あなたの一番になりたくない

鷹羽飛鳥

前編

 なんか不穏な気配がする。あのバカが狙ってきてるな。


 「とった!」


 痺れてる右足の甲を軽く掴まれてちょっとジンジンするけど、くるとわかっていれば我慢できないほどじゃない。


 茶道部では、結構な時間、正座していることになる。しばらく正座した後は、足が痺れる。たしかに、小さい頃はお互い、正座した後とか、相手の足を揉んでふざけたけど、高校生にもなってそれはガキすぎるだろう。制服スカート姿の足に触るとか、なに考えてんだか。セクハラで訴えるぞ。


 「なにバカやってんの」


 反対に、ジンジンする右の踵でバカの足を踏んでやる。余計にジンジンするけど、絶対あいつの方がダメージがでかいから、ここは我慢だ。


 「痛ってえ!」


 予想どおり、尚哉は足を押さえてうずくまった。


 「お前、なんで足痺れてねえんだよ!?」


 痺れてるよ。痺れてるけど我慢してるの。なんてことは、教えてやらない。


 「鍛え方が違うからね。あんた、いい加減無駄なことやめたら? こうやって反撃食らうってわかってて続けるのってなに? バカなの? ああ、バカだったわね。女の足触りたいってんなら、よそ当たってくれる?」


 「こんなこと、お前以外にやるわけないだろ、男女」


 「いつの話よ。こんなに胸のある男がいるかっての!」


 「胸ばっかりいっちょ前になって、サラダ巻きが!」


 部活の時間は、いつもこうだ。2か月もおんなじこと続けられる尚哉には、びっくりだ。どっちかっていうと悪い意味で。


 「サラダ巻き」っていうのは、小学生の頃つけられたあたしのあだ名だ。あたしの名前、真田麻紀の「さなだ」を「さだ」と換えたもので、今でもそんなあだ名を使ってからかってくるのは尚哉しかいない。まったくガキなんだから。


 尚哉……原口尚哉は、幼稚園からの幼なじみだ。

 さすがにずっと同じクラスってことはないけど、小学校では1、2、5、6年、中学校では1、3年と、合計6年も同じクラスだった。


 尚哉は知らないだろうけど、あたしの初恋は尚哉だった。

 一緒にいると楽しくて、ままごとにも付き合ってくれて。幼稚園の頃だったから、ままごとの延長みたいな感覚で、大きくなったら尚哉のお嫁さんになるなんて約束もした。小1の時の七夕では、短冊に「なおくんのおよめさんになりたい」なんて書いたっけ。

 家が近所で母親同士がママ友だから、必然的に一緒に遊ぶことが多くて、小さな頃はお互いの家に泊まったりしたこともある。一緒にお風呂に入って、1つのふとんで寝て。


 でも、小6の頃、あたしの方が背が高くなって、足もあたしの方が速くて。今にして思えば、女の子の方が成長が早いからだってわかるけど、あの頃、尚哉は女子に負けるのが悔しかったんだろう。「男女」なんて言われてケンカして、その辺りから少し距離を置くようになった。


 親同士は仲がいいままだったから、お互い行き来はあったし、険悪ってほどじゃないけど、2人で遊ぶなんてことはなくなった。男女の幼なじみなんて、きっとみんなそんなもんなんだろうと思う。


 高校が一緒になったのは、もちろん偶然だ。うちの学校は公立じゃ割と上の方だから、尚哉はかなり受験勉強頑張ったらしい。一緒に受験勉強するような間柄じゃなかったから、どれくらい頑張ったのかまではわからないけど。


 そして、どういうわけか2人とも茶道部に入った。


 あたしが茶道部に入ったのには、大した理由があるわけじゃない。

 うちの高校は部活動が必須なので、どうせどこかに入らなきゃならないなら、茶道部でもいいか、ってくらいだった。

 おじさんが趣味でお茶をやっていて、遊びに行くたびにご馳走になっていたから、ちょっとやってみようと思っただけ。

 おじさんちにしたって、別に茶室があるわけじゃなくて、普通に6畳の居間で、ポットのお湯でやってるレベル。道具だって、お茶碗だって、よくわからないけど、きっと大したものじゃないはず。

 抹茶は、特に好きってわけじゃないけど、嫌いでもない。抹茶のチョコは嫌いだけど。

 なんせ、あたしは勝ちに拘りすぎて、ルールのあるスポーツはまるで駄目だし、音感とリズム感がないから、歌も楽器もできないし、絵なんか幼稚園児並み、せいぜい習字なら人並みよりちょい上手いかな、ってレベルだ。

 運動神経は悪くない、はず。足は、今でも結構速い自信がある。なんせ、小学校の頃は、男子と一緒になって鬼ごっことかやってたし、あたしを捕まえられる奴は尚哉のほかはほとんどいなかった。その尚哉だって、6年の頃はあたしの方が速かった。でも、100m走とかやっても、フライングばっかで、フライングしないように気をつけると、今度はスタートが遅れる。体育の授業ならともかく、これで大会とか、無理だ。

 チームプレイなんて、もっと駄目。

 自分のミスで人の足を引っ張るのは大嫌いだし、他人のミスで足を引っ張られるのはもっと嫌い。

 おまけに、夢中になると周りが見えなくなるという悪い癖がある。小学生の頃は、ミニバスでファールを連発しまくって怒られた。


 こんな性格だから、スポーツは向かない。


 中学の頃は家庭科部に入ったけど、高校にはなくて。考えたのは、文化部で、競わなくていいところ、だった。

 大会だのなんだのあれば、当然出場枠を争うことになる。競争があれば絶対にムキになって勝ちに行くし、負けたら面白くない。

 大会がないって点では、華道部なんかもアリだと思うけど、あれもなんとか展とかに出品しなきゃならないし。


 そんなわけで、あたしは、大会も発表会もない茶道部に入った。新入部員歓迎会で尚哉がいるのを見た時は目を疑ったけど。

 尚哉は中学ではバスケ部で、レギュラーと補欠を行ったり来たりしてたから、てっきり高校でもバスケ部に入るもんだと思ってた。なんでも、高校じゃレギュラーは無理っぽいし、楽なとこ入って勉強時間を確保したいってことらしい。ギリギリで合格したって言ってたもんね。

 週1回の部活では、毎回、先輩がお茶を点てて、部員5人で飲む、というのを2回やって終わり。

 点てる係は入れ替わるけど、1年が点てるようになるのは7月からの予定だから、座りっぱなしになる。で、足が痺れてるところを狙って、尚哉がバカやってるわけ。先輩から生暖かい目で見られてること、尚哉は気付いてるんだろうか。そのうち追い出されるんじゃなかろうか。


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 「今度は、真田がやってみて」


 7月に入って、部長に言われて、あたしがお茶を点てることになった。1年では2人目だ。いや、1年は4人しかいないけど。


 秋の文化祭では、茶道部は1日4回、お茶の席を設けることになっている。その時は、制服じゃなくて、茶道部代々受け継がれてきた着物を着る。

 男子用と女子用で1着ずつだから、午前と午後の部で交代して、男女2人ずつが亭主を務めることになる。

 伝統として、午前の部は3年から選ばれるけど、午後の部は1、2年から選ばれることになっているから、うまくすると1年でも選ばれる可能性があるわけだ。


 そう、困ったことに、あたしの大好きな競争だ。選ばれたいって気持ちが湧き上がってくるのを抑えられない。

 流れるような手順、所作の美しさ、姿勢……なにを基準に判断されるのかわからないけど、完璧にやればいいだけのこと。

 あたしは、休日におじさんのところに通って練習し、その甲斐あって、午後の亭主に選ばれた。

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