アロマンティスト×ギャル 1
昼休みを知らせるチャイムが鳴った。
社会科教師の古賀は親の仇でも見るかのように、スピーカーの上に設置しされた時計を見上げている。「あ~~~」という声を上げながら、教室中からの『時計なんぞ見てねえでさっさと言えやもう昼休み始まってんだぞ耄碌してんのか』という怨嗟の視線を意に介さず、「んじゃあ今日はここまで。日直ー、黒板消しといてくれー」という言葉で、ようやく
購買へと、数人のイガグリ頭が走り出した。
弁当をもった女生徒たちが、グループごとに集まり始める。
瀬見と
頼まれた板書を消すのなんて後回しだ。
そして1年3組出席番号1番の
「茜ー、お昼ご飯は」
いつも通りに同じ中身の弁当を持つ幼馴染へと声を掛け、
「ふんっ! いこ、皆」
いつも通りとは違って、見事に幼馴染に無視された。当の茜は女子グループを引き連れて教室を出ていく。
そのグループの中の一人が、ちらりと龍成の方を見た。
けれども龍成は加賀和が見ていることにも、加賀和が浮かべた笑みにも気付くことはなかった。手持ち無沙汰に弁当を持ったまま、茜たちが出ていったドアをただ見つめている。
「ウェ~イ! どした~足高クゥ~ン? もしかしてアレ? 振られた? 茜ちゃんに振られちゃった~? それって俺にチャンス回ってきちゃったカンジ~~~? ウェ~~~イ!」
そして瀬見に絡まれた。実に馴れ馴れしいことに肩まで組んでくる。
「いやねーべ瀬見クン。瀬見クンにチャンスなんてねーべ」
小柄な阿武羅が現れ、巨体の熊谷は腕を組んで無言で頷いている。
「いやワンチャンくらいあるっしょ~~~! んでな~に~? ケンカ? ケンカしちゃった? 仲Eね~! ウェ~~~イ!」
「いやねーべ瀬見クン。ケンカしてんだから仲よくねーべ」
巨体の熊谷は腕を組んで無言で頷いている。
「いやケンカするほど仲がEってyouじゃ~ん? んでDoするよ足高クン? 今日俺らと一緒にQoo感じ~? 一緒にShock道行っちゃいましょ~~~!」
「いやねーべ瀬見クン。足高クン弁当もってるべ」
「食堂、弁当、持ち込める」
巨体の熊谷は組んでいた腕をほどいてサムズアップしている。
「んじゃ決まりっしょ~~~い! 行きましょ行きましょ~! ウェ~~~イ!!」
瀬見が肩を組んだまま歩き出そうとする。
「あ、足高さん! 良かった、まだ教室にいたんですね」
そこに、廊下から教室の中へと顔を覗かせたかえでと鉢合わせた。
「もしかして、スマホまだ見てません? お昼をご一緒しようと思って、メッセを送ってたんですけれど」
「……え、何どゆこと? 足高クンこの子とDoYou関係? もしかしてアレ? 浮気? 修羅場? 俺ら今修羅場にソーグーチュー? これオレにもデジマでワンチャンある系ー?」
瀬見は組んでいた腕を外し、代わりに両手の人差し指を立てて、龍成の乳首を狙ってツンツンと指を当ててくる。
「いやスゲーべ足高クン。これガチで瀬見クンにもワンチャンあるんじゃね?」
巨体の熊谷は腕を組んで無言で頷いている。
「瀬見君」
「おっなーにー足高クン? てか初めて名前呼んでくれたね? Doする? ねぇDoするー?」
散々的外れな場所を突いていた瀬見の乳首当てゲームが、ついに龍成の乳首に命中した。
「ウザい」
「はーいウザいいただきましたー! ウザイ入りまーす! Whoooooooo!!!」
無敵かコイツ。
●
かえでが龍成を案内したのは、普通教室棟の校舎の裏だった。それぞれ、自分の弁当と飲み物を手に持っている。龍成は水筒を、かえでは途中の自販機で買った紙パックの紅茶だった。
「ここでどうでしょう? 日に当たらないせいか、お昼休みには人が来ることはあまりないんですよね」
そう言うと、かえではコンクリートの段差をベンチ代わりに腰を下ろす。龍成は人一人分を開けて隣に座る。が、かえではなぜか尻をずらして、龍成に身体が当たるほどまでに距離を詰めた。かえでの肢体は豊満だ。龍成の腕には、何か柔らかくて一部が硬いものに触れている感触が伝わってくる。
「なんでくっつくの……?」
「いえ、人も来ない穴場だと思って案内してはみたものの、正直、想定していたよりも寒くてですね……。こうすれば暖が取れるかなー、と」
何言ってんだこいつ、と龍成は呆れた顔でかえでを見た。
「あっ、今『そんなふくよかボディで何言ってんだこのデブ』とか思いませんでした!?」
「被害妄想へのシフトレバーが敏感過ぎない?」
龍成は水筒の蓋を開いてかえでに渡した。ワンプッシュタイプの、コップがついていない水筒だ。中からは湯気が立ち上っている。
「ほら、寒いならこれ飲んで」
「ちなみに中身は?」
「ブレンド茶。まだ熱いと思うから気を付けてね」
かえでは水筒に口を付けた。こくこくと喉を鳴らし、ほぅ……とどことなく艶のある吐息を漏らし、自分が先ほどまで口を付けていた、構造的にどう考えても飲み口は一ヶ所しかない水筒を見つめ、
「自然と間接キスを狙うなんて、策士ですね、足高さん」
「そんなこと言うならもう飲ませないよ」
龍成はかえでから水筒を奪い取る。
「だいたい間接キスも何も、僕たちは二人とも、」
「『アロマンティスト』、ですよね?」
アロマンティスト。恋愛的な意味で、人を好きにならない人たち。
これまでそんな素振りなど全くなかったのに、龍成は先週から急にモテ始めた。
名前も知らない別クラスの男子に呼び出されて、スクールカーストの女王みたいな雰囲気のギャルに告白された。
人生で初のラブレターで呼び出され、同じクラスの委員長に告白された。
人生で二通目のラブレターで呼び出され、顔も名前も知らない文学少女らしき上級生に告白された。
それらの全てに、龍成は断りの返事を入れた。三人とも同じ理由だ。告白してきた本人には言わなかったが、何となく感じていた、恋愛に対する拒否感。
普通の男子高校生であれば、告白されたら嬉しいものだと龍成は思う。相手に苦手意識があって告白を断るならまだしも、龍成に告白してきたのは、全くタイプの異なる三人だ。
三人目の告白を断る頃には、龍成にもはっきりとした自覚があった。自分が告白を受け入れられないのは、相手にではなく、龍成自身に問題があるのだ、と。
そこに救いの手を伸ばしたのが、宮里かえでだった。
かえでから伝えられた、アロマンティストという言葉。かえで自身もアロマンティストだという告白。自分はもしかして人間としてどこかおかしいのではないか、と漠然と持っていた不安を、かえでは自信満々の態度で、そう言う人間だっているという態度で、見事に粉砕してくれたのだ。
なるほど、恋愛相談室、か。
間違いなく龍成は、誰にも言えずに自分だけで抱えていた恋愛に関する悩みを、かえでによって見事に解決してもらえたのだ。
……その始まりは、龍成からの相談というものではなく、かえでの偏見と監視カメラによる盗撮と推理による考察という、どことなく釈然としない方法ではあったのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます