23.睦言 ゠ 恋情に狂わされずにいれるか

23.睦言・前 ゠ 夢影と凶兆の話

 私の安眠は、それほど長くは続かなかった。


「……ん……む……」


 複雑で、入り組んだ夢を、見た気がした。

 人は、かつて経験のない情報を新たしく、与えられたとき。

 あるいは、それまでの認識をくつがえすような出来事に、わしたとき。

 そんな場合には整理をつけるため、眠っている間にも頭を働かせ、これが夢としてあらわれると、そんな説も有ったもの。

 たとえば、人が殺害されるところを初めて目撃したなど、衝撃的なたいけんをした夜には悪夢にみまわれると、そんな話もまた有名だ。

 私も昨晩には、少女から多量の情報による洗礼を受けたもの。

 ならば妙な夢だって見ようものだが、ただしその内容はりがちに、っきりとおもい出せない。

 おぼつない感じがする。


 人とは普段から、そのようによく頭で思考するもので、これを十分に休めるためか、その眠りがどうも動物より深いようだ。

 ひとたび就寝すれば、自己の判断によって目覚めるのは、かなか難しい。

 しかしこれが、奇襲夜襲の可能性に幾度もさらされるならば、休みながらにして神経をとがらせる修練を積むに、どうしてもせまられる。

 これを経てしまえば、さいな気配にもざとくなってしまうのだ。

 もっともこんな、殺伐としたげいとうを習得できなかった者らはおよそ、難を処せずに生き残れないでいるわけだが。


 私をこのうつしへひきもどしたのは、かぼそくもなにやら苦しそうなうめき声。

 それはすぐそばから聴こえたものだから、まだ眠気もあまりっきりと取れていないところ非常にかんではあるものの、私は目をじ開けた。

 何事か、と腕のなかの少女を確認すれば、目は閉じたままであるものの、その口は半開き。

 ひたいにはこのすずしさのなか、じわりと汗が浮かべられている。

 緩慢なじろぎを時折見せ、またかすかに奥歯をきしらす様子もうかがえた。


「あ……んう……ん……」


 これはうなされている。


 私はどうするべきか、迷った。

 へやに取られた大きな窓の、外のその明るさからは依然、かなり高い所にると思われた。

 私の感覚としてもまだ、昼下がりほどに感じられる。

 もう数年もまともに眠れていなかった、そんなような者を起こしてしまうには、十分なすいみん時間が得られたとは認めがたいところだ。


 それでも、何もせず迷ったままより幾分はだろうと思い、かけの端を使って少女のひたいの汗を吸ってやっていたのだが、そのうちに少女のほうから目を覚ましてしまった。


「……あ……」


「うん? 起こしてしまったか」


「ふう……」


 少女のほうはややんやりしているようで、その問い掛けに応える事もしなかったが、っと矢庭に血相を変え、身を起こす。

 十分に予測できた事だったから、私は慌てることなく、それを後ろから抱き止めた。

 びくりとした手応えが有る。


「……あの。スィーエ」


「ナキュー、今日はお前はお休みだ」


「や、休み?」


「そうだ。お前のために皆で尽力をして、埋め合わせに当たっているそうだぞ」


「……なんてこと」


 少女は私を振りほどこうとしたが、私はんわりとそれを押しいましめた。


「スィーエ、お願いです。離してください」


不許だめだ。お前の気持ちもわかるが、今は皆の気持ちを考えろ。せっかくの好意を、無下にする気か?」


「そうですけど、そういう問題じゃあいです。昨晩ゆうべ、話したでしょう?」


「では言葉を変える。いやだ」


「い……いや?」


「そうだいやだ、お前がずっと寝不足なのに働かせるのは、この私がいやだ。どうだナキュー、私にこしくだけのお前が、これを振りほどいて行けるのか?」


 私がそう言ってやると、少女は一瞬固まったのち、弱々しくめるような声をげる。


「……なんて非道ひどいこと、言うんですか……意地悪……そんなのずるいです……」


 効果は抜群だ。

 私はさらに、畳み掛ける。


「そう言うお前もリテローンやルワリンには、なにやら非道ひどいことを言ったらしいな」


「! ……ど、どうしてそれを」


「さてな。どこかから漏れ出してきたんだが、配管漏れか何かかな?」


「どんな配管ですか! ……いいです、大体わかります……」


 おい女侍従よ、大体わかるらしいぞ。

 大丈夫か。


「いずれにせよ、いま出ていくのはおすすめしないな。まあ、こんなものはいつだろうと、それほど変わりはしないだろうがな。それでも今すぐだと、お前はかっこうさかなにされるぞ」


「う」


 それで降参したらしい。

 っくり全身の力が抜けたから、私もそのいましめを解き、少女が起きだす前の様子についてたづねた。


「そんな事より今、うなされていなかったか? 大丈夫か?」


「……はい。いえ。はい」


「よくわからない返事だな」


「そうですね……すこし、横になります。今日は甘えさせてもらいます」


 ──ふう。


 もうひとつめ息をついた少女は、やをらその裸身を、乱れたままの寝台によこえた。

 はづしさはまだ続いているようで、未熟そのものとう以外に何と表現したらよいかわからないその乳房を、我が身いだくようにした腕でもって覆い隠していたりする。

 まあ、こちらだけ身を起こしていてもかたが無いから、私もそれに追従した。


 ふたりしばし隣り合って無言でいたが、ややって少女のほうが、沈黙に耐えれなくなったかのように口を開く。


「私は、うなされてましたか」


「そうだ。随分と苦しそうだったが何か、いやな夢でも見ていたか?」


「ええ、はい。あれは……そう。もはや、なつかしい」


「それはそうだろう、久しぶりに眠ったんだろうからな。夢を見るのも久しぶりだ」


「いえ、そういう事じゃあなくって。いえ、そういう事でもるにはるんですけど、見た夢が、久しぶりの内容だったんです。昔は随分とよく見続けた、あの悪夢です」


「なんだ。私もそんなに夢見のいいほうではいが、同じ悪夢を何度も、などという経験はさすがにあまり無いな」


「そうですか。私はきまって、世界が終焉おわる夢です」


「世界が終焉おわる?」


「はい。月が、ちてくるんです」


「月が、ちる」


「でも月って、とてもそら高くって遠い位置にるんです。だから本当はとても大きいのに、とても小さく見える。だからそれがちてきたとしても、とてもっくりに見える。でもそれって、つまるところは巨大ないんせきでしかなくって。そんな物が地面に衝突して、さくれつしたらもうどこにも、逃げる場なんか無くって。そんな避けれない終焉おわりが、ただただ迫ってくるのを、見ているしかきなくって。みんなも逃げ惑って、でも結局どうにもきなくって。最後にはみんな、死に絶えてしまって。私も、死んでしまって。……そんな夢です」


「そうか。それは、避けれない物がりじり迫ってくるのを、ただながめているしか無いとはな。なんとも心地ない光景だ」


「はい、純粋に恐怖です。足のすくむ思いです。でもこの夢には、続きが有るんですよ」


「なんだ。終焉おわるのに、続くのか」


終焉おわりが、続くんです。私は、押しつぶされて、苦しんで死ぬ。そうやって死んで動けないまま、その苦しみも続いたまま、なぜか意識だけは残るんです。それが、そんな終焉おわりがずっと、終わることなく続くんです。もしうなされてるようなら、これがその部分かもしれませんね」


「ふむ」


「ところでその、月の墜落の直前なんですけど。これが終焉おわりの光景だ、よく見ておけ。そんなだれかの言葉が、いつも聴こえてくるんですよ」


「ほう。みょうな忠告だな」


「それがだれの声なのか、ずっとわからなかったんですけど……今また同じ夢を見て、なんとなくあれって……貴女あなたの声、だったんじゃあないかって。そんな気がしたんです」


「なにを。私が、凶兆か何かのような存在だとでも言うのか」


「……あっ。いえそのっ、そんなつもりは……っ、あっ、あっ」


 ──ぐいっ、ぐいっ。


 とりあえずその長い黒髪をぴんぴん引っ張ってやれば、少女が弱々しい悲鳴をげてくれたから、私は非常に満足したのだが。

 しかしこれは、どうもいんしょう的というか、しょうちょう的なものが否めない夢だ。

 まさかこの少女がこの世界が、実際にそんなさいを遂げるとまでは思わないが、そしてその案内などを私が、たりするものかとも思うが。

 それにしてもくない感じがする。


 こんなものがくり返されてとなると、眠ったところで精神安んずるどころか、る一方だったりはしまいか。


「それでは、せっかく眠れていても、あまり休まらなかったか?」


「……」


 ふう。


 ひと息ついてから、少女はちょっと伸びをして、それでも晴れやかな微笑をすこし見せた。


「いえ。本当に久しぶりに、眠りました……。っきりは、きましたよ。おかげです、ありがとうございます」


「その礼は、リテローンにも言われた事だがな。そうかしこまられてしまうと、かえって申し訳ない気持ちになってしまう」


「そうですか。でも、貴女あなたのおかげで眠れたのは確かなことですし」


「そうか」

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