アロマンティスト×アロマンティスト 7


 気付けば、喉がからからに渇いていた。目の前の茶器を掴んで一気に流し込む。時間が経っていて生温かった。


「……いくつか、疑問があるんだけど」


「はい、なんでしょう」


「宮里さんがアロマンティストだから、カウンセラー側が相手を好きになるリスクがない、というのは納得できるよ。けれど、その逆はどうなの? 年が離れたカウンセラーよりもむしろ、年が近い分だけ宮里さんのことを好きになりやすいんじゃない?」


「そうですね。その可能性は確かにあります。ですけれど、仮にそうなっても問題はないんですよ」


「カウンセラーを好きになるのが問題なのは、これまで親身になっていた分、カウンセラー側が相手の気持ちに応えてしまう可能性が高いからだ。足高あだかの考える問題は、かえでの場合は問題にならないんだよ」


「それは、……その通り、なんですかね? けれど結局、本来の目的である恋愛相談が出来なくなるんじゃあないですか?」


「それこそ本職の出番さ。まぁあっちに飛び火するかもだけれど、その時は恋多き男のキャッチボールだね」


「世界一悪質なキャッチボールですね……」


「それを見たくないなら、足高、君が最初から相手をすればいい。もしくは、かえでと足高の二人で相談に乗る事でも、そのリスクは大幅に減らせるだろうさ」


「……あの、僕、協力するとは言ってないんですけれど」


「足高さんのお悩みを解決したんですから、その見返りに協力してもらおうと思っています」


「先生! 先生! 押し売りって後からでもキャンセル出来る法律ありませんでしたっけ!?」


「知らん。ここは法律相談事務所じゃあないんだよ」


「まぁまぁ、足高さん。何も悪いことばかりじゃないですよ。また告白されるようなことがあったら、今度からはこう言えばいいんです。恋愛相談室があるので、特定の誰かに肩入れしたくないんです、って」


「それ、もう誰かに使ったの?」


「いえ、幸いなことにまだ新品未使用です。あ、ちなみに私自身も新品未使用です」


「その追加情報、絶対に言う必要なかったよね?」


「いえ、世の中には恋愛感情を抜きにしてコトに及ぶ人たちもいますし、今後のことを考えて、私がそういう人間じゃないってことを知っておいてもらおうと思いまして」


「僕が協力することを前提に話が進んでいる!?」


「ところで、いくつか疑問があるって言ってましたよね? スリーサイズくらいならお伝えしてもいいですよ。体重だけは死んでもNGですけれど」


「いらないいらない。身長も体重もスリーサイズも必要ない」


「誕生日は8月12日で、血液型はAB型です」


「誕生日と血液型が知りたいって意味じゃないんだよなぁ……」


「ちなみに楓恋かれんちゃんは10月1日のB型のにじゅうモガッ!」


 志部谷しぶやが繰り出したロリポップキャンディが、機密情報の漏洩を防いだ。


「……足高、飴、食べるか?」


 龍成の目の前に、四種類のロリポップキャンディが差し出される。志部谷の目は据わっていた。


「……じゃあ、コーラ貰います」


「足高さーん、私キャラメル味の方がいいので、このコーラ味と交換しませんか?」


「いや、思いっきり口に突っ込まれてたじゃんそれ……」


 三人そろってカラコロと、口の中で飴を転がす。三人とも飲み物がなくなったので、かえではヤカンの中に水を継ぎ足して火にかけた。龍成はその後ろ姿を見ながら口を開く。


「先生、次の疑問なんですけれど」


「うん、なんだい?」


「学校からの認可を貰っている、って話でしたよね。けれど僕が言い当てたのに二人とも驚いていましたし、僕もこれまでそんなのがあることを聞いたこともありません。存在を知られていないってことじゃないですか?」


「着眼点がいいね。授業をするなら一人は欲しい生徒だ」


「どうなんでしょう? 嫌がる先生の方が多い気もしますけど」


「指導要領はタイトスケジュールだからね。認知されていないのも当然だ。一般的には公開されてないんだよ。カウンセラーが恋愛相談を受けた時、ここを教える手筈になっている。まぁ、それも今だけさ。そのうち噂が広まるだろう」


「……確かに、すぐに広まりそうですね。僕に告白してきた人たちは皆、相談に行ったみたいですし」


「いえ、あの人たちは誰もカウンセリングには行かれてないんですよ」


 かえでがお茶を渡しながら言う。


「え? あ、ありがとう。……え? じゃあどうして宮里さんは知ってたの? もしかして、僕が知らないだけで噂になってる?」


「いえいえ、そんなことはありません。そうですね、足高さんには安心してもらいたいですし、恋愛相談室の、裏の顔をお見せいたしましょう」


「う……裏の顔?」


 そう言うと、かなでは再び龍成の斜め向かいの席に座り、スマホを取り出して操作をし始めた。そして画面を龍成へと見せる。


 表示された画質は荒い。だが当事者の一人である龍成には、何が映っているのか一瞬で分かった。



 スクールカーストの女王が、龍成に告白している映像が流れていた。



「……は?」


 かなでがスワイプする。今度は加賀和かがわが龍成に告白している映像。さらにスワイプ。弘原海わだつみが龍成に告白している映像。


「と、盗撮……!」


「盗撮だなんて人聞きの悪い。監視カメラの映像ですよ」


 訳も分からずかえでを見る。説明を求めて志部谷を見る。


「高校生なんて性欲のサルだからな。言いたかないが校内で盛る馬鹿が後を絶たない。だから告白に使われやすい人気ひとけのない場所は、同時に絶好のヤリ場所ってワケだ」


「だから監視カメラですか。……あの、その監視カメラの映像を、どうしてただの一生徒である宮里さんが持ってるんです?」


「……なぁ足高。ここの教師の、スマホ所有率を知っているか?」


「はい?」


「なんと私調べ3割未満だ。アンタたち学生の大半がスマホを持っているのに対して、先生方の半分以上はいまだにガラケーなんだよ。そんな機械音痴のロートル共が、スマホアプリでリアルタイム映像を見れる最新の監視装置の使い方が分かると思うか?」


「あの、そのことと宮里さんに何の関係が? これも恋愛相談室の活動の一環なんですか?」


「うんにゃ。言っただろう、この子の姉は電気屋やってるって。うちの学校の電気設備、そいつのいるとこに頼ってるんだよ。で、動作テストの名目で、かえでは監視カメラのIPとパスワードを入手しちまったっていう訳だ」


「駄目じゃないですか」


「そう言うなよ。教師ってのは生徒が思っている以上に忙しいんだ。監視カメラを設置したはいいものの、それを見ている暇がない。かと言って、まさか職員室で作業しながら流す訳にもいかん。いつ生徒が来るか分からんからな。となるとだ、かえでがチクってくれるのは大助かりなんだ。あ、言っとくが他に言うなよ。PTAにバレたら大目玉だ。下手するとかえでが退学になるぞ」


「というわけです。安心できましたか?」


「いやゴメンまったく安心できない。とりあえずそのムービーは消してもらえる?」


「別にいいですけれど、サーバーの方には残ったままですよ? あ、上崎さんが告白されている動画もありますよ。見ます?」


 かえでが再び画面をスワイプしながら言う。様々な組み合わせの二人組が映っている映像が次々と切り替わる。茜らしき人物がそこそこの割合で出てくる。


「……いや、いい。見ない」


「今の間は何です? 本当に見なくていいんです?」


「いいよ。見ないよ。茜だって見られたくないだろうし」


「そうですか。あ」


 スワイプ。画質の悪い映像ではなく、高画質の写真だった。



 龍成の寝顔だった。



 かえでは無言で逆スワイプ。寝顔が見えなくなる。


「ねえ待って今の何」


「いえ、なんでもありませんよ?」


 龍成がスマホを奪おうと手を伸ばす。予期していたかえではすんでのところでスマホを引っ込める。


「その写真も消してもらえるんだよね?」


「だ、駄目ですよ! これはサーバーに保存されてないんです! 削除したら永久に消滅しちゃいます!」


「それはいいことを聞いた」


 そう言うと、龍成はスマホを奪うために椅子から立ち上がった。


 かえでも、スマホを奪われまいと椅子から立ち上がった。


 どったんばったんと、部屋の中で追走撃が始まる。宿直室としては十分以上に広い部屋だが、追いかけっこには狭すぎる。かえではすぐに追い詰められることとなる。


 同時、



「淫行現場はここかぁーーー!!?」



 宿直室のドアを勢いよく開け放ち、茜がそこに姿を現した。


「リュウ、大丈夫!? まだ童貞!?」


 間の悪いことに、畳の上で、龍成がかえでを押し倒したところだった。追走劇で二人の息は乱れており、龍成の脚はかえでの両脚の間に入り込んでおり、かえでのスカートは完全にめくり上がって下着が丸見えになっている。


「て」


「て?」


「天誅ーーー!!!」


 靴を履いたままの茜のドロップキック。龍成は蹴り飛ばされ、制服には靴の跡がくっきりと残った。蹴り飛ばされる直前にかえでが小声で発した「あ、諸悪の根源さん」という言葉は、茜の叫びにかき消されて龍成の耳には届かなかった。


「アンタ何やってんの!? 心配して探してたのに、ら、ら、ら、乱交なんて!?」


「おーい上崎ー? 勝手に私を淫行教師にするなー? あ、飴食べる?」


「食べませんっ!」


「ところで上崎、お前は留学生か何かか?」


 志部谷はマイペースに、茜の足元を指差しながら言う。


「ここは土足厳禁だぞ。外でスリッパに履き替えてこい」


「あ、はい。すみません」


 茜の混乱する精神に、15年に渡って培ってきた和の心が勝った。畳の上から即座に降りて宿直室から出ていく。そしてすぐにスリッパに履き替えて戻ってくる。そのわずかな時間であかねは身だしなみを整え、龍成は床に転がったままで、再び茜を出迎える。


「……ところで、ここ、何?」


 茜の発したその疑問に、かえではファーストフードの店員のお手本のような、お値段0円のスマイルを浮かべた。



「恋愛相談室へようこそ、上崎茜さん」


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