね」

 隣に立つ身なりの良い若い男が答える。

 「ただ、あいつは魔術師のクローリー。通称『車輪屋』だ」

 「車輪屋ですか?」

 「馬車で郵便業をやってる変わり者。あれでも田舎の男爵で当主様だ」

 「車輪屋男爵……ですか。変わってますな。イスト様とはえらい違いですな」

 「ああ」

 イスト様と呼ばれた身なりの良い男が笑う。

 「劣等生のすることはわからんよ」

 イストは魔術学院で研究室を持つ優れた魔術師で、有力貴族の子弟でもあった。

 街で見かけた落ちこぼれの行動に特別な興味はなかったが、廃棄物をどうするのか少し気にならないでもなかった。

 沙那を召喚した儀式参加していた魔術師の一人でもあった。

 「そのまま旅館に連れ込むつもりかな?」

 などと下種なことを思った。

 それは彼自身がそういった種類の人間でもあったからだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る