第76話

 くれないは作った粥を持って、今井の部屋へ戻った。両手が塞がっているので、風の能力で扉をそっと開けた。

「紅、僕の為に作って来てくれたんですね?」

 紅を見ると、今井は嬉しそうに言った。

「ええ、そうよ。あなたの為だけに、あたしが作ったのよ」

 得意げに言っているが、こんな台詞を、今井に言わされていることに、紅は気付きもしない。今井はにんまりと笑って、

「ありがとう。それじゃ、食べさせてくれませんか? 手に力が入らないので」

 紅があまりに素直なので、今井は調子に乗ってこんなことを言ってみた。

「それじゃ、仕方がないわね」

 紅は盆をサイドテーブルに置くと、椅子をベッドに寄せて座り、粥を椀に移し、匙で掬い食べさせようとした。

「紅、さすがにそれは熱すぎますよ。少し冷ましてください」

「そうね。これじゃ、あなたに火傷させてしまうわね」

 紅は言われた通り、匙で掬った粥を冷ますため、ふーふーと息を吹きかけた。それを見て、もう可笑しくて堪らないとばかりに、今井が笑い出した。

「あなた、何を急に笑うのよ!」

 訳が分からず聞くと、

「だって、本当に、紅が素直すぎて、面白過ぎて、とても笑いを堪えきれなくて」

 くっくと、笑いを堪えながら今井が答えると、

「あなた! あたしを揶揄っていたの⁈ なんて失礼なの!」

 紅が怒った。

「すまない。あなたが、あまりにも可愛らしくて、しおらしくて。つい、いつまでもそんな紅を見ていたくて。少し調子に乗り過ぎました。でも、手に力が入らないのは嘘ではありません。もう冷めたでしょう? 食べさせてくれないんですか?」

 今井が謝って、甘い言葉を言って、甘えてくる。そんな彼の態度に、紅はどうしようもなく心をかき乱され、顔が熱くなった。それでも、今は彼に食事を与えなければならない。匙に掬った粥はすでに冷めている。それをそっと今井の口元へ運んだ。

「さあ、食べなさい」

 紅の口からは、いつもの高飛車な言葉がついて出るが、今井は嬉しそうに口を開けて匙を咥えた。


 食事が済むと、紅は盆を片付けて、今井の部屋へ戻った。この部屋には浴室があり、洗面器にお湯を入れて、腕をまくり、

「さあ、服を脱ぎなさい。身体を拭いてあげるわ」

 と、唐突に言った。

「そこまでしなくてもいいですよ」

 これには、今井も苦笑いしながら断ったが、紅は看病を完璧にこなすと決めているから引き下がらなかった。

「あら、遠慮はいらないわ。そういえば、力が入らないんだったわね。あたしが脱がせてあげるから、心配しなくていいわ」

 そう言って、今井の服に手を伸ばすと、

「本当に、いいですから!」

 今井も本気で抗った。しかし力が入らず、抵抗するも虚しく、身包みを剥がされ、パンツ一枚にされてしまった。

「早くしないと、身体を冷やしてしまうわね」

 紅はそう言うと、今井の身体を拭き始めた。今井はもう抵抗せず、紅にされるがまま。拭き終わると、

「下着はさすがに着替えさせられないから、動けるようになったら、自分で替えなさい。チェストの一番上の引き出しに入っているわ」

 そう言いながら、紅は今井にパジャマを着せた。丁寧に前のボタンを閉めて、

「さあ、これでおしまいよ。どうかしら? あたしの完璧な看病は?」

 と得意満面で言った。今井はそんな紅を見て微笑み、

「完璧でしたよ。ありがとう」

 と礼を言った。

「今井さん、あなた、あたしに看病してもらえるなんて光栄でしょ? こんなことは特別なのよ」

 紅は高飛車に言ったが、そんな紅も可愛いと今井は思った。

「はい。紅に看病してもらって、僕は幸せです」

 今井の言葉に、紅の鼓動は高鳴り、顔が熱くなった。

「そう、それは良かったわ。さあ、夜も更けたことだし、あたしも寝るから、少しベッドを空けてちょうだい」

「え?」

「あたしは、あなたの看病のために傍にいなくてはいけないのよ。さあ、言うことを聞きなさい」

 紅にそう言われては従うしかなかったが、今夜は眠れそうにないなと今井は思った。紅は戦いのあとで相当疲れていたのだろう。ベッドに横になると、静かな寝息を立てて眠りについた。その穏やかな寝顔を、今井はいつまでも眺めていた。

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