第71話

 くれないの号令に、みんなが一斉に攻撃を開始。入り乱れた攻撃で、『白き神』の姿が見えない。彼はまだそこにいるのだろうか? そう思った時、すべての攻撃が止んだ。それは、彼らが攻撃の手を止めたからではない。『白き神』に攻撃が当たる前に無効化されたのだ。紅たちは、『白き神』から十分に距離を取っているが、もしや、能力が奪われたのではないかと、不安になった。それぞれ、己の能力の有無を確かめる。そして、安堵したようにため息をついた。

「奪われてはいない」

 青鬼せいきはそう言ってから、

「それでも、これじゃ奴を倒せない」

 と悔しそうに顔を歪める。それはみんなも思ったことだ。どうにも歯が立たない。『白き神』の能力が無敵すぎる。こんな不公平な事があるものか? これには何か欠点があるはず。この無敵能力がここで発動している。こことは? 礼拝堂? 紅は考えた。

「あたし分かったわ。この領域の中にいるから、『白き神』は無敵なのよ。助手君、あなた、外へ出られるか確かめなさい」

 紅の言葉に、

「はい! 師匠!」

 山本は元気に答えて、自分が入って来た入り口から外へ出ようとしたが、見えない壁に阻まれた。

「師匠! 出られません!」

「やっぱりね。あたしたちは『白き神』の領域に閉じ込められたのよ。ここへ来た時、すでに嵌められていた」

「困りましたね」

 と山本は言ったが、さほど、困った様子には見えない。ここには紅、王鬼おうき青鬼せいき、上原兄弟という、強者つわものぞろいで、山本は彼らが負けるわけはないと信じていた。


「ねえ、王鬼、誰か領域を破壊できる能力を持った人はいないかしら?」

 紅が聞くと、

あおき神ならできる」

 と答えた。王鬼が言う『蒼き神』とは、紅の祖父、中臣なかとみ弘道こうどうのことだ。

「あら、好都合だわ」

 紅はそう言ってから、

「ねえ、おじいちゃん。『白き神』のこの領域を壊して、あたしたちを解放して欲しいわ。聞こえているかしら?」

 と離れた場所にいる弘道に呼びかけた。

『聞こえていた。すぐにでも行くつもりだったが、こちらも敵の数が多く、時間がかかった』

 思念が紅とその仲間たちにも届いた。そして、その次の瞬間、シュッっと、鋭いやいばが何かを斬り裂く音がして、壁と思われていた場所に裂け目が出来た。そこから弘道がゆっくりと入って来て、シュルシュルと風の刃が飛び回り、礼拝堂の内部はまるで布切れのように斬り裂かれてハラハラと落ちていき、そこには外の世界が見えてきた。『白き神』の領域を破壊したのだ。

「さすが! おじいちゃん」

 紅が笑顔で褒め称えると、

「奴から目を離すな」

 と弘道に厳しく注意された。紅は気を引き締め、『白き神』を振り返った。彼は自分の領域を破壊されても、まったく動揺していない。彼には感情がないのだろうか? そんなことを考えていると、

「蒼き神!」

 弘道の配下の一人が声を上げ、

「死体が動いて襲ってきます!」

 と言葉を続けた。

「なんですって?」

 紅はその言葉に驚いて、そちらへ目を向けると、明らかに死んだと思われる者たちが動き出し、恐ろしいほどに俊敏に襲いかかってくる。その数は百を超えるだろう。

「落ち着け、陣形を乱すな。四肢を切り落とせ」

 弘道は配下の者たちに命じると、それに従い敵を斬っていった。死んだ者とはいえ、遺体を切り刻むことに、戸惑いが無いわけではない。感情を押し殺して気丈に戦う彼らを見た紅は言葉を漏らした。

「なんて惨い……」

 地獄絵図なんてものじゃない。これは地獄そのものだ。四肢を切り落とされた遺体は、それでも地面を這って襲ってくる。それをまた更に切り刻む。肉塊となったそれは、もう戦闘能力などない。そう思っていたら、肉塊は集まり、気持ちの悪い濡れた音と共にくっ付いていく。

「なに? なんなの?」

 それは大きな人型となった。まるで土人形のようだ。

「気持ち悪いわ。肉の塊で出来た肉人形……」

 赤い血で濡れた身体は、ぬらぬらと不気味な光沢を帯びていた。


くれない。あれを炎で焼き尽くせ」

 弘道こうどうはそう言ったが、

「おじいちゃん。あたしの炎は奪われたから使えないのよ」

 紅は残念そうに答えた。

「炎なら、そこにあるじゃないか。お前の隣に」

 弘道の言葉に、紅は隣を見ると、山本がにっこりと笑みを返す。

「そうだったわ。助手君、あなたの炎が必要よ」

 紅にそう言われて、山本は嬉しそうに、

「はい!」

 と返事をした。

「さあ、あれに向けて炎を出しなさい」

 山本は紅に言われた通り、肉人形に向けて、あらん限りの力で炎を放射した。

「ファイヤードラゴン!」

 それが彼の技の名前のようだ。大きな炎は、勇ましい顔つきの東洋の龍の姿となり、勢いよく肉人形へと突進した。それが肉人形へ当たると、炎はあっという間に広がった。

「あなた達の罪は、死によってあがなわれた。永遠の眠りにつきなさい。紅蓮の炎に舞い散れ」

 紅が左手を振ると、炎は更に燃え上がり、肉人形の巨体は燃えつくされ、灰も残らない。これが処刑人による刑戮けいりくだ。残酷に見えるが、これによって全てが無に帰すのだ。


「さあ、あなたの番よ」

 紅はそう言って、『白き神』と改めて対峙した。二人は見つめ合い、どちらからも攻撃はしない。お互いに、相手の出方を見ているようだ。その間も、『白き神』の力により、死体は動き、弘道の配下、青鬼せいき、上原兄弟、王鬼おうき、山本と戦い続けていた。周りは入り乱れた戦いで、凄まじい状況だった。それを気にすることなく、紅はただ、静かに『白き神』と向き合っている。そして、何か奇妙だと感じていた。この『白き神』には感情がない。それだけではない。自我がないのだ。説明がつかないが、空っぽ。つまり、魂がない。それなのにここに存在している。

「王鬼。これは何?」

 紅が呟くと、王鬼は戦闘から離脱し、紅の傍に来て、

「おそらく、分身なのだろう」

 と答えた。

「それなら、本体はどこに?」

「光の能力者は、常に一人と決まっている」

 王鬼のその答えに、紅はその可能性だけは、考えることを避けていたが、もはや、疑いの余地もない事実に変わった。

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