第11話 ホダカと岩垣崇の関係

「今日はホダカに送って貰え。俺、バイト」

スタジオでの練習が終わったある日、岩垣先輩にそう言われた。

岩垣先輩は進学せず、日々バイトに明け暮れている。

成績は悪くなかったみたいだけど、彼が進学しなかったのはなぜかは知らない。

「大丈夫だよ。まだ8時半だし、バスで帰れる」

マイクを片付けながら言うと、

「ダメだよ。暖かくなってきた今の時期に変質者は出てくるから」

ショウがすかさず言った。

女子一人だからか、みんな私に優しい。

「美空、乗ってけ。帰り道だから」

ホダカさんの言葉に私は素直に頷いた。


ホダカさんの車は、黒のワンボックスカー。

乗り込むといつもシトラスと彼の愛用しているタバコの香りがする。

「親御さんに何か言われたか?」

「えっ!?」

ホダカさんは勘がいい。

「差し詰め、親御さんに夜まで連れ回してる男のことを聞かれたか?」

鋭い。

助手席に座る私の表情にホダカさんは運転しながらチラっと見て笑った。

「ビンゴか」

「何でわかったの?」

「急にバスで帰る話なんかするから、何かあったかなって考えたら大体想像出来る」

やっぱり勘がいい。

「叱られたか?」

問い掛けられて、首を横に振った。

「まぁ、普通の親御さんなら心配するよな。チンピラみたいな男が娘の周りをうろついていたら」

ホダカさんのチンピラ発言に思わず声を出して笑ってしまう。

「ホダカさんはチンピラなんかじゃないよ。ちょっと厳ついだけ」

私の発言に次はホダカさんが笑った。

「俺、厳つい?身体がデカいだけだよ」

いえいえ、その鋭い目つきも、体格の良さも、身長の高さも、威厳がある。

「ピクシーが引き締まるのはホダカさんの存在が大きいと思う」

「それは、どうも」

信号で止まり、ホダカさんはこちらを見て優しく微笑んだ。

…笑ったら、めちゃめちゃ優しい顔になる。

「…岩垣先輩って、高校卒業してからバイトばかりですよね」

話を変えてみた。

「あぁ…まぁ、金かかるしね」

「えっ?」

「アイツは自分がこうだって思ったら、周りが何を言っても無駄だから。放置が一番」

信号が青に変わり、前を向いて運転するホダカさん。

「アイツの兄貴と俺が友達で、ガキの頃から知ってるけど、昔から自己主張の強い奴でさ」

あの自信と強さが子供の時からだとしたら、凄い。

「しっかりしてると言うか…。一人っ子の俺としては崇の兄、りょうの苦労が気の毒だった」

思わず笑ってしまった。

確か、ショウの家庭教師もしてた話を聞いたことがあるような…面倒見のいい人なのだろうかと想像しながら、

「どんな方なんですか?」

と聞いてみた。

私の問い掛けにホダカさんの眉が下がった。

「崇とは真逆と言うか…落ち着いた奴だったよ。穏やかで、真っ直ぐで、優しくて…」

その言い方に少し違和感を感じた。

過去形…。

「…だった?」

「…うん。3年前に亡くなったんだ。事故だったんだけどね」

悲しい過去があるんだと察した。



その存在が、ホダカさんはもちろん、岩垣先輩の胸に大きく深く刻まれていると知るのは先のことなのだけど、稜さんの存在を知ったのはこの時が初めてだった。

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