第19話

 その夜、今井が黒猫の佐久間と共に、くれないの屋敷を訪れた。

「あら、いらっしゃい。待っていたわ。さあ、行きましょう」

 紅は赤い着物姿で、今井たちを出迎えた。

「紅様、いってらっしゃいませ」

 さかき如月きさらぎが玄関で見送った。紅き悪魔のお勤めには、如月の護衛は必要ないとのことだった。


「それで、相手はどんな奴なの?」

「まだ、少年です。僕も始末には気が引けますが、放っておくわけにもいかないですし、警察が彼を捉えたとしても、警察官が犠牲になるのは明白。苦渋の選択で、あなたに始末をお願いすることにしたんです」

「そう。あたしなら少年でも躊躇せずに焼き殺すだろうと? あたし、本当に悪魔ね」

「すみません」

「でも、それが抗う事の出来ないあたしの宿命でしょ? 本当に、憎たらしい黒猫ちゃん。あたしにこんな呪いを背負わせるなんて」

 黒猫の佐久間は、自慢の長くて美しい尻尾を立てて、

「ニャーッ」

 と言った。

「務めを果たせよ。と言っています」

 今井が、佐久間の言葉を通訳した。

「あなた、猫の言葉が分かるの?」

「猫には言葉はありませんよ。佐久間さんの思念が、言葉として僕に伝わるんです」

「あなた、超能力者なの?」

「いえ、違いますよ。人でない者の存在を感じたり、その思念を言葉として聞くことが出来るだけです」

「それって、特殊な能力よ」

「あなたには、佐久間さんの声が聞こえていないんですか?」

「当り前よ。猫の声なんて聞こえるはずがないわ」


 ターゲットのいにしえの者は、夜の繁華街から少し外れた、薄暗い路地にいた。冷たい表情をした少年は、ポリバケツのごみ箱を見つめた。すると、それは急に燃え始めた。

「放火を現認した。紅、彼に処罰を」

「あなたに言われなくてもやるわよ。それに、あたしのセリフが言いづらくなったじゃない」

 今井と紅の、初めてのバディは息が合わず、二人のちょっとした口論の隙に、少年は姿を消した。

「あれ? いなくなった」

「あなたのせいよ!」

「それより、火を消してください」

「分かっているわよ」

 紅の水の能力で火を消して、少年を追いかけた。


 路地を出た少年は、繁華街を抜けて、川沿いを歩いていた。

「見つけたわよ、古の者!」

 紅は左手を前に出し、お決まりのセリフを言おうとした。その時、紅の手を押えて、

「紅、やめなさい。彼の事は僕に任せて」

 藤堂が突然現れた。

「パパ!」

 あまりに突然で、いつも藤堂に冷たくしていた紅も、無意識に言葉が出てしまった。

「久しぶりだね。紅がパパと呼んでくれたのは」

 藤堂は嬉しそうに微笑んだ。

「違うわよ。間違えただけよ」

 不覚にも、藤堂をパパと呼んでしまったことに、紅は悔しそうに顔を歪めた。

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