第8話

 紅は少し不機嫌な様子で、昼食前に一人で散歩に出かけた。

「何よ、あの刑事。あたしを犯人みたいに。神の御業に罪も罰もないわ」

 ブツブツと文句を言いながら歩いていると、工事現場の囲いの中で、重機が人を吊り上げているのが見えた。

「ひどい!」

 吊り上げられているのは外国人の男で、片言の日本語で、

「タスケテクダサイ。オロシテクダサイ」

 と懇願している。これは明らかに暴行、傷害事件だ。通報しないと、そう思い、紅がスマホを取り出したが、その手を後ろから男に掴まれた。

「お嬢ちゃん、何しているの? 暇なら俺たちと遊ぼうぜ」

 そう言って、男に工事現場へ連れて行かれた。

「おい、お前ら、派手にやるなよ。見られたじゃないか。こいつ、通報する気だぜ。どうするよ」

「可愛いじゃねえか。ちょっと遊んでやろうぜ。記念に写真も撮ってやろう。そうすりゃ、黙ってるだろうよ」

 紅は何とか逃げようともがいたが、男たちに乱暴に奥の資材置き場まで連れてこられ、突き飛ばされた。そこにはさっきの外国人もいたが、ひどい怪我をしていた。

 紅は男たちが許せないと、精いっぱいに睨みつけた。

「おおっ。いい面してるね」

 一人の男が、紅の桜色のニットを捲し上げ、下着を露わにした。


「僕の妹に触れるな。汚らわしい」

 そこへ現れた紅の兄は、男の手を掴み投げ飛ばした。

「お兄ちゃん!」

「帰るよ」

 兄は紅に優しく言った。

「待って、あの人も連れて行く」

 紅は、壁に背をもたれ、血を流している外国人の男を指差した。

「お前には関係のない者だ」

 兄は冷たくそう言った。

「おい、待てよ。このまま帰れると思うなよ」

 三人の男たちが、兄の前に立ちはだかった。投げ飛ばされた男は、腕の骨が折れたようで、おかしな方向に曲がっていて、呻きながら転がっている。

「行こう」

 男たちを無視して、行こうとすると、一人の男が兄の腕を掴んだ。

「僕にも触れるな」

 兄が腕を振り払うと、三人の男たちが吹き飛ばされて転がった。男たちは身体がしびれて動けないようだ。


「紅様!」

 紅を探していた如月が、紅を見つけ駆け寄った。

「如月、お前の仕事は何だ?」

 兄は優しく問うた。

「紅様の護衛です」

「では、なぜ、紅がこんな目に遭っている?」

 笑みを浮かべながら如月を咎める兄は、少し不気味さを感じる。

「申し訳ございません」

 如月が深く頭を下げ謝った。

「違うの! お兄ちゃん。あたしが一人で散歩に行きたいって言ったの」

「それは、だめだよ」

 紅に優しく言って、

「如月、紅のわがままを聞いて、任務を放棄したのは反省しているかね?」

 如月を諫めた。

「はい」

「では、これからは紅を一人にしてはだめだよ」


 屋敷へ帰ると、

「これは、高一郎様……」

 榊は状況を理解したようだ。

「大変申し訳ございませんでした。紅様にお怪我はございませんでしたか?」

「もちろん、大丈夫だ。でも、紅に何かあったら、僕、怒りますよ」

 高一郎は、笑みを浮かべながら言った。

「ごめんさなさい、お兄ちゃん。榊も如月も悪くないのよ。あたしがいけないの」

「そうだね。もう一人で出かけてはいけないよ」

「はい」

 紅が返事をすると、高一郎は、紅の頭に優しく触れた。

「お兄ちゃん、学校は?」

「今は昼休みの時間だ。今日は紅と昼食をとるよ」

 高一郎がそう言うと、榊が昼食の準備をした。

 昼食を終えて、高一郎が、

「それじゃ、僕は学校へ戻るよ」

 と言うと、

「それでは、車で送ります」

 如月が言った。

「いいよ。車だと時間がかかる」

 そう言って、高一郎が風を起こすと姿が消えた。

 如月はそれを、初めて目の当たりにしたようで、驚いていた。


「さあ、如月、片づけを」

 榊は何事も無かったかのように言った。

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