第2話 白狐様、登場。
家から15分ほど歩いて旧運動公園に入り、グラウンドの周囲の舗装路を数周してまた戻る。
いつもの散歩コースで、普段ならそうするが今日は違う。
旧運動公園の脇には小さい、本当に小さい7,80mほどの高さの山があって、その頂上には古い神社がありその周囲が少し開けていて人目にもつかない。小学生時代には遊び、中学生時代にはサボりで来ていた場所だ。
細い参道を登り鳥居をくぐると、社殿を中心に20メートル四方ほど開け、雑木林に囲まれている。
「こんなに小さかったっけ? 社殿」
時間帯がいいのか、林の高さが丁度いいのか、社殿に光がスーっと差していて神々しい。
“魔法は本来、詠唱に魔力を乗せて発動しますが、あら不思議、タップだけで発動します”
“各属性とも、熟練度が一定に達するとより高度な魔法を発動できるようになります”
“さあ、発動しましょう!”
各属性のボール系から始まり、アロー系・ウォール系を試し終えたところでバッテリー残量が少なくなってきた。
その時、背後から声が聞こえた。
「な、なんだべ、おめぇ。い、い、今の面妖だじゅづっこはぁ! はわわわ」
(な、なんじゃ、お主。い、い、今の面妖な術はぁ! はわわわ)
「うわ!」
驚いて振り返ると、社殿の柱の陰に隠れるように丸まった動物らしきものがいた。
ガタガタと震えて柱につかまっている。
……動物がしゃべって、る?
「お、おめぇ、わ、我どご、こ、殺しにきたんだが! あ、あ~」
(お、お主、わ、我をこ、殺しにきたのか! あ、あ~)
人がいないと思っていたところから声が聞こえ、振り向いたら動物で……も
「すみません。そんなつもりはありません」
「お騒がせしてすみません」と平静を装い、場を落ち着かせるように言う。
「ん、んだが。せば、いいんだども。見だごとねぇんたじゅづっこだごど。おっかねぇな」
(そ、そうか。それならよいのだが。見たことないような術だな。怖いのぅ)
俺は辛うじて聞き取れるが、俺の爺さん・婆さん世代の言葉だな。
「方言がすごいけど、もっと柔らかくできる?」
やっと震えが治まってきたようなので聞いてみた。
「むっ。んだが? ――いや、そうか今の世では通じ難いか。それよりも……」
柱の陰から丸っこい身体でぴょこぴょこと跳ねながらかけ寄ってくる。
柴犬サイズでかわいいな、とほっこりする俺とは対照的にその動物の表情はかたい。
「さきほどの術は何なのじゃ! 火の球だの水柱だの! ……あげくに岩壁じゃ! あな恐ろしや。何度も聞いておろう。答えぬか!」
どう答えたものか……。
「このスマホ……、電話機を買ったら、それを使って魔法ってものが出せるらしくて、ここで練習していたんだ。術に見えたのが魔法だよ」
できるだけ簡単に、嘘のないように答える。
「ほう、この箱であのような術が出せるのか」
すぐ近くまで来て興味深そうにスマホを見てくる。
「ところで君は犬かな? もしかして、ね――」
猫と言いかけたところ、すごい勢いで遮られた。
「――キツネじゃキツネ! 犬猫と一緒にしよって無礼者め。しかも我は白狐じゃぞ!!」
そう言われれば狐だな。しかも白い毛並みがつやつやでキラキラとしている。
「きれいな毛並みだな」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
少し誇らしげだな。
「でも、その姿でしゃべったりして他の人に驚かれないか?」
「ふんっ! 人なんぞに姿など現さぬわ。こ、今回は……ビ、ビックリしただけじゃ!! ――じゃが、この姿では驚かれるか。これならどうじゃ?」
キツネはそう言うと、ボワンッと人の姿になった。
おお! 白く長い髪にぴょこんと出た耳、金色の瞳、そして立派な尻尾。なんといっても小さくてかわいい裸の幼女。
「――!!!!! はだか????? それはダメぇ!!!!! 元に戻ってくれぇ」
「なんじゃ、騒がしいな。ならば昔の記憶じゃが、ほれっ」
ボワンッと巫女装束に変化した。
「耳も尾も隠せるぞ? 見えなくするだけだがの」
「いや、それは、なんか……、あった方がいいな」
「昔の記憶ってことは、ここには長いのか?」
聞くと、ここには1000年ほど前に山城が築かれ、祠が建てられたときに京あたりから来たらしい。
「我はもっと、ずっーーーと生きておるぞ。山城が焼け落ちても、その後にできた神社におったし。それが燃えても、再建されたここにおる」
「へぇー、そうか。あっ、名前はあるのか? おれはユウト。馬場勇人」
「ほう、ユウトとな。我はみけつ……、みけじゃ。みけ」
猫じゃねえか! と思ったが、なんとか耐えた。
「そうか。ミケ、今日は遅くなってきたから帰るよ。また来るよ」
「えっ……」
ミケは残念そうな顔をしている。
「あ、明日は来れるか? ユウトよ」と反応をうかがってくる。
明日か……、まだまだ試してない魔法も多いしな。
「ああ、来るよ」
ミケの顔がパァッと明るくなり、「そうか、明日も来るか! そうか」と言う。
嬉しそうなことは俺から見てもわかった。
「ならば、我は
にえ? ああ、お供えものか。
「ああ、わかった。じゃあ明日」
「絶対の絶対、忘れずに来るのじゃぞーーーーー!」
参道を下りる俺の背中を、名残惜しそうに見えなくなるまで見送ってくれているのがわかった。
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