第48話
翌朝、今井が目を覚ますと、腹の上で黒猫佐久間が丸くなって寝ていた。
「佐久間さん、朝ですよ」
今井が言うと、黒猫佐久間は身体を伸ばし、長い自慢の尻尾を立てて、今井の腹から飛び降りた。
「今井様、お目覚めでしょうか? お部屋までお運びできずに申し訳ございませんでした。お身体は大丈夫でしょうか?」
「はい大丈夫です。と言いたいところですけど、まだ、疲労感は残っています」
「そうですか。もう少し休まれますか?」
「いえ、大丈夫です。今日も仕事がありますから」
「それは大変ですね。お食事の用意が出来ておりますので、食堂へいらしてください」
榊に言われて食堂へ行くと、
「おはようございます」
今井が言うと、
「あら、今井さん、おはよう。昨日はご苦労様でした。身体はもう大丈夫なのかしら?」
紅がいつになく優しい。今井の身体を気遣う言葉を聞いたのは初めてだった。
「はい。少し疲労感が残っていますが、今日も仕事がありますから」
「あら、疲れているのなら、休めばいいのに」
「警察官は休めませんよ。気を遣ってくださって、ありがとうございます」
今井が素直にお礼を言うと、
「あら、お礼を言われることはしていないわ」
紅はいつもの調子で、突き放すように言った。
「今井様、どうぞこちらへ」
榊に促され席に着いた今井は食事を始めた。
黒猫佐久間には、テーブルの盆の上に、キャットフードの皿と水の皿が置かれ、今井の隣で優雅に食べている。
今井は、榊にお礼を言って、黒猫佐久間を連れてご出勤。紅は今日も『神のお告げ』のお勤めのために、着替えに行った。四之宮はやることもなく、自分の部屋へ戻った。
榊は水使いと風使いの客間に行き、声をかけた。
「お目覚めでしょうか?」
すると、扉を開け、水使いが顔を出した。
「おはようございます」
「おはようございます。弟様のお加減はいかがでしょうか?」
「まだ目を覚ましません。生きてはいるのですが、心配です」
「それはご心配ですね。紅様をお呼び致しますので、お待ちください」
榊がそう言って、しばらくすると、着替えを済ませた紅がやって来た。
「あら、おはよう。弟が目覚めないんですってね」
紅はベッドで眠っている風使いに近寄った。
「あなたの兄が心配しているわよ。いつまで寝ているの? ばつが悪いのは分かるけれど、いい加減に起きなさい!」
そう言って紅は、風を使って寝ている男を持ち上げ捻った。
「いててっ。なにすんだよ、乱暴だな!」
風使いはたまらず声を上げた。紅はそのまま風を消して床へ落した。風使いは風を使って床に打ち付けられるのを防いだ。
「あら、お目覚め?」
「お前! 紅き悪魔め!」
風使いが言うと、水使いが弟の頭を叩いた。
「言葉を慎め! このお方は『紅き神』だ。お前を生き返らせて下さったんだぞ。『紅き神』にひれ伏せ!」
水使いは弟の頭を掴み、床におでこをこすりつけ、二人で紅の前にひれ伏した。
「まあ、まあ。信者たちよ。頭を上げなさい。あなたたち、名を名乗りなさい。呼び名に困るわ」
「これは失礼しました。私は
「あら、いい名前。気に入ったわ。ご両親の愛を感じるわね」
「はい。両親には感謝しています。ただ、弟がわけの分からぬ宗教にはまり、二人とも心配しています。こうして弟を取り戻すことが出来て、『紅き神』には感謝しきれません。田舎に暮らす両親にもいい知らせが出来ます」
榊は二人の朝食を部屋まで運んできた。
「どうぞごゆっくりお召し上がりください」
「これはどうも、ご丁寧にありがとうございます。こんなに良くして頂いて恐縮です」
「これもすべて、紅様のお計らいです。感謝のお言葉は、紅様にお願い致します。それでは、お食事がお済の頃にまいります。失礼致します」
こんな待遇を受けるには忍びなかった。兄弟揃って、紅の命を狙い襲撃したにもかかわらず、これほどまでに親切にした貰ったのだから、紅に忠義を尽くそうと上原誠は心に決めたのだった。
「兄ちゃん……。心配かけてごめん」
「ああ、いいよ。こうして、お前が無事でいてくれるのだから、それだけで十分だ。お前のいた組織『夜明け』はお前を助けはしない。しかし、あのお方は俺たちを救って下さった。俺はあのお方について行く。お前はどうする?」
「兄ちゃんがついて行くなら、俺もそれに従うよ。意識が朦朧としていたけれど、確かにあの人が俺の精神と身体を繋ぎとめてくれたんだ」
こうして、『紅き神』の信者が二人増えた。
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