第13話

 その夜、高一郎は紅の屋敷を訪れた。

「高一郎様、こんな時間にどうされましたか?」

 榊は少し驚き、少しほっとしたような表情で迎えた。

「紅の様子を見に来たんだ。夜ごと徘徊を繰り返しているのが心配でね」

「助かります。高一郎様がいて下されば、紅様も安心して眠れるでしょう」


 高一郎は、紅の部屋に入り、すやすやと寝息を立てている彼女を見て、安心したように微笑んだ。

「紅、今日はゆっくりお休み」

 紅の髪をそっと撫でた。


 朝陽が紅の部屋に差し込み、彼女は目覚めた。夕べは起きる事もなく熟睡できたようで、榊に声をかけられる前に着替えて食堂へ行った。

「おはよう!」

 朝食の準備をしていた榊に声をかけた。

「おはようございます、紅様。今日はお早いですね」

「ええ、よく眠れたからね」

「それはよかったですね」


 朝食を終えると、紅は仕事着に着替えた。今日もお勤めに励み、気持ちの良い一日を過ごした。

 如月はほっとしていた。夕べは高一郎のおかげもあって、紅が人を殺める事はなかった。しかし、高一郎に毎日来てもらうわけにもいかない。紅の殺戮を止める、いい方法はないだろうかと、考えあぐねていた。



「僕に何か用ですか?」

 佐久間たちの乗っている車の後部座席に、高一郎が突然現れた。

「ここは目立ちます。他の場所で話しましょうか?」


 

 佐久間たちは高一郎が通う高校の正門が見える角に車を止めていた。

「隠れているつもりでしょうが、怪しいですよ」

「どこから入った?」

 今井は高一郎がいきなり現れて驚いていた。

「こいつは風を操る者だ。どこでも自由に入れる。風が入る場所ならな」

 外の音を聞くために、車の窓は少し開けていた。高一郎はそこから入ったのだ。



「それで、何でここに集まっているんだ?」

 篠崎はさも迷惑そうに言った。

「仕方がないだろう。古の者の話をするには他に適当な場所がない」

「俺を巻き込むなよ。面倒は御免だぜ」

「あれを放置すれば、いずれお前もあれと関わることになるだろう」

「あまりの言いようだね。僕の可愛い妹の事を」

 高一郎が口をはさんだ。

「お前、あれと兄妹なのか?」

「そうですよ。妹を殺させはしないよ。もっとも、今の紅には誰も敵わないだろうけど」


 佐久間は高一郎に、紅の殺戮を止めさせる、いい手立てはないかと相談した。

「前にも言いましたけど、僕にもそれは難しい話しなんだ。紅はああ見えて、かたくななんだよ」

 高一郎には、紅がどう見えているのかは分からないが、紅が頑固で意固地なのは誰もが知っていた。

「中臣紅の信じる正義が間違っていることを、どうしたら気付かせられる?」

 佐久間の質問に、

「僕たちの言葉に耳は貸さないよ。自ら気付くまで気長に待つしかないんじゃないかな?」

 高一郎が答えた。

「だめですよ。それじゃ、気付くまで殺戮が繰り返されるじゃないですか」

 今井もたまらず口をはさんだ。

「お前ら、何眠たい事言ってるんだ? あれを放置できない事を分かっているなら、悪魔、お前が始末すればいいじゃないか。それがお前に課せられた運命なんだ」

 それまで黙って聞いていた篠崎も、煮え切らない会話にしびれを切らした。

「お言葉ですが、もう、紅は悪魔の手に負えないほど力を増している。たとえ、悪魔と紅が対決したとして、勝てる見込みは薄い」

「それでも、俺の宿命は変わらん。中臣紅を説得できないのならば、直接対決しかない」


 誰も反対も、賛成もしない。考えるだけ無駄だった。他に方法がないことを悟ったからだ。

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