第71話
「奪われてはいない」
「それでも、これじゃ奴を倒せない」
と悔しそうに顔を歪める。それはみんなも思ったことだ。どうにも歯が立たない。『白き神』の能力が無敵すぎる。こんな不公平な事があるものか? これには何か欠点があるはず。この無敵能力がここで発動している。こことは? 礼拝堂? 紅は考えた。
「あたし分かったわ。この領域の中にいるから、『白き神』は無敵なのよ。助手君、あなた、外へ出られるか確かめなさい」
紅の言葉に、
「はい! 師匠!」
山本は元気に答えて、自分が入って来た入り口から外へ出ようとしたが、見えない壁に阻まれた。
「師匠! 出られません!」
「やっぱりね。あたしたちは『白き神』の領域に閉じ込められたのよ。ここへ来た時、すでに嵌められていた」
「困りましたね」
と山本は言ったが、さほど、困った様子には見えない。ここには紅、
「ねえ、王鬼、誰か領域を破壊できる能力を持った人はいないかしら?」
紅が聞くと、
「
と答えた。王鬼が言う『蒼き神』とは、紅の祖父、
「あら、好都合だわ」
紅はそう言ってから、
「ねえ、おじいちゃん。『白き神』のこの領域を壊して、あたしたちを解放して欲しいわ。聞こえているかしら?」
と離れた場所にいる弘道に呼びかけた。
『聞こえていた。すぐにでも行くつもりだったが、こちらも敵の数が多く、時間がかかった』
思念が紅とその仲間たちにも届いた。そして、その次の瞬間、シュッっと、鋭い
「さすが! おじいちゃん」
紅が笑顔で褒め称えると、
「奴から目を離すな」
と弘道に厳しく注意された。紅は気を引き締め、『白き神』を振り返った。彼は自分の領域を破壊されても、まったく動揺していない。彼には感情がないのだろうか? そんなことを考えていると、
「蒼き神!」
弘道の配下の一人が声を上げ、
「死体が動いて襲ってきます!」
と言葉を続けた。
「なんですって?」
紅はその言葉に驚いて、そちらへ目を向けると、明らかに死んだと思われる者たちが動き出し、恐ろしいほどに俊敏に襲いかかってくる。その数は百を超えるだろう。
「落ち着け、陣形を乱すな。四肢を切り落とせ」
弘道は配下の者たちに命じると、それに従い敵を斬っていった。死んだ者とはいえ、遺体を切り刻むことに、戸惑いが無いわけではない。感情を押し殺して気丈に戦う彼らを見た紅は言葉を漏らした。
「なんて惨い……」
地獄絵図なんてものじゃない。これは地獄そのものだ。四肢を切り落とされた遺体は、それでも地面を這って襲ってくる。それをまた更に切り刻む。肉塊となったそれは、もう戦闘能力などない。そう思っていたら、肉塊は集まり、気持ちの悪い濡れた音と共にくっ付いていく。
「なに? なんなの?」
それは大きな人型となった。まるで土人形のようだ。
「気持ち悪いわ。肉の塊で出来た肉人形……」
赤い血で濡れた身体は、ぬらぬらと不気味な光沢を帯びていた。
「
「おじいちゃん。あたしの炎は奪われたから使えないのよ」
紅は残念そうに答えた。
「炎なら、そこにあるじゃないか。お前の隣に」
弘道の言葉に、紅は隣を見ると、山本がにっこりと笑みを返す。
「そうだったわ。助手君、あなたの炎が必要よ」
紅にそう言われて、山本は嬉しそうに、
「はい!」
と返事をした。
「さあ、あれに向けて炎を出しなさい」
山本は紅に言われた通り、肉人形に向けて、あらん限りの力で炎を放射した。
「ファイヤードラゴン!」
それが彼の技の名前のようだ。大きな炎は、勇ましい顔つきの東洋の龍の姿となり、勢いよく肉人形へと突進した。それが肉人形へ当たると、炎はあっという間に広がった。
「あなた達の罪は、死によって
紅が左手を振ると、炎は更に燃え上がり、肉人形の巨体は燃えつくされ、灰も残らない。これが処刑人による
「さあ、あなたの番よ」
紅はそう言って、『白き神』と改めて対峙した。二人は見つめ合い、どちらからも攻撃はしない。お互いに、相手の出方を見ているようだ。その間も、『白き神』の力により、死体は動き、弘道の配下、
「王鬼。これは何?」
紅が呟くと、王鬼は戦闘から離脱し、紅の傍に来て、
「おそらく、分身なのだろう」
と答えた。
「それなら、本体はどこに?」
「光の能力者は、常に一人と決まっている」
王鬼のその答えに、紅はその可能性だけは、考えることを避けていたが、もはや、疑いの余地もない事実に変わった。
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