第60話

 高一郎も、母のあとを追うように帰って行くと、

「高一郎の母親、あれは一体何者なんですか?」

 今井が、黒猫くろねこ佐久間さくまに聞いた。

「ニャー(しばる者だ)」

「なるほどね。藤堂とはまた違ったタイプですね」

 今井が言うと、

「おば様が普通の人ではないと分かっていたけれど、能力を見るのは初めてだわ。あたしがいつも怖いと感じていたのはこの力だったのね」

 くれないがぽつりと言った。

「知らなかったんですか?」

「ええ。普段は普通の人間ですもの。いにしえの者とは違うから」


「紅様、申し訳ございません」

 さかき如月きさらぎは二人して頭を下げている。

「何を謝っているの? あなたたちを捕まえた風使いの女が悪いのよ。大切な家族を連れ去って、あたしをおびき寄せるなんて!」

 紅がそう言ったあと、黒猫佐久間がはっとしたように、

「ニャー!」

 と声を上げた。


 紅たちはおびき寄せられたのだ。風使いの女はダミー。ここで待ち受けていたのは、もっと強い力を持った者。紅たちに気配を悟られず、藤堂咲とうどうさきにもその存在を感じさせないほどの者。それが今、気配を晒し、暗闇からゆっくりと姿を現した。

「お揃いだね」

 落ち着いた女の声と共に、目に見えない刃が無数に飛んできた。黒猫佐久間は瞬時に土壁を作り、無力な者たちを守った。

「黒き悪魔が黒猫とはね。いいざまだ。私の目的は、お前たちを殺すこと、古の者が世界を征服するのを邪魔する者は、みんな殺す。理解できた?」

「いい気なものね。あなた何様よ? べらべらと喋っている余裕なんてあるのかしら?」

 紅が女を挑発したその時、

あかき神、遅れてすみません」

 上原兄弟が紅の傍らに立った。

「あの女、何者?」

 紅が聞くと、弟のみのるが、

「組織の四強よんきょう、『みどり』。最強の風使い」

 と答えた。実も初めて会うが、肌感覚でそれが四強の『緑』と悟った。

「私を知っているという事は、組織の裏切り者か。まとめて殺す」

 そう言って、最強の風使い『緑』が動いた。それはとても早く、瞬時に姿を消し、次の瞬間には実の身体が吹き飛ばされ、兄のまことが実の身体を支えようとして、一緒に飛ばされた。『緑』の動きは誰にも見えなかった。

「あなた、強いじゃない。でも、あたしは負けないわ」

 紅にも、『緑』の動きは見えなかったが、相手が攻撃をする瞬間は気配で感じた。

「あたしがいるのに、他の者を狙うなんて。そんな余裕あるのかしら?」

 紅は高飛車たかびしゃに『緑』を挑発した。

「馬鹿な子だね。そんなに死にたいの?」

 『緑』は不敵な笑みを浮かべて、紅へ攻撃を仕掛けた。無数の風の刃が紅を襲ったが、土の壁を作って防御。次の瞬間、『緑』は紅の背後に現れ、渦巻く風で紅の身体を捉えた。が、しかしそれは水に変わり弾け飛んだ。捉えたのは水分身だったのだ。『緑』が紅の本体を探して、動きを止めた瞬間、土で足を捉えられた。しかし、『緑』は風となって移動し、紅と距離をとった。

「なるほど。あかき悪魔、噂通りだね。お前が強いのは分かった。それでも私には勝てないよ」

 まだ余裕があるようで、『緑』は笑みを浮かべていた。これまで、お互いにまったく無傷。風使いと言えども、本体は生身の身体。直接攻撃が当たれば、身体は傷つく。それは紅も同じことだが、今はお互いに、相手の力量を測っているのだろう。

 二人の戦いに巻き込まれないように、他の者たちは離れたところで、防御に注力を注いだ。それを確認した紅は言った。

「戯れは終わりだ」

 それは低く落ち着いた威厳があり、冷たく鋭く突き刺さるような声だった。そして、その声に攻撃されたかのように、『緑』の身体には無数に突き刺さる物があった。突然の事に何が起こったのかも分からず、ただ強烈な痛みに顔を歪ませ、口から血を吐き、膝を折って両手を着いた。

「あたしだけがあなたの敵ではないのよ」

 紅は不敵な笑みを浮かべ、

「愚かなる者よ。紅蓮ぐれんの炎に舞い散れ」

 そう言って左手を振り、『緑』を完全に焼き尽くした。


「誠、さすがね。あたしの意を汲み、見事な攻撃だったわ」

 『緑』の身体を突き刺したのは、誠の水の能力。氷柱だった。『緑』の血液を凍らせて、体内から突き出ていた。

「四強の『緑』、あなたは強かったわ。でも、人を殺した古の者は、あたしが処刑する。それがあたしに課された呪い」

 紅が声をかけたのは、決して情けではない。命を奪う者として、死者に敬意を払ったまで。処刑人に処刑された者の魂は消滅し、輪廻転生りんねてんしょうはしない。誰に教えられるでもなく、紅自身がそれを知った。そして、己の役目の重責を知った。


「さあ、みんな、帰るわよ」

 紅が言うと、

「この人たち、どうします?」

 と今井が視線を向けた先には、捉えた古の者たちがいた。

「そうね。人を殺していたら処刑。殺していなければ……」

 と考えてから、

「あたしの配下にしてあげる」

 と答えた。それを聞いて、囚われた古の者たちは、

「人は殺していない」

「配下に付きます」

「殺さないで」

 目の前で『緑』が焼き尽くされたのを見て恐怖に震え、あんな目には遭いたくないと、必死に命乞いをした。

「人は殺していないみたいね。三人とも、我に平伏せ」

 紅がそう言って、彼らの束縛を解くと、三人は即座に平伏した。そして、『紅き神』の信者が三人増えた。

 今井は、そんなやり取りを呆れたように見て、黒猫佐久間は知らんぷり、榊と如月は無表情、四之宮は身震いし、上原兄弟は納得の表情で頷いた。


 新たに増えた三人の古の者。与田蒼佑よだそうすけ松野朱里まつのあかり満島祐也みつしまゆうや

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