第24話

 病室に行くと、まさ子はもう居なかった。

「ご主人ですか? 今奥様はLDRに」

 後ろから若い看護師が声をかける。シバは聞きなれない横文字に

「なんだ? えるでぃーあーる??? NTRは寝取られだがなんの略だ、LDR」

 と大きな声で言うものだから他の患者や看護師たちが彼を見る。


「……分娩室ですっ! 切迫流産しかけた方ですから早く向かってください」

「何でもかんでも横文字にすんなよ」

 看護師が分娩室に案内するがシバは心中で急が出なければこの看護師に連絡先を聞いて……と良からぬことを考えてはいたが案内されたらすぐ去ってしまった。


「ふーっ、ふーっ、息を整えて! 目を瞑らない、目を見開いて!」

 すると部屋にはシバの母が助産師として入ってまさ子の手を握ってた。

 彼女は本当に苦しそうであった。シバが事故に遭う前まではスリムだった彼女がお腹を膨らませている姿になっていた時とてもびっくりした。


「あああああああーーーーっ、いたぁいいいいいいいいっ、しばぁあああ、あああっ」

 大きな声で叫ぶまさ子。顔を真っ赤にし、今までに見たことのない表情にシバはすかさず駆け寄ろうとするが他の看護師に取り押さえられ来ていたスーツを脱がされ、滅菌室みたいなところに連れてかれてエプロンみたいなのを着させられ手洗い消毒をさせられようやくまさ子の元へ。


「すまん、待たせたな」

「おそいいいいいっ!! いたぁいいああああああい!!!」

「落ち着け、落ち着け! もうすぐ生まれるんだろ」

「そうよ、そうよ、そうよ!!! ああああああーーー」

 まさ子の叫びは尋常でなかった。シバは相変わらず声がでかい……ベットの中でも、と思いながらもその余計な回想はまさ子の大きな叫びと思った以上に力強い握力に打ち消された。

 まさ子の横でシバの母が呼吸を整え、体を支える。

「シバ……あのね、んんんっ……」

「まさ子、無理すんな! どうした!」

 シバは苦しむまさ子を見てとても胸が痛む。彼女自身裕福ではあるが親が不在であることもあり互いに寄り添って生きてきたに近い。でもまさ子は仕事、シバは仕事以外で他に女の人との関係を持っていたがやはり基本は二人でいることであった。


 苦しそうな顔を見るともう死んでしまうのではとシバは冷や汗が出る。

「わたしね、名前考えてたのよ」

「……あ、名前! 全く考えてなかった。まさ子、教えてくれ」

 まさ子は顔を歪めながらも、呼吸を整えながらいう。


「りんっ……」

「りん……いい名前だな。冬月りん、かわいいなぁ」

「はるかぁっ!!」

「はるか……今は春じゃないけど遥か未来のはるか、でもいいな」

「かよっ、あさみ……」

 とまさ子の口から次から次へと出てくる名前。シバは首をかしげる。聞き覚えのある名前。

「すごいな、たくさん考えてくれてたんだね。嬉しいよ。もう俺は君に託すよ」

「それはよかった……ああああっ」

 息がさらに上がる。助産師さんたちからも呼吸を整えるよう声をかけられる。その合間合間にまさ子は声を出す。


「はんな!!!」

 その名前が出た瞬間、シバは勘づいた。


「さき、ゆりか、なるみ、わかな、りりか、しゅうこ、らん、たくみ、あいか、ゆうこ、まい、あいらぁああああああ!!!」


 シバは強く握られる手に恐ろしさを感じた。そうだ、全部シバと関係を持った女の人たちの名前である。まさかまさかとシバはまさ子を見つめると彼女はじっとシバを見ている。目が充血しているのだ。


「……お腹の中の子供は……女の子で決定なのかなぁ」

 するとさらに強く握られシバは痛みを感じる。反対側にあるシバの母もシバのことをじろっと見ている。自分の息子のしでかしたことを気づいて情けなく感じた。


「そうね、男の子の確率も捨てきれないから男の子の名前もっ……考えているわ……ああああああっ!!」

「まさ子さん、もう少しですよ、あと数回いきんで!!!」

 シバはごくりと唾を飲み込んだ。


「り、りひとっていい名前よねっ。……あああああああああああーっ!!!」

 シバは手を離した。とその瞬間であった。


 べチャーっという音と共に


 おぎぁああああああおぎゃあああああ



 という泣き声。


 まさ子はまんべんの笑顔。


 シバとまさ子の子供が生まれた。



 女の子であった。



 名前は結局、シバとは付き合ったことのない女の子の名前を探し当てるのが大変でようやく決まったのが


「琳寧」


 という名前である。


 こうしてシバはまさ子には頭が下がらない状態で新生活を過ごすのであった。



 だが子供三人生まれたのちに捨てられることになるのだが、原因はもちろん不倫。相変わらずなシバであった。

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